#14:第3日 (5) のどかな集落
船がカヌメラに着くと、なぜかメグがマルーシャに話しかける。この後、どうするか訊いているのだろう。ホテルに何か手配が必要なら、メグが手伝おうとしているのに違いない。俺の専属という役割ではあるものの、一応ホテルのスタッフだからな。メグと話すマルーシャの、笑顔の優しいこと。メグを取られてしまいそうな気がする。
メグが
「マドモワゼルはコルベイユ湾とウァメオ湾をご覧になりたいとおっしゃっていたので、ホテルにバスを出すよう依頼しておきました。私たちはさっそく、ヴァオの方へ行かれますか? その前に、クト・ビーチを少しご覧になってはいかがでしょう?」
メグはマルーシャの世話をするのも楽しいらしい。おそらくだが、ホテルのスタッフとしての立場よりも、俺の代わりに世話することで、俺の好意を代表しようというのだろう。俺はマルーシャにそれほど親切にする必要はないと思っているけれども、メグは彼女のことを単なる超一流オペラ歌手だと思っているから仕方ない。
とにかく、メグの勧めどおり、クト・ビーチを少し見ることにする。マルーシャたちも、バスを待つ間そちらを見るらしい。本当はメグも、マルーシャたちと一緒に何とかいう二つの湾を見に行った方がいいと思っているかもしれない。が、それには乗らないでおく。マルーシャも、俺がいたら邪魔と思ってるだろう。
クト・ビーチはクト湾に沿った綺麗な弓形のビーチで、
二つのビーチは、西側にある三角形の島のような台地につながっているのだが、末端は砂州になっていて、幅が80ヤードもないところがある。つまり、これは陸繋砂州ということだ。湾の中の海流によって砂が堆積し、陸と島がつながったんだよ、とメグに解説してやる。メグは知ってるかもしれないくせに、目を輝かせて聞いている。どっちが観光ガイドなのか判らない。
「そうすると、クト湾の中にあるあの島も、長い年月が経つといずれ陸続きになるのですね?」
まさにメグの言うとおりで、陸から30ヤードばかり離れた、何と言うのか知らないその小さな島――例によって下の方は波に削られている――もいつかは砂州でつながるだろう。
現にもう砂がだいぶたまっていて、干潮の時なら足首まで濡らすだけで歩いて渡れそうなくらいだ。ただ、湾が小さくて海流が弱いだろうから、まだまだ時間がかかるだろうし、ここで泳ぐ人間の攪乱が入る。要するにせっかく積もった砂を散乱させてしまうから、半永久的につながらない可能性もある。
ビーチを北の方へ歩いて行くマルーシャたちと別れ、ヴァオへ向かう。道は海岸から少し距離があるのだが、少し高いところを通っているので海はよく見える。綺麗に舗装されているが、歩く人どころか車も通らない。
人目を気にしなくてよくなったので、メグの腰に手を回して身体を寄せてみる。逃げたりはしないが、「ブロッシュ島が見えますわ」と言って俺の目を逸らそうとする。
島の東側の立木が高く、西にはほとんど木がないので、なるほど
途中、ブロッシュ島をよく見晴らせるところがあった。道路脇に車が停まっていて――自家用車タイプなのだがホテルの名前がステッカーで貼ってある――、観光客と案内人らしき男が島を眺めている。久々に人目が復活したが、メグの腰からは手を放さないでおく。メグも無理に離れようとはしない。
そこから30分弱でヴァオに到着。道なりに行くと教会が見えているのだが、敢えて後回しにして、集落の南の外れにあるサン・モーリス記念碑を見に行く。
海岸のすぐ近くで、白い台座の上に
碑の南にビーチがある。海にはボートが2艘ほど浮いている。ボート遊びのツアーがあるのだろうか。向こうに見えるのはコトモ島。その間の海のマリン・ブルーがとても綺麗だ。泳いでいる人はなぜかいない。
メグの肩を抱きながらしばらく海を眺めた後で、地図を見ながらうろうろして、
