#14:第2日 (2) 観光計画

 ホテルに戻ってきて、そのまま朝食に行こうとしたらメグに止められた。

「部屋でシャワーを浴びてください。ランニングの後に汗だくで朝食なんて、紳士らしくありませんわ」

 紳士じゃなくて帝国騎士なんだけどね。この称号をメグに言ってもいいものかどうか。

「君も一緒にシャワーを浴びる?」

「私はスタッフ用のを使いますから」

 そっちも使えるんじゃないか。昨夜のは何だったんだよ。

 バンガローまで戻り――一番遠いのでこればかりは少々面倒だ――、シャワーを浴びて、あらかじめメグが用意してくれていた服に着替える。レストランへ行くと、シャワーと着替えを終えたメグが、テーブルを取って待っていた。

「君も一緒に食べる?」

「私は先にいただいてしまいましたから」

 いつだよ、起きてすぐか?

「それでも、俺が食べている間はそこに座っていてくれよ。水くらいは飲んでもいいんだろう?」

「スタッフ用のを取って参ります」

 水すらも客用とスタッフ用で分かれてるのか。それから、料理が並んでいるところへ行って、食べたいものを言うと、メグがそれを皿に取る。これくらいは自分でするのだが、なぜかさせてくれない。どんな些細なことでも俺の世話をするのが彼女の仕事であり喜びであるらしいので、それを叶えるのが俺の役割ということになる。

 歩き回りながら、さりげなく、メグの腰に手を回す。メグは何も言わない。しかし、尻に手を置いたらきっとやんわりと制止されるに違いない。もちろん、紳士でない行いだからだ。人目がなくてもきっとそうだろう。メグが仕事モードの時には、キスすらできないにと思われる。それが挨拶でなければ。

 席に戻ると、メグがどこかへ行って、しばらくしたら水の入ったグラスを持って戻って来た。それをテーブルに置いて、俺の向かいに座る。そして俺が食べるのをニコニコと微笑みながら見ている。まるで子供の食事を見守る母親だ。

「一口だけでも食べてみてくれと言っても、断られるのかな」

「ええ、申し訳ありません。規則ですから」

「規則は大事だな。俺もフットボールの時には規則ルールを守る」

「ご理解いただけて嬉しいです」

 仕事の時にも規則を守るんですよね、と突っ込んでこないところがメグだな。まあ、財団の仕事の規則がどうなってるのか俺も知らないが、守れと言われたら守るだろう。このゲームの世界のルールだって守ってるんだし。

 焼きたてのオムレツがうまい。普段は朝食にオムレツなんか食べないのだが、今日は昼食を少なめに摂ることにしているので、その分を朝に余分に摂っておく必要がある。他にはクロワッサンにフルーツにハムが何枚か。クロワッサンもうまいが、これはバターが多いので食べ過ぎに注意しなければならない。俺が食べている間に、メグが飲んだ水は一口だけだった。

 バンガローに戻る。スーパー・ボウルの放送開始は10時で、まだまだ時間があるので、これからの観光予定について考える。メグはいつの間にか資料を取りそろえていた。

 まず、パン島イル・デ・パンのアクティヴィティー。ホテルの南東1マイル弱のところにピッシンヌ・ナチュレル、つまり天然のナチュラルプールというのがある。広い範囲で浅瀬になっていて、スノーケリングを楽しめるらしい。

「そこへ行くのは君も付いて来てくれると思うが」

「はい、もちろん」

「君も水着になって一緒に泳いでくれるのか?」

「それはできません。ただ、服の下に水着は着ますし、あなたがもし溺れそうになったら救助します」

 そういうことならわざと溺れてみようか。とにかく近いので、スーパー・ボウルの後で行ってみることにしよう。

 それから島の真ん中辺りにある、ウマニュ洞窟。通称、オルタンス女王の洞窟。さっきのランニングで折り返した地点から北へ1マイル半ほどなので、夕方のランニングの時にでも足を延ばせばいいだろう。

