ステージ#12:第7日
#12:第7日 (1) 夜中の出航
第7日 2038年6月30日(水)
起きたら日付が変わっていた。ついでに部屋の中の様子も変わっていた。アメリアがおらず、アルビナがいて、俺のすぐ横に寝ていた。しかも例によって無防備極まりない服装で。
本当に寝ているのなら、鑑賞するチャンス、ではなくて、アンナと話をするチャンスなのだが、
首を少し起こし、アンナの方を見る。今度は彼女も気付いた。手話でも習っていれば会話できるのだがもちろん知らないし、そもそも合衆国とウクライナの手話が同じとは限らない。バーミージャの総督の娘に、秘密会話の方法を教えてもらえばよかったかも。
とにかくひたすら彼女を見て、会話したい意思をテレパシーで伝えようとしたが、首を振られてしまった。この前のように、キーボードで言葉を打ち込んで――少なくとも彼女から俺へは――メッセージが伝えられそうに思うが、何か不都合があるのか。
それとも、君も一緒にベッドで寝ないか、と誘ったかに思われてしまった?
とりあえず、身体を起こす。下から健康的なオリーヴ色の腕が伸びてきて、首が絡め取られる。アルビナが薄目を開けて見上げていた。
「あと1時間くらい寝ていても大丈夫。だから、もうしばらく同じ夢を見ましょうよ」
「俺は夢なんか見てなかったんだけど」
「私は見てたわ。マイアミ・ビーチのコテージで、あなたとハンモックで揺られてるの」
「マイアミ・ビーチにコテージなんかない。人工の砂浜に沿って高層ホテルが建ち並んでるだけだ」
「じゃあ、西海岸だったのかしら。とにかく、とっても素敵な夢だったわ。きっとあたしたちの近い将来を暗示してるのね」
「3時間後にどうなってるかの夢も見てくれよ。ところで、いつ戻ってきたんだ?」
「つい10分ほど前かしら」
12時半頃か。
「10分前なら夢なんて見てないだろ」
「ここじゃなくて、戻りの車の中で仮眠しながら見てたの。アントニーが運転してくれたから」
「とにかく、俺はもう起きるから腕を放してくれ」
「じゃあ、着替えましょうか」
そう言ってアルビナが起き上がってきた。しかし、腕はまだ俺の首に絡めたままだ。
「今から着替えるのか?」
「ウェット・スーツじゃなくて、服を着替えるのよ。ホテルからウェット・スーツで出て行くなんておかしいでしょう? ヨットの上でウェット・スーツに着替えるけど、脱いだ服は海に捨てちゃうから、その“捨て服”に着替えるの」
なるほど、脱ぎっぱなしでヨットの中に置いておくと、身元がばれる可能性があるからか。
「でも、俺は“捨て服”なんて持って来てない」
「ちゃんと買ってきたわ。あなたの身体に合うはず。だてにあなたの身体を触ってたわけじゃないんだから」
なるほど、そういう目的もあって俺にまとわりついてたのか。趣味と実益を兼ねてたんだ。
「さあ、脱いで」
「腕を放してくれ。自分で着替えられる」
アルビナは素直に腕を放し、ベッドの脇から袋を取り上げ、中身をベッドの上にぶちまけた。服なのだが、男物と女物が混じっているようだ。水着もある。ということは、全部脱がなければならない。
とか思っているうちに、アルビナがゆるゆるの服を脱ぎ出す。やっぱりブラジャーを着けていなかった。そして見る間にパンツまで。その下も何もなしかよ!
