#12:第7日 (2) 上陸作戦

「あれがガイオラ島だ」

 出航して1時間ほど経った頃、ダリー氏が前方の真っ暗な海を指差して言った。暗すぎて、島影なんて全く見えない。もっとも、海の中はもっと暗いだろうから、島が見えるかどうかすら関係ない。俺は先を泳ぐ二人について行くだけだ。

 ちょうど、待機組から連絡が入った。セイアノ洞窟下へ到着し、アメリアはこれから車を乗り換えて展望台へ移動、ということだった。

よし、行こうアンディアーモ

 マクシミリアン氏が俺とアルビナの方を向いて言った。周りには船もなく、何も支障がない。荷物を背中に負い、ゴーグルとエアー・タンクを装着し、水中スクーターを持って、船縁に海に背を向けて座る。

よい潜水をブォナ・トゥフォ

 ダリー氏の挨拶と共に、マクシミリアン氏が海へ落ちる。背中から後ろに倒れるようにして、いわゆるバック・ロール・エントリーとかいう入り方だ。

 続いて俺。最後でないのは、後でアルビナが入って、俺が何かまずいことをやらかしていたときのリカヴァリーをするためだ。

 しかし、無事に水中に入り、ライトを点灯してマクシミリアン氏の位置を確認する。アルビナも入ってきて、二人が先に行き、俺が後から付いて行く。

 目標の西島南端までは半マイルほどあるはずだが、水中スクーターの威力は素晴らしく、10分ほどで着いた。前の二人を見失わなかった俺も、大したものだと思う。

 水中で連絡を待つ。アメリアが展望台へ到着したようだ。ダリー氏が準備完了を伝える。教授の「始めようイニツィアーモ」という重々しい声が、マクシミリアン氏の持つ無線機から聞こえてきた。

 時計は3時15分。その5分ほど後に、海の中にもドシンという大きな音が響いてきた。ダリー氏がヨットを岩に衝突させたのだろう。

 数分後、「目潰しを実施した。これから海に入る」という連絡があった。ヨットのセイルを燃やすことで、見張りの目を引き付けると共に、その光によって目を明順応させてしまい、その後“しばらく暗いところが見えなくなる”という効果をもたらそうという作戦だ。

 マクシミリアン氏が海面から顔を出す。しばらくして腕がぐるぐると回った。見張りの目がないことを確認して待機組へ連絡し、アンナから“インセキュア状態”の回答が来たという意味だ。

 アルビナがロープ・ランチャーをぶっ放す。フックがうまく石塀に引っかかったらしく、俺が全体重をかけて引っ張ってもびくともしない。こういうのを一発で決めてしまうアルビナはすごいと思う。俺も、フットボールを投げるのなら自信があるが。

 マクシミリアン氏が、ウインチを使ってロープを登っていく。続いて俺。ほぼ垂直の崖だが、ウインチを頼りに岩に足をかけると、すいすい登れる。

 上ではマクシミリアン氏が待っていた。見張りがいないのを確認。芝生のテラスを横切って、広間のフランス窓に取り付く。ガラス破りを設置し、音もなく窓を開けることに成功した。かなり順調で、どれも時間どおりだ。

 広間に入ると、部屋の真ん中に直径が2ヤード以上もある太い柱が立っているのが見える。さながらギリシャ神殿の大理石柱だが、実はこれがエレヴェイターだ。

 背負ってきた荷物を降ろし、マクシミリアン氏が柱の一点を掌でぐっと押すと、柱が二つに割れて、扉のように手前に開いてきた。柱の継ぎ目を利用してうまく偽装してある。

 中には鉄の扉。後は普通のエレヴェイターと同じ。扉の横にあるボタンを押すと、鉄の扉がゆっくりと左右に開く。かごに乗り、アルビナがメンテナンス・モードにするのだが、突然「開けてよ」という声。

