#14:[JAX] ランチ・デート (2)

 リリーと共に隣のテーブルに座ったベスが、華やかな笑顔で話しかけてきた。

「買い物の帰りにここへ寄ったら、たまたまあなたたちが」

 ご冗談を。隣の席に案内されたのはたまたまかもしれないが、絶対知ってて来ただろう。まあいいか。

 で、何を買い物してきたんだ。ブランド名の書かれた紙バッグをいくつも持っている。服か、靴か?

 テーブルをこちらに寄せてきた。俺の隣にはリリーが、ヴィヴィの隣にはベスが座る。デートに割り込んでくるのが目的か。

 ノーラとヴォーンの邪魔をするつもりはないはず。まさか俺に興味があるのか? 興味を持たれるようなことは何一つしていないんだが。

 しかし無視するのも悪いので、リリーたちの注文が終わるのを待って話しかける。

「服を買ってきたのか?」

「ええ、そう、冬物をいくつか」

「こっちとサン・ノゼは気候が似てるらしいけど」

「そうよ。でも、冬物は持って来なかったの。こっちで買おうと思ってたから」

「じゃあ、シーズンが終わったらサン・ノゼへ帰るのか」

「ええ、そのつもり」

「向こうに恋人でも?」

友人ボーイ・フレンドはいるけど、恋人はいないわ」

 本当かな。笑顔も地味だが、眺めているとなかなか味わい深い“美”がある。ポニー・テイルにしていて額を出しているので、知的に見える。たとえて言うなら“日本庭園”だな。

 ただ、普段からベスのようなゴージャスな美人が横にいると、目立たなくなって損をしているのではないかと思う。“太陽と月”ってやつだ。

 しかし、こういうタイプが好きな奴はたくさんいるだろうに。チームの攻撃オフェンスのメンバーでも何人か思い付くぞ。

「レギュラー・シーズンは来年1月10日までだけど」

「ええ、そうね」

「プレイオフに進出したらこっちにとどまる?」

「プレイオフ? あと二つか三つ勝てば可能性があるんだったかしら。そうね、その時はとどまるかも」

「でも、シード順が7位になったら全ゲームがヴィジターだ。その時はチア・リーダーは敵地に行けないってルールがあるんだが、知ってる?」

「あら、そうだったの! じゃあ、6位以上になったときだけとどまる契約になってるんだったかしら」

 本当に知らないのかどうか解らないが、話しかけているとリリーはいい笑顔を見せる。向かいではベスがヴィヴィに話しかけているので、そちらを気にせずリリーに集中することができそうだ。

「ところがそうじゃないはずだ」

「どうして?」

「スーパー・ボウルにはチア・リーダーも行けるからさ」

「あら、そうだったの! スーパー・ボウルっていつだったかしら」

 知らないのかよ。

「来年の2月14日だ。場所はどこか知ってる?」

「どこだったかしら」

 知らないのかよ。

「ジャクソンヴィル・ミュニシパル・スタジアムだ」

「あら! 私たちのホームなのね!」

「そういうこと。それに、ヴィジターのゲームでも、スタジアムでパブリック・ヴューイングがあるかもしれないから、その時には君たちも呼ばれる可能性があるぜ」

 教えてやると、リリーはベスやヴィヴィに嬉しそうにそのことを話している。

 一つ、教えなくてよさそうなことがある。スーパー・ボウル開催地をホームとするチームは、スーパー・ボウルに出場できないというジンクスがあることだ。過去99年間で、それが最初に破られたのは。44年前の第55回。トム・“GOATグレイテスト・オヴ・オール・タイム”・ブレイディがバッカニアーズに移籍して達成した。しかも勝ったんだからやはりグレイテストだ。

 最近で一番惜しかったのは10年前の49ersフォーティナイナーズ。ニュー・キャンドルスティック・スタジアムで、カウボーイズとNFCチャンピオンシップを戦ったのだが、最後のパスが通ってタッチダウンになっていれば、大逆転で勝利し、ニュー・キャンドルスティック・スタジアムで開催されるスーパー・ボウルに出場できたはずだった。

