#13:第7日 (14) 怠惰の象徴

「どうしたの?」

 コニーの声で我に返った。不思議そうな顔をしてこちらを見ている。俺がほうけてるように見えたか? そうだろうな。あまりにも意外なターゲットだったんで頭が混乱してたんだ。

「別に、彼女たちに見とれてるわけじゃないから、心配しないでくれ。君の方が美しいよ」

「ありがとう。私もコンテストに出場したらって勧められたことがあるの。でも、留学することになったから出場権がなくて」

「黒海周辺の国に在住していることが要件か」

「ええ、そう」

「しかし、君は出場しても受賞者ウィナーになれなかったかもしれないぜ。俺が思うに、みんな少し癖のある顔をしている。君のような正統派美人は、審査員の興味を引かないんじゃないか」

 お世辞ではなくて、確かにそう見える。黒海周辺はヨーロッパ系、アラビア系、アジア系など色々な民族がいるだけに、“美人”の顔つきの定義範囲に幅があるように思う。そのうち、ウクライナとその周辺国の美人が、俺の好みに一番合う。審査員は意見が分かれるのではないか。

「財団の研究員ならどう?」

「君と同系統だよ」

「好みに合うっていう意味?」

「今夜、君とデートできなかったら、彼女を食事に誘ってたかもしれないな」

「次の候補はいないって言ってたじゃないの」

「あの時点では候補にしてなかったんだよ」

 コニーは酔っているせいか、少し絡んでくる。しかし、機嫌が悪いわけではない。子供っぽい無邪気な絡み方だ。

 待っているうちに、大臣たちが楽屋へ入っていった。ニュシャたちの姿が見えないうちに、早く楽屋に入ってしまいたい。廊下の向こうから誰か来た。

「ハイ、アーティー! 素敵な淑女レディーを連れてるわね」

 ナターシャだった。彼女に見つかるのは何の問題もない。

「やあ、ナターシャ、君こそ素敵な紳士たちを連れてるじゃないか」

 服装は紳士だが、髪型や顔つきはとても紳士と言えない若い3人組だ。どう見ても不良少年バッド・ボーイズだな。

「ええ、今、人気上昇中のウクライナのロック・シンガーたちよ」

 別に挨拶をしなくてもいいのだが、一応握手はしておいた。俺よりも、コニーの方に嬉しそうに挨拶している。ビズまでしてやがる。

 ナターシャとコニーはお互いを知っていた。たぶん、ラーレが引き合わせたんだろう。あまり絡まれず、ナターシャたちは去って行った。今夜は乱交オージーだろうか。

 大臣たちが出てきた。真珠の美人パール・ビューティーたちを引き連れて向こうへ行く。ナターシャたちもあっちから来たし、楽屋が複数に分かれてるんだろう。

 ノックをして、コニーを先に入れる。ざわざわ言う声が聞こえるから、バレリーナが何人もいるんだろう。ケイティーがいるのかどうか。「コニー・イサク!?」と言う声まで聞こえる。ジョージア人にも顔を知られているらしい。

 俺も入る。ケイティーがいた。コニーを見て驚いているが、俺を見てもっと驚いている。まずはコニーに挨拶してやってくれよ。

「ミス・コニー・イサク!? あなたまで!?」

 ケイティーは英語でしゃべってるな。ジョージア人とモルドヴァ人の会話なら、それが当然か。

「マイ・ディアー・ケテヴァン・バティアシュヴィリ! 素晴らしい踊りダンスだったわ。完璧な金平糖ドラジェの精! とても感動したわ」

 コニーがケイティーを抱きしめる。色々と褒め言葉を言ってるのを聞く間に、ターゲットのことを考える。

 “真珠の美人パール・ビューティー”を獲得するとはどういうことか。単純に考えると“仲良くなること”だろう。どの程度まで仲良くなればいいのかが不明だが、まさかベッドを共にしろということではあるまい。その辺はビッティーに訊いてみないといけない。

 で、受賞者ウィナーとお近付きになるにはどうすればいい? 財団の権力を使えばいいのかね。美人の基準になる数値を測りたいとか言って。

 でも、退出は明日の昼だぜ。時間なさすぎだろ。せいぜい、受賞者ウィナーのところへ押しかけて、デートを申し込んで、ゲートまで連れて行くくらいか。

 この後、コニーを捨ててそっちへ行く? それとも、明日の午前中の約束を全部すっぽかす? とてもじゃないけど俺にはできないな。

 キー・パーソンからの情報に基づいて、夜中のうちにどこかへ忍び込んで真珠の指輪を盗むとか、あるいはキー・パーソンから真珠のアクセサリーをもらうとか、っていう展開を予想してたんで、この上、新たな登場人物があるなんて思ってもみなかった。

 コニーがようやくケイティーを解放したので、俺も声をかけておく。抱きしめはせずに、両手を握って「素晴らしかった」と言う程度。しかし、彼女にはそれで十分のよう。

「ありがとうございました……全て、あなたのおかげです」

「俺は君の背中をほんの少し押しただけだよ。君も本当はどうすればいいか解っていたが、きっかけが掴めなかっただけさ」

「いいえ、それでも、あなたにお声をかけていただいたおかげですから……あの、それで、一つお願いが」

 そう言ってケイティーは傍らに置いていた紙袋から何か取り出してきた。ハート型の……南京錠?