そこには何もないのだが、地図好きの自己満足を満たしてから、教会を見に行く。聖堂と同じ造りだが、ごてごてとした装飾はない。壁が白で、屋根が赤。中もシンプルで、長椅子と長机がひたすら並んでおり、壁を仕切る各柱に聖人の像が立っている程度。今までに見てきた数々の聖堂や教会の中で、最も粗末だった。古くなったら、建て替えるための予算があるのだろうか。
時間が有り余っているので、集落の東側も見に行ってみる。教会前から、集落の中心を東西に貫く道を歩くこと1マイル。そこにも小規模ながらビーチがある。もとより、泳いでいる人すらいない。
ここから北東へ2マイルばかり山道を行くとウピ湾が見られるのだが、そこには湾以外、何があるわけでもないので、行かない。
ビーチに座って、海を眺める。メグの膝枕で昼寝したいくらいののどかさだが、それには日射しが少し強いようだ。
十分にのんびりと過ごして、約束の時間に教会前へ行く。ここだけちょっとした広場のようになっていて、バス・ロータリーのように使える。迎えのバスに乗って、ホテルに戻った。
バンガローでソファーに座って、メグが出してくれたオレンジ・ジュースを飲む。これも至福の一時だ。
「いったん、荷物は全てまとめますね」
メグがかいがいしく荷物を整理する。またここに戻ってくるかもしれないけれど、全部ヌーメアに持って行きましょう、と言っているのだろう。
手伝おうとか自分でやると言うと、メグが笑顔で拒否するだろうから、黙って任せておく。メグはそれが仕事だと認識しているので、仕方ない。動き回るメグの尻を目で追うだけにする。
もし結婚したら、家の中のことを何か一つでも俺に任せてくれるだろうか。夫婦なら役割を分担するのが当然だろう。しかし、どうもそうはならないような気がする。仕事でなくても俺の世話をするのが楽しそうだし。
「ところで、君は着替えるのか」
「はい、さすがにこのままで飛行機に乗るのは憚られます。それに、ル・メリディアン・ヌーメアとはスタッフの服も違いますし。あなたはそのままのお召し物で結構だと思います」
ポロ・シャツにアンクル・パンツ。これは俺の手持ちのジーンズに対してダメ出しをされたという気がしないでもない。
で、メグはどこで着替えるのだろう、と思って見ていたら、ベッド・ルームとバス・ルームを行ったり来たりしているうちにいつの間にか着替えてしまった。初日に飛行機で会った時のような、七分袖の白いブラウスに、グレーのタイト・スカート。世話係というよりは秘書だな。
「出発まであと30分ほどですが、何か軽いお食事を摂られますか? それとも、ヌーメアに着いてからでよろしいでしょうか」
「ヌーメアに着いてからでいい。場所は……どこかお薦めがあれば」
「では、水上レストランのル・ルーフで予約が取れるか確認してみます」
「まさか俺を一人で行かせるんじゃないだろうな」
「今夜は他の方をお誘いする時間がありませんので、申し訳ありませんが、また私が代役を務めます」
申し訳ないことなんか全然なくて、とても嬉しいのだが、「それは仕方ないな」という顔をしてやるのが、仕事モードのメグのためにはいいことなのだろう。
「服はまた着替える?」
「はい。申し訳ありませんが、一昨日と同じドレスです」
さすがのメグも3着は用意していなかったか。
「明日以降のために買い足しておくことを勧めるよ」
「日中に一人で買い物に行く時間をいただけるということでしょうか?」
「そんなわけがない。一緒に行くんだよ」
「私的な時間を作ってしまうと、その分、夜の仕事終了が遅くなりますが……」
またそうやって俺をいじめる。11時まで待たされるなんて、我慢できないに決まってるだろ。
「何かうまい回避策を考えておく」
「ありがとうございます! ところで、本日の夕方のランニングはどうなさいますか?」
「飛行場まで走って行くとちょうどいい距離だろうが、さすがにそれはやめておこう。今日は
「かしこまりました!」
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