「何を?」

「これ」

 行き先ボタンの下に鍵穴がある。それを開けて小さな鉄板をスライドさせればメンテナンス用の操作盤が出てくるのだが、先に言えって。鍵を持ってると思ってたよ。

 ピックはもう取り出してあったので、ささっと引っ掻いて3秒で開けた。アルビナが操作すると、ドアが開いたまま、かごが下にゆっくりと降り始めた。

 計画どおり、上と下に“通路”を確保できる位置でかごを停める。俺は下の通路から金庫室に入る。

 辺りをライトで照らすと、無味乾燥なコンクリートの白い壁で囲まれた、天井の低い部屋だ。そしてその奥に、黒く重々しい金庫がぽつんと一つあるばかり。

 金庫の扉には訓練の時に使ったのと同じように、シリンダー錠が二つと、コンビネーション・ダイヤル錠が二つ付いている。

 さて、開ける前に少し確かめたいことがあったのだが、突然、マクシミリアン氏が金庫室へ入ってきた。そんなのは予定にない。

 何事かと思っていると、今度はかごの中から「アロイス!」と呼ぶ声が聞こえた。「何だ!」とマクシミリアン氏が返事をしながら、かごを覗く。

 その後のアルビナの声はよく聞こえなかったが、マクシミリアン氏はまたかごの中に戻って行った。勢いを付けて飛び乗ったようで、かごがぎしぎしと音を立てて揺れている。

 すかさず、確かめたかったことを実行する。ボナンザ!



「この位置でかごが停まってると、釣合錘コントラッペソが見えないわ!」

 セニョリータ・ゴディアが、ヘル・マクシミリアンに伝えているのが聞こえた。釣合錘バランス・ウェイトの確認……予定にない行動だが、教授の秘密指令が出ていたのだろうか。私や、彼が知らないうちに。

 リアヴュー・ミラーで、後席の教授の様子を窺った。特に動きはない。やはり教授の指示どおりのようだ。

 エレヴェイターの釣合錘バランス・ウェイト……設計図によるサイズに従えば、かごの重さは1.2トンくらいだろうか。金塊を金庫に入れずに、その釣合錘バランス・ウェイトの代わりに使っているということか? なるほど、面白い隠し方には違いない。金庫を囮に使うのだから。

 釣合錘バランス・ウェイトは、通常のエレヴェイターでは見ることができない。存在すら知らない人もいるだろう。盲点の一つになる。

 屋敷のエレヴェイターは、きっと何か特別な仕掛けがあったのに違いない。かごが下に降りているときに、広間側の扉を開けられて、上がってきた釣合錘バランス・ウェイト、即ち金塊を入れたアタッシェ・ケースにアクセスできる、というような。

 しかし、宝石はどこに? 同じところにあるのだろうか。私の考えでは、少し違っているのだけれど。

「かごを下げれば、こいつが上がってくるのか。かごを動かすしかないな」

「でも、もしこれが金なら、外したらバランスが崩れて、かごが動かなくなっちゃうわ」

「その時は天井の脱出口を使えばいい。よし、俺が動かそう」

 かごが揺れる音がする。ヘル・マクシミリアンが、地下室からかごへ戻ったのだろう。地下室にいる彼は、金庫を開けているのだろうか。無駄になるかもしれないというのに。

 ヘル・マクシミリアンは、なぜ彼に、解錠中止の指示を出さないのだろう?



錠前師セッラトゥリエーレ!」

 金庫の解錠に取りかかってしばらくしたら、マクシミリアン氏の声が後ろから飛んできた。解錠の手を止めず、「何?」と大声で答える。アマンダと会話しながら開けたのが、ここで活かされる。

「今からかごを下へ動かす。金庫の方はどうだ?」

「二つ開いた」

「よし続けてくれ」

 エレヴェイターが動く音がする。あれが下に来たら、確かめたいことが確かめられなくなるところだった。間一髪だったな。

 よし、もう一つ開いた。あと一つ。

 またエレヴェイターのかごがガンガン揺れる音がする。天井の穴から出てるんだろう。俺が出るときも手伝ってくれよ。まさか、置いてけぼりにはしないと思うけど。

 よし、最後の一つも開いた。順番は逆N? 違った、Nか。おいおい、これも違う? まさか、Z? おお、開いた。嘘みたい。

 ということは、扉を開くと……



 くぐもった爆発音が聞こえた。

錠前師セッラトゥリエーレ! どうした!」

 続いて、ヘル・マクシミリアンの大声。金庫はダミーで、爆弾が仕掛けられていたということだろうか。彼はどうなっただろう?

 行く前に、警告を与えておくつもりだったのに、他の人に聞かれるのを気にしたせいで、何も言うことができなかった。

 彼の失敗は、私の失敗でもある。もし彼を失ったとすれば、私はまた後悔をしなければならないのだろうか? アルテムを失ったときのように。

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