#13:第7日 (13) 真珠の美

「第2幕の内容を教えてくれ」

 クララが着いたのは菓子の国。色々な国の、色々な菓子――そうでないものもある――の精がクララを歓待して踊る。

 スペインのチョコレートの精の踊り、アラビアのコーヒーの精の踊り、チャイナの茶の精の踊り、ロシアの大麦糖トレパックの精の踊り、フランスの葦笛ミルリトン――タルトの名前――の精の踊り、花たちのワルツ、そして最後に金平糖ドラジェの精の踊り。

 金平糖ドラジェの精は王子と二人で踊る。グラン・パ・ド・ドゥと言って、五つのパートからなる。二人の入場アントレ、二人の緩かな踊りアダージュ、男の一人踊りヴァリアシオン、女の一人踊りヴァリアシオン、二人の高度な踊りコーダ。もちろん、これが第2幕の見せ場。

 踊りを楽しんだクララは皆に別れを告げ、王子と共に家へ帰る。目が覚めるとソファーの上。傍らにはくるみ割り人形。

「ストーリーはほとんどないから、踊りを楽しめばいいわ」

「その方が解りやすくていい。ところで君、ワイン飲みすぎじゃないか」

「平気よ。それに、今日はあなたがいるわ」

 酔い潰れたらホテルまで連れて帰れって? 何も着てなくても云々っていう言葉が守られない可能性があるが、まあいいか。間もなく第2幕が始まる。皿の上に残った料理を平らげておく。

 幕が上がると、金平糖ドラジェの精がクララと王子を迎えるところから始まった。ケイティーだ! 予定どおり金平糖ドラジェの精を演じているようで良かった。

 歓待の挨拶のような、儀式のようなものがしばらく続く。それからスペインの踊り。赤い華やかなドレスで踊る。短い。次はアラビア? 違った、これもまだスペインなのか。切れ目がよく判らない。

 ようやくアラビアの踊り。メロディーがアラビアらしいと言われればそういう気がしないでもないという感じ。踊りは確かにエクゾティックな……でも、スペインの踊りもそうだったような。

 続いてチャイナの踊り。これは衣装がそれっぽいのでよく判る。メロディーも聞いたことがある。

 ロシアの踊りも衣装が判りやすい。マトリョーシカ人形を思わせる。そしてこれも聞いたことがあるメロディー。ただ、これがロシアらしい音楽かというとよく判らない。しかし、チャイコフスキーが作曲したんだから、そうなんだろう。

 葦笛の踊り……なるほど、笛を持って踊っている。メロディーもフルートが主体。でも、葦笛ミルリトンってタルトだから、笛の形はしてないはずだよな。まあ、いいか。

 花のワルツ。踊り子が大量に出てきた。途中から聞いたことのあるメロディーになった。こうして聞いてみると、半分くらい知ってる曲かなあ。名作だということがよく解る。

 ところで、リハーサルの時って、こんなにたくさん男がいたっけ? どこから調達してきたんだろう。

 そして金平糖ドラジェの精の踊り。ケイティーが満を持して登場。え、俺の方を見た? 気のせいか。判るわけがないだろ。

 さて、踊りは。ああ、いいんじゃないの。手足の動きがのびのびしていて、迷いがない。笑顔も楽しそうだ。で、どこまでが入場アントレなんだ。もう緩かな踊りアダージュに入ってる?

 男の踊り手ダンサーの大腿筋と尻の盛り上がり方がすごいな。ひたすら脚を鍛えてるって感じ。バレエのダンサーは、どれだけ脚が上がるかとか、どれだけ高く飛べるかとか、どれだけ勢いよく回転できるかとかで評価されるだろうから。でもこの男、明らかにジュニアじゃないよな。プロのゲスト出演か。

 緩かな踊りアダージュが終わったらしい。今までよりも拍手が大きい。男の一人踊りヴァリアシオンが始まる。ここはあまり興味が持てないが、コニーはオペラ・グラスでずっと見ている。どこを見ているのかは判らない。

 踊り手ダンサーが跳ねながら空中で足先を打ち合わせると拍手が起こる。やっぱり脚の動きが評価されるんだ。一人踊りヴァリアシオンが終わる。拍手はさっきと同じくらいかな。踊り手ダンサーが肩で息をしてるのが判るんだけど、やはりすごい運動量なのかなあ。

 そして女の一人踊りヴァリアシオン。最初は音楽がなく、鳴り始めても静かなまま。しかし、ケイティーの動きは大きく滑らかだ。回転も芯にブレがない。とにかく正確に、精密に、人形あるいは機械のように一つ一つの動きを綺麗にこなしているように見える。

