#14:第3日 (6) ヌーメアへ
荷物の整理が終わると、メグがポーターに電話して、部屋に取りに来てもらう。バンガローの前に全て置いて、外に出る。デッキ・チェアが置いてあるところへ行って、景色を見てみた。
見渡す限り緑の海が広がっているが、ここで朝日や夕日を眺めたことは、結局なかった。もし戻ってきて、眺めるとしたら、朝日がいいだろう。夜が明ける前にメグに起こしてもらい、デッキ・チェアに寝そべって、横にメグを侍らせ、朝日が昇るのを眺める。綺麗な朝日だねと言いながら、メグの肩を抱いたり、尻をさりげなく撫でたりする。こんな気持ちのいい朝の過ごし方は他に考えられないだろう。
試しにデッキ・チェアに座り、まだ当分暮れそうにない西日を眺める。眩しすぎて見ていられない。しかし、海の眺めはよかった。
しばらくそこで過ごし、時間になったら三角屋根の建物へ行く。メグは少しだけ
マルーシャと美少年は既にいた。マルーシャは昼間の開放的な服から一転して、襟の詰まったブラウスとミディ丈のスカート姿になっている。メグが敬意を持って話しかける。どうやら今夜の夕食に誘っているらしい。最後のあがきというところか。しかし、断られるのは目に見えている。そのとおりになった。
「でも、土曜までに一度は、とおっしゃってくださいました」
断られたのにメグは嬉しそうだ。
「その時は君も同席しなよ」
「でも、私は……」
「超一流のオペラ歌手の話を聞く機会なんて、めったにないことなんだぞ」
「ありがとうございます!」
実際は、マルーシャと二人でいると食い物の話しか思い付かないんで、メグがいてくれると話に困らない、というだけなのだった。
バスに乗って、飛行場へ。移動中に日が暮れた。イル・デ・パン・ムエ飛行場はヌーメアのマジャンタ飛行場に輪をかけて何もないところで、飲み物すら置いていない。
ただし乗客はいっぱいいた。日帰りで遊びに来た観光客だろう。だから荷物が多いのは俺たちとマルーシャくらいだ。搭乗手続きをして、すぐに搭乗が始まって、乗ったらすぐに飛び立って、25分で着いた。
マジャンタ飛行場には迎えが来ていた。日曜と同じようにエティエンヌが"M. Artie KNIGHT"のボードを持って、真面目くさって立っていた。さすがに今日はジルベルトは来なかったようだ。
メグが親しげに声をかけて――顔を知らないはずなのだが――俺のスーツ・ケースを持たせ、車のところへ行った。俺は後ろに乗ったが、メグは助手席へ。あくまでも仕事なので、俺の横には乗らないつもりだろう。なに、15分ほどの我慢だ。
ホテルに着くと、メグがチェック・インの手続き――キー・カードは共通と言っていたはずなのに、必要なのだろうか――をする間に、支配人から歓待の言葉を受ける。イル・デ・パンではそういう挨拶はなかったが、どうやらこちらの支配人が両者を代表しているらしい。
すっかりこのホテルのスタッフになりきったメグが、俺を部屋まで案内する。ちょっと
部屋は予告されていたとおり、ディプロマティック・スイート。リヴィング・ルームに当たる部屋は、ここではラウンジ・エリアと呼ぶらしい。ラウンジだけに、ソファーがたくさんある。きっと飲み物の詰まったサイド・ボードもあるだろう。
中の紹介もそこそこに部屋を出て、レストランへ向かう。予約時間が迫っているためだ。もちろん、腹も減っている。
ただし、メグの着替えを待たなければならない。こういうときだけメグはバス・ルームに隠れて着替える。一昨日と同じ、白地に青の花柄のドレスを着て出てきた。下着を着けているのかどうかが気になる。
タクシーでレストランへ。とはいえ、乗っていたのはわずか3分。半マイルくらいしかなかった。