 島の西へ行くと、クト・ビーチやカヌメラ・ビーチなどがあり、白い砂がとても綺麗であるらしい。しかし、メグが水着にならないのでは、そこへ遊びに行く価値が半減する。

 もっとも、彼女の水着姿を他人に見せたくない、独り占めしたい気もするので、行くなら二人きりになれる本当のプライヴェイト・ビーチがいい。そんなものはどこにもないが。

 もう少し北のウァメオという村へ行くとスクーバ・ダイヴィングができるのだが、やはりメグは潜らない上、ハンサムでグラマーな女のインストラクターに捕まったりするかもしれないので、やめておいた方が無難だろう。

 南へ行くと、島の中心であるヴァオ集落。小さな教会やサン・モーリス記念碑――宣教師が来た記念碑であるらしい――があるのだが、この島にとっては異国の文化のものであり、見るべきところではないような気がする。

 あと一つ、島の南に浮かぶノカンウイ島。島と言うよりは干潮の時に現れる砂地なのだが、青い海の中に浮かぶ白い砂浜、ということで人気なのだそうだ。クト・ビーチからツアーで行ける。これにはメグも付いて来てくれるらしいので、行くことにする。明日にしよう。

パン島イル・デ・パンではこれくらいなのかな」

「ヌーメアへ行けば他にもいろいろありますわ」

「そういえば、初日に俺を案内してくれた二人は、ル・メリディアン・ヌーメアから来たと言っていたが」

「はい、そちらにもお泊まりいただくことができると聞いています」

 昨夜、メグもそんなことを言っていた気がする。そっちでも同じ部屋の中で待機すると……

「いつからヌーメアに移動するって?」

「いえ、この1週間、どちらにお泊まりいただいても結構です」

 そんな贅沢な。金は俺が払うんじゃないから気にしないけど、他にも泊まりたい観光客がいるんじゃないのか。

「2月はマリン・レジャーにとても適した季節なのですけれど、他の国の休暇のシーズンに合わないので、それほどお客様は多くないのです。ですから、お気になさらなくても」

 そうなのか。メグがそう言うんだから、気にしないことにしよう。

「飛行機は朝と夕方しかないんだったな」

「はい」

「じゃあ、明日の夕方にヌーメアへ行こう」

「かしこまりました。チケットを手配します」

「ヌーメアでのことは、向こうのホテルに着いてから考えることにしよう」

「かしこまりました」

「向こうでも、もちろん夜10時まではリタで、それ以降、朝5時まではメグなんだな?」

「はい」

「楽しみにしてるよ」

「私は今夜も楽しみですわ」

 メグの方から誘うのはいいのかよ! 今夜は10時ぴったりに始めてやるから覚悟しろ。それはそうと、スーパー・ボウルだが。

「ハーフ・タイムに昼食を摂りたいから、ルーム・サーヴィスにしてくれ」

「かしこまりました」

 メニューはサーモンのクラブ・サンドウィッチにする。

「君の昼食は?」

「申し訳ありません、スタッフの控え室で摂ります」

 まあ、それくらいは仕方ない。

「ゲームは君も一緒に見てくれるよな」

「はい、もちろん。一つ、聞いていただいてよろしいですか?」

「何でもどうぞ」

「今シーズンのゲームをたくさん見て、フットボールのルールを憶えました!」

 休みの日を利用して、レギュラー・シーズンのゲームを100ゲーム見た? プレイオフは全ゲーム見た? それはすごいな。俺でもレギュラー・シーズンは150ゲームくらいしか見ないのに。しかし、パリなのによくそれだけ放送があったものだ。

「じゃあ、俺が解説をしなくても解るんだ」

「いえ、難しいプレイは解りませんが……」

「それも放送を見ていればちゃんと解説があるだろう。今日はトロイ・エイクマンだから解りやすいぞ」

「でも、あなたの観戦のお邪魔にならないよう、静かに見ますわ」

「ビッグ・プレイが出たら声くらいは出していいんだぜ」

「あなたと一緒に喜べるのでしたら、そうします」

「興奮したら抱き付いてきたって構わないんだぜ」

「あなたと一緒に喜べるのでしたら、そうします」

 ビッグ・プレイどころじゃない、第51回スーパー・ボウルは世紀の大逆転があるんだ。見て驚けよ。俺は知ってても驚くんだぜ。

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