#14:第4日 (5) 水族館とテニス・コート

 まだ1時半だが、もうヌーメアへ戻る。タクシー・ボートはその時間に呼んである。運転手にちょっと金を掴ませて、アンス・ヴァタ・ビーチの桟橋ではなく、水族館の近くにある桟橋へ送り届けてもらう。桟橋ごとに運営会社が違うのだが、渋々ながら了解してくれた。

 そこへ行くのはもちろん、水族館へ行きたいからで、ここで夕方まで過ごすことにする。

 入場料は1500CFPフラン。中は八つのエリアに分かれていて、まずは淡水魚。コイとウナギが一緒に泳いでいる。カラフルな大型の淡水エビもいる。腹に吸盤を持っていて、水底に張り付いているハゼもいる。これらはどれも、食べたらうまいのはわかっている。

 次にマングローヴ。水際の木の根の隙間、あるいは干潟に棲む生物たちだ。片方のハサミだけが大きいシオマネキ、干潟を飛んで移動するトビハゼが子供に人気だ。マングローヴ・クラブあるいはマッド・クラブと呼ばれる大型のカニがいる。これも食べられるはずなのだが、マルシェで売っていたかどうか憶えていない。

 続いて沿岸の生物たち。派手なブルーとイエローのスズメダイダムゼルフィシュがせわしなく泳いでいる。コウイカカトルフィッシュは悠々と泳いでいる。2本の角を持ったコンゴウフグカウフィッシュは見るからにユーモラスだ。ベラもクマノミもチョウチョウウオもみんなカラフル。頭に思い描く南国の海の魚そのものだ。

 その隣の展示室は灯りが消されていると思ったら、光る珊瑚と魚がいた。ブラック・ライトで照らすと蛍光を放つ様々な珊瑚。それにヒカリキンメダイアノマロピデ科で、ランタンアイ・フィッシュとかフラッシュライト・フィッシュと呼ばれる魚。目の下に光る器官があって、点けたり消したりできるらしい!

 そこを抜けたら明るいラグーン。先ほどの沿岸水域と同様の生物もいるのだが、ちょっと凶悪な奴らも展示されている。ミノカサゴ、オニヒトデ、そしてウミヘビ。ミノカサゴはもちろん毒を持っているし、オニヒトデは珊瑚の大敵、そして“縞のストライプトジャージー”の別名を持つヒロオウミヘビラティカウダ・ラティカウダータは見るからに恐ろしげだ。

 水槽から飛び出てくるわけでもないのに、メグが俺の背中に隠れる。俺の持っている一つ目の蛇ワン・アイド・スネークのことは全然怖がらないのに、不思議だ。

 水族館の中心にある展示エクシビションホールへ行く。パネルやコンピューターで海と生物に関する様々な知識が得られる。主に子供向け。巨大なホオジロザメジョーズの歯の展示がなぜか大人気だ。俺はマイアミの水族館で見たことがある。

 七つ目のエリアは外海。サメだ! 俺の身長と同じくらいのメジロザメグレイ・シャークが大水槽を悠々と泳ぐ。海亀も泳ぐ。大型の魚がたくさん。ナポレオンフィッシュ、マンタ、タチウオ、ウツボ、何でもいる。食ったらうまそうな魚は数知れない。子供がアクリル壁に張り付いて水槽の中を眺めている。

 最後は深海。オウムガイノーティラスがいる。ここは世界で初めてオウムガイノーティラスの常設展示と人工飼育に成功したところだそうだ。

 深海っぽいディープ・パープルの光の中で、オウムガイノーティラスが水の中を漂う。殻の内部に仕切りがいくつもあって、各の中の気体と液体の量を調節することによって浮力を得るらしい。食ったらうまいのかどうかはよく判らない。しかし、きっと食っている地域はあるだろう。イカに近い味がするかもしれない。


 さて、いったんホテルへ戻りたい。水族館を出たら折良くバスが来たので乗る。

 部屋に戻り、メグが用意してくれた服に着替える。テニス・ウェアだ。ポロ・シャツ風の襟付きメッシュ・シャツに、バミューダ・ショーツ。これからホテルの隣のスポーツ複合施設コンプレックスへテニスをしに行く。メグのたっての希望なので、叶えてやらなければならない。

 しかし、俺にメグの相手が務まるのかどうか。俺はベッド・ルームで着替えたが、メグはバス・ルームにこもっている。全身を着替える時は俺には見せられないらしい。

 しばらくしてバス・ルームから出てきたメグを見て、口笛を吹きそうになった。テニス・ウェアのなんと似合うことか!