「これに、記念としてあなたのお名前を書いてくださいませんか?」

 いや、君がどういう魂胆でこんなこと言い出したのか、一応解ってるんだけどね。 “愛の南京錠ラヴ・パドロックス”だろ? 後で自分の名前も書き足して、こっそり“恋のハート”にぶら下げに行こうとしてるんじゃないのか。でも、それは趣旨違いなんだって。

 まあ、いいか。ペンまで出してきたので、名前を書いてやる。それにしてもこの錠、いつの間に入手したんだろう。今日は抜け出してる時間なんてなかったんじゃないかなあ。

「ありがとうございました! ずっと、ずっと大切にします……」

 ケイティーがのぼせたような表情で言う。ずっとじゃなくて、正式な恋人ができたときは破棄した方がいいと思う。ただし、この仮想世界ではそんな時は訪れないけれども。

 コニーは他のバレリーナに囲まれてるので、もう少しケイティーと話す。

「バレエの練習を頑張るのはいいけど、ちゃんと気分転換もしなよ。“自分の意志に反してでも休む”っていうのは難しいけどな」

「はい、それは……あなたのことを心に思い浮かべれば、できると思います。あなたが私の無理を止めて下さると思うんです」

 俺は怠惰スロスの象徴か! まあ、いいとしよう。それで彼女が“結果的に”正しい道を進めるなら。とはいえ、もうそんな時間はないんだって。

 まだ物欲しそうな顔をしているので、手の甲にキスをした。ケイティーの頬が真っ赤に染まる。コニーをせかして楽屋を出た。

 それから他の楽屋をいくつか回ったが、そこでは俺は単なる付き添い状態で、何もすることがなかった。ラヤーにも声すらかけなかった。

 幸いにして、知った顔とはどこでも会わなかった。シナリオがうまく構成されていたのだろう。劇場を出たときには10時を過ぎていた。

「ホテルへ戻る?」

「そうね。バーで少し飲み直したいわ」

 軽食だけでワインをほぼ2本も開けておきながら、まだ飲むのか。しかし、今夜は彼女が満足するまで付き合う約束になっている。行き着く先がどこかも、何となく見えている気がするけど。


 タクシーに乗り、ホテルへ着いて、エレヴェーターで6階のバーへ。午前中にニュシャと行ったが、もちろんその時とは雰囲気が全然違っている。しかし、しくもニュシャと座ったペア・シートに案内されてしまった。

 ニュシャは俺の右に座るのが好きだったが、コニーは左に座らせた。別に、シートの移り香を気にしたわけではない。

 “スクリュー・ドライバー”を注文する。ウオッカにオレンジ・ジュースを入れたカクテルで、どうしても飲む必要があるときはだいたいこれだ。コニーも同じものを頼んだ。

 コニーはニュシャと違って無闇に身体を寄せてこない。服を見せたいという思いがあるのかもしれない。近すぎると見えないから。いちいちニュシャと比較するのはよろしくないので、もうやめる。

「ケイティーから愛の告白をされていたみたいね」

 南京錠のやりとりを見てたのか。しかし、帰りのタクシーの中で言わず、なぜここへ来てから。

「恋愛経験の少ない少女が、感謝の気持ちと愛情を取り違えてるだけだろう。ジョージアへ戻れば、すぐに忘れるよ」

 実際は明日の正午でみんなリセットだよ。

「初恋なら、ずっと憶えてるかもしれないわよ」

「君は憶えてるのか」

「もちろん。あなたはまさか忘れたの?」

「二つのうち、どっちがファーストだったか思い出せない」

 けっこう惚れっぽいんだよ、俺は。本気で好きになったのか判らなくて、確認しようとしているうちに相手がいなくなる。

「告白はしなかったのかしら」

「する前に他の男に取られた」

「決断力が弱かったの?」

「そうだな。高校でQBクォーターバックになったときに、ようやく選択オプションができるようになった」

 ただのジョークじゃなくて、実際のことだ。決断は一瞬だということを教え込まれたから。もっとも、ゲーム中の選択オプションの成功率と、女への告白の成功率は全く連動しないことが明らかになったんだが。

「今は女性からの告白を断るのに苦労してるのかしら」

「みんなケイティーと同じような勘違いをしてるんだろう。はっきり指摘しない俺も悪いかもしれない」

 そもそも仮想世界のシナリオでもてやすくなっている上に、目の効果があるから。そんなので好かれても嬉しくないんだよ。

 でも、ただ一人だけ、好かれて嬉しいと思った女がいる。仮想世界の中の、仮想人格って解ってるんだがなあ。

「じゃあ、私も勘違いしてるのかしら」

「楽しい買い物を教えたくらいで好かれてもね」

「あら、あれはこの服を着たかった理由でしかないのよ。あなたを好きになったのとは別だわ」

「じゃあ、そのもう一つの理由は?」

「教えない。いいえ、今は教えない。後で教えるかもしれないけれど」

「どうして?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る