 それにしても、よくあんなに爪先で立ってられると思う。最後に盛り上がるのかと思ったら、静かなままで一人踊りヴァリアシオンが終わってしまった。拍手は多かった。

 次が高度な踊りコーダ? でも、男が一人で踊ってるぞ。回転ジャンプを繰り返しながら舞台を回っている。よく回れるなあ。ああ、ケイティーが出てきた。跳びはしないものこちらも回る回る。

 二人で踊り始めた後もケイティーは回る。綺麗な回転。これに尽きる。もう終わった。拍手がひときわ大きい。二人でお辞儀レヴェランス。またケイティーが俺の方を見た。やっぱり俺がここにいるのを判ってる?

 最後は全員で踊る。フィナーレが近いと判る。舞台の中央で、王子が金平糖ドラジェの精を抱き上げるところが決めのポーズか。

 舞台は暗転し、次に灯りが点くとクララの部屋。ソファーから起き上がり、くるみ割り人形を抱きしめる。終了。

 観客が大きな拍手をする。エステルのピアノの熱演には及ばないと思うものの、上出来だったんじゃないかなあ。バレエを初めて見たので、ろくな感想を持てないが。コニーも嬉しそうに拍手してるし。

「ジュニアとは思えないほどのテクニックだったわ。評判どおりね。昼のも見ておけばよかった」

「二人のプリマ・ドンナのテクニックを比べることができるから?」

「ええ、そう」

「君も子供の頃にバレエを習ってたのか」

「子供の頃じゃないわ。モデルのレッスンをしている頃に、少し。でも、見るのはたくさん見たわ」

「目が肥えていて羨ましい。それで、君の評価は?」

「楽屋を訪問して感想を言いたいわ」

 立ち上がりながら言う。そんなことをしたら、他のキー・パーソンに会うかもしれないので困るんだよ。ニュシャはきっと来てるぜ。


 ボックス席を出る。ロビーが人でごった返している。4階、5階の席は少ないはずだが、下が詰まってるのだろう。

「あっ、アーティーとコニーだ!」

 シモナに見つかった。君なら見つかっても問題ない。こっちに飛んできた。

「こんばんは! クラブのみんなと一緒に見に来たんだよ。コニーはアーティーとデート?」

「ええ、そうよ」

 なぜかコニーが自慢気に答える。

「でも、アーティーってこの前、違う恋人と一緒だったよね?」

 誰のことだ。ああ、イリーナか。

「あれは財団の研究員だ。君のデータを取りに行ったときに一緒にいただろ」

「うん、そうだよ。アーティーはもてるんだね! あたしも恋人になりたかったなー」

 そうやって軽く言ってくれるおかげで、うまくごまかせたような気がする。また明日の朝な、と言ってシモナと別れる。

 そのまましばらく待って、帰る連中がはけてから、受付係にバレリーナたちへの目通りを依頼する。何人もお待ちでして、と言われる。最初から言っておけば、早く入れたかもしれない。

 とりあえず、舞台裏までは入る。廊下で何人もが右往左往している。ニュシャたちがいないように祈る。

 コニーが俺の肘をつついて、誰かを指差す。偉そうな感じの中年男の周りに、女がたくさん群がっている。

「誰?」

「大臣と市長」

 そんなことは教えてくれなくてもいいのに。もう一人の中年男は女の陰に隠れていただけだった。しかし、周りにいる女たちは? 若くて、夫人とは思えないな。いや、夫人もいるか。でも、その他の女は?

美人ビューティーコンテストの受賞者たちウィナーズじゃないかしら。確か今週、セヴァストポリで開催されたって聞いたわ」

「それはラーレから聞いた情報?」

「ええ、そう。彼女たちは昨日からオデッサに来ていて、取材したって」

 そういう情報も持ってるのか。ラーレともっと話をしておいた方がよかったかなあ。何しろ、情報のハブでもあるし、キー・パーソンだけじゃなくて、ターゲットに関する情報も……待てよ、美人ビューティーだと?

「何ていうコンテスト?」

「“黒海の真珠ザ・パール・オヴ・ザ・ブラック・シー”」

 黒海の真珠……ということは、その受賞者ウィナーは“真珠の美人パール・ビューティー”!? 何てこったい、"beauty"は“ザ・ビューティフル”じゃなくて“美人グッド・ルッキング”のこと?

 ヘイ、ビッティー、そういうのは紛らわしくないように説明してくれよ! というか、受賞者ウィナーがターゲットだとしたら、獲得には何をすればいいんだ? それに、女を連れたままゲートに入れるのか?

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