ステージ#13:終了

#13:バックステージ

裁定者アービターはターゲットの確保を確認しました。確保者はアーティー・ナイト。カラーはマジェンタ。ステージ内にいる他の競争者コンテスタンツが全て退出するか、または規定の時刻に達した時点で、ステージをクローズします」

 獲得を宣言した瞬間、イリーナの身体がアヴァターのように光を放ち、半透過になった。改めて、彼女が仮想世界の存在であることを思い知る。笑顔はそのままだったが、表情は固まっていた。幕が下りきるとその姿はかき消すように無くなった。身体の温かみは手の中に残っていた。いや、もう俺自身の手の感覚もないけれど。

「ステージの結果について、クリエイターからのコメントがあります」

 イリーナの残光が消えると、ビッティーの声が降ってきた。冷たくて、冷静さを取り戻せと言っているかのように聞こえる。

「今回のステージでは複数のキー・パーソンズと接触し、それぞれの問題を解決することが課題となっていた。方法は適切でなかったものの、問題解決には至ったため、最終的なターゲットと接触することが可能になったことについては一定の評価を与える。ただし、最重要のキー・パーソンとの情報交換が不十分であったため、メイン・ターゲットは獲得できず、サブ・ターゲットのみ獲得することになった。これについては低評価とする。また、行動内容から、ターゲットのヒントの意味を取り違えていたことが推察される。ターゲットのヒントについて不明確な要素があれば、ステージ開始前、あるいは裁定者アービターとの通信時に適切に質問することを推奨する。以上です」

 方法が適切でなかった、ってのが引っかかるな。罪を犯させるのは間違いだったとでもいうのか。その他にも最重要のキー・パーソンとか、メイン・ターゲットとサブ・ターゲットとか、ヒントの意味の取り違えとか、訊きたいことばかりだな。順番に訊くか。

「先ほどのステージに対する質問を受け付けます」

「身体のどこかにハート型の痣を持っているのがキー・パーソンだという推定は正しいか?」

「はい」

「彼女たちの抱えている問題が、七つの罪源に関係しているというのも正しいか?」

「はい」

「解決方法は、罪を犯させることだと思っていたんだが、それは正しくないのか」

「罪を犯させずに解決するのが正しい方法です」

 そうか。みんなに悪いことしたな。しかし、罪を犯させても解決できるようになってたんだ。いや待てよ、色欲ラストのキー・パーソンって誰だったんだ。

「七つの罪源だから、キー・パーソンは7人だよな?」

「いいえ、全部で13人です。あなたが接触したのはそのうちの8人です」

 13人も? 一つの罪源につき二人で、計14人にすればいいのに。いや、最重要のキー・パーソンというのがいるから、そいつの罪は他のとは被らないんだろう。だから13人。それにしても、そんなにいたとは。

「そのうちの何人の罪を解決すればよかったんだろう。6人?」

「いいえ、罪源一つにつき一人、計7人です」

「俺は色欲ラストを解決してないと思うんだけど」

「いいえ、あなたの知らないところで解決されました」

 それはもしかして、独り寝の寂しさをってやつ? そういう解決方法もありなのか。

「痣を確認しなかったキー・パーソンがいるんだが」

「確認は必須ではありません」

 じゃあ、コニーをあんなに恥ずかしがらせなくてよかったということか! 悪いことをした。

「他の競争者コンテスタンツも七つ解決できたのか」

「お答えできません」

「でも、競争者コンテスタンツが、いや、競争者コンテスタンツっぽい奴が、真珠の美人たちパール・ビューティーズに接触しているのを見かけたぞ」

「解決に至らなくてもターゲットとは接触可能です。ただし、獲得できません」

 誘っても振られるということか。

「最重要のキー・パーソンはラーレ・ギュネイ」

「はい」

「メイン・ターゲットは美人コンテストの優勝者ウィナーで、ヴァイスミスはサブ・ターゲット」

「はい」

「でも、俺が獲得したのは過去のヴァイスミスだぜ。他の競争者コンテスタンツにもそれぞれサブ・ターゲットが設定されてたってこと?」

「はい」

 とすると、サブ・ターゲットは全部で6人か。優勝者ウィナーと合わせて7人。おお、ここにも7という数字が。

「だとすると、競争者コンテスタンツ全員がターゲットを獲得する可能性があるのでは?」

「メイン・ターゲットを確保した競争者コンテスタント勝者ウィナーとなります。それがいない場合、サブ・ターゲットを確保して最初に退出した競争者コンテスタントがウィナーとなります」