水上レストランというだけあって、海の上に建っており、100ヤードほどの橋を渡っていく。数時間前に予約したばかりなのに、どんな特権を使ったのか知らないが、一番沖の側のテラス席に案内してもらえた。
サラダと魚料理とデザートを注文する。魚料理はマグロのタタキ・ステーキ――外側だけを焼いて中を半生にしたもの――にした。飲み物は、もちろん俺はオレンジ・ジュース。
「君はワインを飲んでもいいよ」
「でも、あなたがオレンジ・ジュースを飲んでらっしゃるのに」
「君はワインを飲んだほうがいいよ」
「どうしてそうお勧めになるのですか?」
「君を酔わせると、後で面白いことが起こりそうだからさ」
「では、白ワインを」
こういうときのメグは素直でいい。サラダを待つ間に、メグの笑顔を眺める。とても幸せそうな顔をしている。
「ここは味の割に値段が高いことで有名だそうです」
魅力的な笑顔で、ロマンティックの欠片もないことを言う。
「場所代だな。でも、海風が気持ちいい。ただ、夜に来るよりは、昼の方が眺めがいいだろう」
「そうですね」
別に、昼間に来たいとは思わない。予想できる景色を確認しに来ても意味がない。どこであれ、メグと一緒にいることの方が重要だ。
料理の味は薄めで、おそらく客の半分くらいを占める日本人向けと思われる。これはこれでいいと思う。メグには白ワインをボトル1本飲ませたが、平気な顔をしている。少しは酔ったふりくらいしてくれてもいいのに。
食事を終えてレストランを出て、タクシーには乗らず、海岸通りを南へ歩く。途中からビーチへ降りる。真っ暗だが、そこかしこに
ビーチの南にル・メリディアンがあるが、その手前にシャトー・ロワイヤル・ホテルがある。それらのホテルに泊まっている
それに当てられたか、俺の腕を掴むメグの力も、いつもより少し強めの気がする。肘が胸に当たって嬉しい。あるいは俺の肘を掴むことで、尻を触られないようにしているのかもしれない。
ビーチの南端まで行くと、マニャン岬があって、ヘリポートになっている。丸い埋め立て地が海に突き出していて、360度中の270度くらいが海に面しているのだが、その周囲が
要するに、俺たちの行き場がどこにもない。ホテルに帰れということかもしれない。それはそれで楽しみなのだが。
海岸線に沿って東へ行く。そちらにもビーチがある。状況はやはり同じ。どうすればいいかをメグに訊かないといけないようでは情けないので、自分で考える。
結論は簡単に出た。10時頃まで散歩をして、10時になったらホテルの部屋へ戻って、メグには
ビーチの端まで行って、戻って来て、ホテルの中庭を歩く。プールとレストランがある。プールの周りは明るくライト・アップされていて、そこにも
建物の1階にスパがあって、灯りが点いている。水着で入る
「まだお部屋へお戻りにならないのですか?」
まるで部屋へ戻りたいかのようにメグが言う。まだ9時45分だ。もっとも、部屋へ戻っている間に9時50分になり、部屋の設備の案内をしてもらっている間に10時になり……ということになりそうだが、どうしようか。
「散歩に疲れた?」
「いいえ、そんなことは」
「ワインで酔って、足元がふらついてる?」
「いいえ、そんなことは」
「眠い?」
「いいえ、ちっとも! まだまだ起きていられます」
今夜は何時まで起きるつもりだろうか。しかし、そろそろ頃合いなので、部屋へ戻ることにする。
キー・カードでメグがドアを開け、灯りを点ける。
「お部屋の案内を……」
言おうとするメグを押しとどめて、先にシャワーを浴びることにする。
「説明は明日の朝でいいよ」
「かしこまりました」
「俺がシャワーを浴びている間に10時になったら、仕事モードを終えて
「ありがとうございます!」
シャワー・ルームには、やはりストールと
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