 上は俺と揃いのデザインの半袖シャツだが、下はもちろんスカート。プリーツ入りの、白のミニ・スカート。俺は個人的に、テニス・ウェアが似合う女というのは標準よりも少し肉付きがいい、要するに俺の好みの体型の女だと常々思っていたのだが、メグはその持論をぶち壊してしまった。

 メグこそが、世界で最高にテニス・ウェアが似合う淑女である。これが俺の新しい結論。

 一番似合うのはテニス・プレイヤーであるべきではないかとか、完璧なプロポーションを持つファッション・モデルの方が似合うのではないかとか、そういう意見は俺にとって意味のない戯れ言だろう。なぜなら目の前にいるメグは、立っているだけでいつまでも鑑賞していたくなるほどテニス・ウェアが似合っているからだ。

 どれほど似合っているかは言葉にできないし、する必要も感じない。もちろん、プレイをする姿も素晴らしいに違いない。しなやかな脚が躍動し、スカートがふわりと翻るところを早く見てみたいものだ。

「ラケットやシューズは貸してもらえることになっていますので……」

 ホテルと提携しているのか。まあ、俺は下手なんだから、道具は何でもいいよな。それより、メグのプレイする姿を見ることの方が大事だ。

 できればプレイするのは俺じゃなくて、メグと誰かがプレイするところを、コート・サイドで見ていたいくらい。その場合、相手は男であっては困るので女がいいが、そんなのはどうせ実現しないので、これ以上妄想するのはやめておこう。


 施設にはゲーム用のコートが2面と、練習用のコートが5面。俺たちが貸してもらったのは、練習用の端の方に一つだけあるシングルス専用のコート。もちろん、それだって構わない。

 地元のテニス・クラブか、それとも観光客かは判らないが、他にもプレイしている奴らがいた。中に一人、メグに引けを取らないくらいテニス・ウェアが似合っている女がいて、よく見たら朝のランニングで見かけた美少女だった。メグが孤高の一番だと思っていたのに、こんな近くに僅差の二番がいて悔しい。

 その美少女は、容貌の逞しい身体の女とプレイをしていて、しかしどう見ても本気ではなく、単なる遊びファンとしか思えないような動きだった。そして横にはカメラを構えた女がいる。やはりグラヴィアの撮影か。

 その美少女が気にならないように、背を向ける位置に立って、メグとテニスを楽しむ。メグだってもちろん本気ではなく、プレイする姿が優雅だ。サーヴィスでボールをトスする時の手の上げ方や脚の位置や、サーヴィスを打った時のスカートの翻り方に、つい見とれてしまう。

 そしてメグを無理に躍動させようとは思っていないのに、俺が下手なものだからボールが散って、コートの中をあちこち走り回らせてしまう。その時の脚の動きが想像以上に素晴らしい。もちろん、そんなことを見てばかりではなく、できる限り真剣にテニスをプレイしてはいるのだが。

 しかし、やはり俺の方が下手なので、たまに空振りしてボールを後ろへ反らす。そうすると後ろにいる美少女が目に入る。

 ダーク・ブロンドの髪をポニー・テイルにくくっているが、後ろから見える顔の輪郭だけで美少女と判ってしまうことや、メグよりもヴォリュームのない尻なのにスカートが描く曲線が美しいことに、思わず腹が立つ。二十歳はたちにもならないガキの分際で、メグに対抗しようとしやがって。

 もちろん、向こうはそんなこと欠片も思ってないに違いないので、謂れなき批判だろう。

 そしてあろうことか、カメラ女がメグにまでカメラを向けている。他の男に見せなければいいと思っていたが、写真に撮られるのも嫌だということがよく解った。

 しかし、既に撮られてしまったものを消せとも言えない。なので、その女とメグを結ぶ線上にわざと立って邪魔してやると、その後はメグのことを撮らなくなった。

 30分ほどすると、3人の女が帰って、メグと二人きりになった。ついでに休憩する。

「なんだか、集中してらっしゃらないようでしたけれど」

 メグが俺に水のボトルを渡しながら言う。メグのテニスする姿を見せてもらえるのに、ボールだけに集中しろなんてあまりにも酷だ。

「ずいぶん久しぶりにテニスをしたので、身体の動きが頭に付いてこなくてね」

 いつ以来だろう。メキシカン・クルーズのステージ以来か。あの時はノーラにかなり迷惑をかけた。彼女もメグ同様、俺が打ちやすい球を打ち返してくれたのに。

「隣にいらっしゃった方々は、気になりませんでしたか」

「別に」

 とりあえず嘘をついておく。

「そうでしたか。カメラをお持ちの女性が、ときどき私の方にカメラを向けておられたので、私はつい気になってしまって」

 そうか、メグも気にしてたのか。もっとはっきり注意すればよかったな。

「まあ、撮られるのは仕方ない。撮影禁止でもないだろうからな。その写真をインターネットに勝手にアップロードされたら困るけれど、さすがにそんな分別のないことはしないだろう。プロの写真家フォトグラファーのようだったし」

「そうでしたか。ああ、そういえばとても立派なカメラをお持ちでしたね。だからプロに見えたのですね」

「そういうこと。さて、もう少し続けようか」

 続けていたら、隣のコートに男女の二人組ペアが入って来た。ボールを拾いに行く時にちらりと見たら、どうやらフランス人のようだったが、男が俺と背中合わせの位置に立っていたので、メグのことが見えていないだろう。安心した。

 女の方は特に気にならない容姿だった。さっきの美少女は一目で気になったのに、どうしたことだろうか。別に、女を容姿だけで評価しているわけでは……ないと言い切れないのがつらいところだな。

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