#14:第4日 (4) 結婚1周年

 昼には少し早いが、ビーチのカフェへ行って昼食を摂る。ここは外来者でも利用できる。サンドウィッチがおいしいとのことで、ハムとレタスとトマトを挟んだものと、卵とツナを挟んだものの2種類から選ぶ。

 出てきたのは、長いバゲットに切れ目を入れて、具を挟んだものだった。食べるのにナイフがりそうだが、使わずに、豪快にかぶりつかなければならない。メグはそんなに大きく口が開けられるだろうか。飲み物はもちろんオレンジ・ジュース。

「オーストラリアからですか?」

 不意に、隣のテーブルの男が話しかけてきた。日本人に見える。日本人がこんなに気軽に話しかけてくるなんて、信じられない。しかも、女連れなのに。

「いや、合衆国ユナイテッド・ステイツからだ」

「それは遠くから。フィジーで乗り継ぎ?」

 そうなんだろうか。よく判らない。

「そう、フィジーとロス・アンジェルスで2回乗り継ぎ。しかし、彼女はオーストラリアから」

「じゃあ、友人?」

「そう、この前までは。しかし、今は新婚だジャスト・マリード

 言いながら、メグの顔を見る。メグは笑顔のまま否定しない。このまま既成事実化してやろうと思う。

「それはおめでとう!」

「君たちも新婚旅行ハニー・ムーン?」

「いや、結婚記念1年目の旅行」

 新婚旅行もニュー・カレドニアで、とても気に入ったので毎年来たいと。ケンとカズのフカマチ夫妻。二人とも24歳。高校生にしか見えない。高校の同級生クラスメイトで、大学も同じで、就職先は別だったけど、すぐに結婚したそうだ。

 ああ、それはいいな。別のところに就職すると、どっちかが別の恋人を作って別れるって例をいくつも見てるんでね。好き合ってるなら、卒業したらすぐに結婚すべきだよ。たとえ金がなくても。

「ここに泊まってるのか?」

「いや、ヒルトン。ここは予約がいっぱいで。もっと前から予約しておけばよかった」

 観光客が少ない時期のはずなのに、やっぱり人気があるのか。しかし、俺のあのカードを使えば何とかなるんだろうな。無理に泊まるつもりはないけど。

 ところで、どうして俺たちに話しかけてきたんだ。まさか、競争者コンテスタント? 夫婦の泥棒っていう可能性もあるだろうけど、態度を見てるといかにもヴァケイションという感じで、ターゲットのヒントを集めているように見えない。じゃあ、キー・パーソンズかというと、何の情報をくれるのかなあという気がする。

「俺たちは昨日までパン島イル・デ・パンにいて、今日からヌーメアへ来たんだが、何かお薦めのアクティヴィティーはある?」

「観光は去年ほとんど見たから、今回は離島でマリン・スポーツばかりしてるよ。ここの他にはカナール島とアメデ島。明日からウヴェア島とパン島イル・デ・パンに行くんだ」

パン島イル・デ・パンはいいぞ。ピッシンヌ・ナチュレルとノカンウイ島ツアーのために、1泊する方がいい」

「そのつもり。ノカンウイ島は今年の6月までしか上陸できないって聞いてるから、ぜひ行きたいと思ってる」

 そうなのか。知らなかった。

「ウヴェア島は何かいいところがあるのか」

「真っ白なビーチが綺麗。日本では『天国に一番近い島イル・ラ・プル・プロシュ・ドゥ・パラディ』って呼ばれて人気がある。でも、フランス人はあまり行かない方がいいって言われてるらしい。20年くらい前に、政府とカナックの間で事件があって、フランス人は嫌われてるからって」

 そのせいで、観光客のほとんどは日本人だと。なるほど、しかし、逆にそれはウヴェア島へ行けというヒントじゃないのかな。そうでなければキー・パーソンらしき人物が、こんな話を出してくるはずがない。

「参考にするよ。パン島イル・デ・パンのことで何か訊きたいことはある? はホテルのコンシェルジェで、パン島イル・デ・パンの情報も全て調べてきたから、何でも知ってるぞ」

パン島イル・デ・パンは日本でも人気があるから、僕らも一通り調べてきたけど……」

 ケンがカズに目で合図して、カズがに島内での食事のことを訊く。それはともかく、メグを“俺の妻マイ・ワイフ”と呼ぶのは、なんと甘美な響きだろうか。

 そうか、この後も積極的に誰かに話しかけて、メグのことを俺の妻マイ・ワイフと紹介すればいいんだ。これはいいことを思い付いたぞ。100回くらい言えば、メグもその気になるだろう。いや、既にその気かもしれないけれども。

 カズが俺の妻メグパン島イル・デ・パン名物のエスカルゴのことを訊いている。フランスのものよりも殻が細長くて、身が大きくて、ニンニクガーリックをたっぷり利かせてあって、噛みごたえがあってジューシーで、と、まるで食べたことがあるかのように説明する。メグの知識に俺も感心する。俺は食べたいと思わなかったが、メグはもしかしたら食べたかったのかもしれない。

 昼食を終えてフカマチ夫妻と別れ、島の北側を散歩する。南側はホテルの敷地なので、なるべく入らないようにと言われている。

 木が多い。植林したのではないかと思うほどたくさん生えている。椰子ではなく、広葉樹だ。もちろん、椰子や蘇鉄が生えているところもある。ところどころに、休憩用の四阿ガゼボが建っている。ビーチ脇の木の下で休憩している人もいる。

 北の端のビーチに到着。波が静かで、まさにプライヴェイト・ビーチの雰囲気。誰もいないので、こっそりメグを抱きしめる。

「あら、あれがカイト・サーフィンですわ」

 メグが沖の方を指差す。パラ・セイリングのキャノピーのようなものが見え、その斜め下の海上でサーフィンをしている奴がいる。つまり、カイトで引っ張ってもらうサーフィンだ。いろんなスポーツがあるものだと思う。だが、あんなところからこっちは見えないだろう。

「俺にもあれに挑戦すべきだと言ってる?」

「たまには新しいことに挑戦するのもよいことではないでしょうか?」

「俺はここ数日、新しい夜の楽しみスポーツに夢中なので、他のことに割く時間がないんだ」

「夜だけですか?」

「訂正しよう。寝ている時間以外、ずっとだ」

 仕事モードのメグにいたずらするために、常に考えないといけないからな。

 島の東側のビーチを歩いて戻る。ずっと南の方がほんの少し湾曲しているだけで、半分以上はほぼ一直線にビーチが延びている。人影は少ないが、歩いていた人は多いらしく、足跡がたくさん残っている。

 ビーチの東側には、青い海と青い空が広がるばかり。足元に寄せる波は優しい。ここも「月夜に二人きりで……」と言いたくなるようなところだ。ホテルに泊まっている二人組ペアが夜に全員ビーチに出てきたとしても、さすがに埋め尽くすほどではないだろう。

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