ステージ#14:第2日
#14:第2日 (1) ランと自転車
第2日-2017年2月6日(月)
目が覚めると、ブラインドの隙間から外の光が入ってきていた。既に夜が明けているようだ。光が赤っぽいから、まだ夜明けの直後だろう。時計を見る。6時。ちょうど起きようと思っていた時間だ。
それより、腕の中にいたはずのメグがいない。昨夜、いろいろなことしてから眠りに落ちる前に「抱いていてください」とお願いしたくせに、勝手に抜け出すとは何ごとか。しかし、5時から仕事モードに入っているはずなので、仕方ないことかもしれない。
ベッドから起き上がり、下着を穿いて――ベッドの下に落ちていた――バス・ローブの乱れを直し、リヴィング・ルームへ続く折り戸を開ける。
「
メグが爽やかな笑顔で立っていて、挨拶をくれる。俺が起きた音を聞きつけて、立って待っていたのに違いない。
マリン・グリーンのポロ・シャツに白のタイト・スカートを着ている。ホテルのスタッフと同じ服装だ。つまり、正真正銘、スタッフになっているということだ。ただし、マイアミ・ドルフィンズのスタッフに見えなくもない。色使いがほとんど同じだ。後はオレンジがあればよかった。
「
「ボンジュール・ムッシュー」
「
「
ちょっと言葉遊びをしてみる。メグはちゃんと付き合ってくれる。
「お召し物はベッド・ルームにご用意しておりましたが……」
「言ってなかったな。今朝はランニングをするんだ」
「まあ、そうでしたか。申し訳ありません、昨夜、お休みになる前に伺うのを失念していました。すぐにトレーニング・ウェアを用意いたします」
メグはクローゼットを開けて、中からシャツとパンツを取り出してきた。やっぱり俺の荷物を勝手に整理してたんだ。きっとそこに彼女が買ってきた服も混ぜているに違いない。
「走るコースはお決めになっておられますか?」
「決めていないが、ホテルの周りを走るのは無理だろう。昨日、飛行場からここへ来た道くらいしかないんじゃないか」
「そのはずです。地図を用意します」
俺が着替えている間に――メグの目の前で半裸になって着替えているのだが、もちろん彼女は動じない――テーブルの上にメグが
コ・ンゲア・ケ島の周囲にはホテルの辺り以外、ビーチがないようだ。東側にキャンプ場があるようだが、せいぜい4分の1マイル。同じところを10往復もするのはつまらない。
そうするとやはり、飛行場の方へ行く道ということになる。飛行場までは5マイル半ほどだが、そこまで行くと遠いので、途中で折り返そう。島の南のヴァオ集落へ分かれる三つ辻があって、そこまでなら3マイルほど。往復すれば6マイルでちょうどよさそうだ。
「少しお待ちいただけますか。私も準備します」
「君も走るのか」
「いいえ、あなたのスピードにはとても付いていけませんから、自転車で」
「ホテルのを借りるつもり?」
「はい、手続きもすぐにいたしますから」
そう言いながら、スーツ・ケースを開けて何かを取り出す。白のショート・パンツ……ドルフィン・ショーツかな。いや、ここで着替える? 俺、見てていいのか? いいのか、そうか。仕事モードなのに大胆だなあ。
あっという間に下だけ着替え終えた。ショーツから伸びる白い太腿が眩しい。俺の好みとしてはもう一回り太めなのがいいのだが、メグのすっきりとしたプロポーションも捨てがたい。こんな素晴らしい太腿を、他人に見せてしまっていいのだろうか。
メグは電話をかけて、自転車のレンタルを予約している。それからタオルや飲み物を用意して……全部買ってきてあるのか、そうか。至れり尽くせりだな。
「朝食はランニングの後でよろしいですね?」
「いいよ」
「ポート・ダグラスと違って、レストランでビュッフェになります。ですので、時間は自由ですから」
「解った」
「すぐにお出掛けになりますか?」
「そうしよう」
メグを伴ってバンガローを出る。リゾート地の朝はやはり遅く、ほとんど人影はない。メグの昨夜の声は、隣のバンガローまで聞こえたのだろうか。いや、あまりそういうことを考えない方がいいよな。
本館まで行くとメグが「先に出発してくださって結構です。すぐに追い付きますから」と言う。ありがたくその言に従う。ただし、ホテルの敷地内を走るべきではないので、林の中を早足で歩き、昨日バスが着いた三角屋根の建物を通り過ぎたところから走り始めた。
すぐに橋を渡る。下は浅くてやはり川にしか見えないが、これでも海峡だ。手前の岸に木製のカヌーが置いてあって、"Le MERIDIEN ILE DES PINS"と書かれた白い帆が張ってある。ホテルの表札代わりだな。いや、本物の木の表札も立っているか。昨日は暗い中を通ったので見えなかったが、辺りの緑も綺麗だ。
橋を渡り終えて、簡易舗装の道を走る。すぐに急カーヴして四つ辻に出るのだが、ここは右の方へ行けばいい。左には別のホテルのコテージがあって、真っ直ぐ行くと湖――正確には深い湾――に出られるはずだ。
しばらくすると後ろから轍の音が聞こえてきて、メグが並びかけてきた。どこから持って来たのか、大きな麦わら帽子をかぶっている。ホテルのスタッフ用の備品かもしれない。
笑顔が眩しいが、太腿も眩しい。とても奮起させられるのだが、こんな素晴らしいものはやはり他人に見せてはいけないという気がする。俺はいいものを持っていても他人に見せびらかさず、自分一人で楽しむタイプなので、そう思うのだろうか。
道しかないところと思っていたが、よく見るとところどころに民家がある。しかし、ほとんどは緑の中の一本道で、景色は単調だ。
森を抜けて、畑が見えてきた。すぐに三つ辻に着いた。丁字路で、こちらの道が突き当たりだ。そこを折り返す。メグは自転車なので少し大回りになり、遅れたが、間もなく追い付いてきた。
「自転車に乗るのはつらくないかい?」
少し意地悪な質問をしてみる。もちろん、素晴らしい太腿を横目でちらりと眺めながら。
「ノー・コメントです」
メグが如才ない笑顔で返してくる。仕事モードの時に夜のことを訊いても、きっとこうして跳ね返されるのだろう。しかし、絶対我慢してるに決まってる。何しろあんなに酷使してやったんだから。
いいことを思い付いた。仕事中に彼女をいじめてもどこまでなら許されるのか、いろいろ試してみることにしよう。
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