 パスが通っていれば、何番目の“ザ・キャッチ”になるのか忘れたが、おそらくは49ersフォーティナイナーズの歴史に残るプレイになっていただろう。

「ところで、君たちはこの店は何度か来たことがありそうだけど」

「何度もじゃないわ、一度だけ。でも、どうしてそんなことが解るの?」

「メニューを見てる時に、前に食べた料理を外そうとしているように見えたからさ」

「あら! よく見てるのね。ええ、そうよ、この前とは違うものを注文したわ」

「この店は自分たちで見つけた? それとも、誰かに紹介された?」

「チームの人から紹介してもらったの」

「誰から?」

「ミズ・マギー・ハドスン」

 それは俺にここを紹介してくれたのよりも先なのか後なのか。俺が教えてもらったのは3週間も前だから、さすがにマギーも、もう俺は行った後と思ったんだろうなあ。

「彼女はいいレストランを見つけるのがうまいんだ。それに、いい服を買える店もよく知ってる」

「ええ、私たちもよく相談して、教えてもらうわ」

「彼女のこと、どう思う? とても有能だと感じるだろう?」

「声がとても綺麗ね! 話し方もとても落ち着いていて、有能に感じるけど、私たち、実は彼女と会ったことがないの」

 何だと? いつも電話かメールでしかやりとりしない? メンバー追加の通知をもらったのも彼女からだが、会ったことがあるのはケイト・キャラハンだけ?

「だから、どんな顔をしてるのかも知らなくて」

 彼女の写真を持っていないので説明できないが――写真撮影の許可が下りない――、ブルネットのショート・ヘアで、顔が小さくて、30歳なのだがそれよりもかなり若く見えて、と説明する。

「もしかしたら、顔と名前が一致してないだけで、スタジアム内で見かけたことがあるかもしれないぜ」

「そうかもしれないわね。でも、私たちはスタジアムのオフィス・エリアには入れないから」

 スタジアム内でもエリアによってセキュリティー・レヴェルや認証レヴェルが違う。プレイヤーはほんの一部を除いてほとんどのエリアに入ることができるのだが、チア・リーダーはもっと制限されているのかもしれない。

「スタジアムじゃなくても、服飾店とかで会ってるかもよ。その服を買った店も、彼女に教えてもらったんだろう?」

「そうよ。よく行くって言ってたわ。今日は彼女も休み? だったら、来てたかもしれないわね。もちろん、顔が判らないんじゃ、挨拶もできないけど」

「彼女は君たちの顔を知ってるはずだけどな。でも、奥ゆかしいハンブル性格だから、君たちを見かけても声をかけないんだろう。今度、買い物に誘ってみたら?」

「そうね、店を教えてもらうついでに、誘ってみようかしら」

「ところで、今日教えてもらった店はどこ?」

「教えてあげてもいいけど、女性専用よ。あなたは入れないと思うわ」

 けしからん店だな。しかし、同伴なら入れるんじゃないのか。とりあえず店の名前と場所を訊く。これから行って待ち伏せしていれば彼女に会えるだろうか。


「今日はランチに誘ってくれてありがとう。楽しかったわ」

 店を出る時に、ノーラがヴォーンに礼を言っている。ヴォーンは喜んでいるが、「今度また誘うよ」くらい言えばいいのに。ノーラの礼は社交辞令リップ・サーヴィスじゃないと思うぜ。

「今日は偶然だけどアーティーたちに会えてよかったわ。次は私も一緒にランチに誘ってくれるかしら」

 リリーが言う。別に、いつも複数人でランチしているわけじゃないんだが。それに俺はヴォーンの付き添いだし、次にいつ誘えるかも判らないし。

「来週のゲームはクリーヴランドで、月曜は移動日だからランチは難しいな。その次の週に君たちが空いていそうなら誘うよ」

「ええ、ぜひ!」

 今度はリリーとベスを誘えって? じゃあ、俺の方も男を一人連れて来ないといけないな。誰にしようか……

 ところでさっきのレストランで、俺の後ろの席にずっと座って聞き耳を立てていた男は誰だ? 昨日の不動産巡りツアーの時にも見かけた気がするのだが。

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