「つまり今回の場合は後者か」

 メイン・ターゲットは誰も獲得できなかったんだろうなあ。優勝したのに可哀想だが。でも、俺の好みのタイプじゃなかったから。いや、そんなことはどうでもいいのか。

「ヒントの意味を俺が取り違えたと言うが、それは英語だからで、他の言語では“ザ・ビューティフル”と“美人グッド・ルッキング”は区別が付くんじゃないのか」

「いいえ、今回参加した他の競争者コンテスタンツの基本言語においても、“美”と“美人”が区別できない言葉に設定されていました」

「その点については公平ということか。じゃあ、もし俺が"beauty"は美人のことかと質問していたら、君ははいイエスと答えたと言うんだな?」

はいイエス

 ビッティーの「はい」よりも「お答えできません」の方が好きなんだが、俺は感覚がおかしくなってきたんだろうか。

「ところで、競争者コンテスタントのマルーシャにそっくりなキー・パーソンが出てきたんだが、これは偶然?」

「はい」

「メキシカン・クルーズで見た彼女の裁定者アービターのアヴァターにそっくりなキー・パーソンも」

「はい」

「彼女たちがあの時の記憶を一部持っているということはない?」

「ありません」

 しかし、どっちのティーラも俺の目の前で失神したんだけど。このステージのエステルはシナリオどおりってことでいいんだけど、メキシカン・クルーズのティーラが失神したのはおかしいだろ。それとも、彼女は最初からそういう性格キャラクターなのか?

「そういえばメキシカン・クルーズの時にティーラが……マルーシャの裁定者アービターのアヴァターの行動が規定に抵触とか何とかいう件の調査は終わったのか?」

「終わりましたが、結果についてはお知らせできません」

「結果はいいけど、修正が必要だったんならそれは済んだのか」

「済みました」

「次にもしアヴァターのティーラと会ったら、俺は拒絶されそう?」

「現時点ではお答えできません」

「財団のウクライナ研究所でやってるVRの研究は、この仮想世界に活かされてる?」

「核心技術ではありませんが、周辺技術として活かされているという設定です。なお、この質問が出たため先にお知らせしますが、あなたが財団から入手した行動データ及びそれを格納した記憶メディアは没収となりますので、ご了承願います」

「たぶんそうなると思っていたが、一応理由を教えてくれ」

「当該メディア及びデータが他の時代に合わない可能性があるためです」

「つまり、あのメディアが普及する以前の時代がステージになった場合に、未来の技術を持っているのは不整合になると」

「おっしゃるとおりです」

 さて、訊きたいことはだいたい訊いた気がするが、ここでいつものように無駄な質問をするかどうか。いや、あれは次のステージの前に心を落ち着けたいからやるのであって、次が休暇ヴァケイションステージなら早く行きたいのでやる必要はない。

「ビッティー、次は休暇ヴァケイションか?」

「この場の質問は先ほどのステージのことに限定していただくようお願いします」

 やっぱり答えてくれないのか。次が普通のステージだったらどうしよう。二つ三つ訊いておくか。

「ラーレはハリウッドで評価されるような映画監督になれそうか?」

「お答えできません」

「シモナはオリンピックに出場できそうか?」

「お答えできません」

「ユーリヤはグランドスラムを達成できそうか?」

「お答えできません」

「ケイティーはプロのバレリーナになれそうか?」

「お答えできません」

 コニー、ニュシャ、マリヤは既に立派なプロだし、エステルは将来が約束されているはずだから訊かないでもいいだろう。

「よし、次に行こうか」

 ドキドキしながらビッティーの言葉を待つ。こんなのは初めてだ。

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