「私の身体を見たい気持ちは解るけど、あなたも早く着替えなさいって」
見てる前で着替え始めたのはそっちだろうが! ということは俺も見られるということだな。
だが、アルビナにもアンナにも一度見られているから気にしない。いや、あの時は下着は脱がなかったんだった。何てこったい。見るなら見ろってんだ。
ポロ・シャツを脱いで、買ってきてくれたシャツに着替える。ベッドから降りてジーンズを脱ぐ。一足先に水着に着替えたアルビナが、俺が脱ぐところを見ている。そんなに観察するな。
手早く下着を脱ぎ、水着を穿く。その上から膝丈くらいのゆるいパンツを穿く。なるほど、これならヨットに乗りそうな風体に見える。しかし、夜中にヨットに乗ること自体、あまり自然とは思わないんだけど。
靴も脱いで、新品のデッキ・シューズに穿き替える。靴の中のピックは侵入用の装備に入れないといけないな。用意のものはあるが、使い慣れたものも持っておいた方が、何かの時に役立つだろう。
アルビナは俺の着替えを見届けてから、悠々とシャツとパンツを身に着けた。俺と色違いの
「恋人どうしに見えるでしょう?」
「偽装としては優秀だと思うよ」
「数時間後には偽装じゃなくなるわ。本物の恋人どうしになるんだから」
この強引さは、今までのキー・パーソンズの中でも際立ってるな。
「もう少しベッドで休憩しましょうよ」
「他の3人は?」
「別の部屋で待機中。アロイスとアントニーは船の航路を相談してると思うわ」
「俺たちは聞いておかなくていいのか」
「聞いてたって船の上では何もできないでしょう?」
「じゃあ、君が作った秘密兵器の話」
「そういえば、ロープの説明がまだだったわ。ちょっと待ってて」
アルビナが部屋を出て行った。アンナと話すチャンス……はないよな。録音されてるかもしれないんだから。仕方ない、聞く価値のないつまらない会話でもしておくか。
「もしかして、君も俺の着替えを見てた?」
「ええ」
アンナが顔を上げて、上目遣いにこちらを見ながら言った。やっぱり見てたのかよ。キーボードの音が止まってたから、まさかと思ってたけど。
「そんなに興味を持ってくれていたとは思わなかった」
「あなたの身体はとても均整が取れているから、見る価値があると思って」
「絵か彫刻のモデルにでもなれそうか」
「そうね。有名な裸像彫刻でも、想像で作ったところがたくさんあることの証明になると思う」
ミケランジェロの時代には、フットボーラーはいなかったんだから仕方ないだろうよ。アルビナが戻ってきた。“秘密兵器”を持っている。
「もしかして、それがロープ・ランチャー?」
「そうよ。これは試作品だけど。本物はもうヨットに積んであるわ」
つまり、作戦開始時、島の崖を登るためのロープを張る道具だ。
フックを飛ばすのはボウガン。映画ではよく空気銃のような仕掛けで飛ばしているが、あれは試した結果、音が大きすぎたらしい。エンターテイメントとしては、あの音がいいんだろうけど、やっぱり実用的でないわけだ。
そして、張ったロープを登るためのウインチ。もちろん、これだけで登れるはずはなく、単なる補助器具だ。やはり映画のようにスマートには行かず、かなりの割合で人力が入ってくるのは仕方ない。
「そういえば崖を登る練習をしてないけど、いいのかな」
「あなたくらいの体力があれば、心配ないわよ」
その後はぐだぐだと雑談を続けて、2時前に出発。
ヨット組は徒歩で港へ移動。マクシミリアン氏、ダリー氏と合流し、アンナ、アメリアとはここでいったんお別れだ。最後に少しでもアンナと相談しておきたかったのだが、その時間はついになかった。
アンナはアメリアの運転する車に乗ってホテルへ。そこで教授と
ダリー氏は、白いシャツに白いバギーズがよく似合っている。成功した青年実業家という感じだ。アロイスは同じようなグレーの服を着ているが、どう見ても
もっとも、夜中の2時なんていう時間なので、俺たちのことを見ている人もなく、マリーナ・グランデからひっそりと出航した。
沖合に出たところで早速、ウェット・スーツに着替える。服と靴は
次に、侵入するときに携行する荷物の確認。俺とマクシミリアン氏のバック・パックは、60ポンド近くある。それでも、ノルウェイで背負っていたリュックサックよりはずっと軽い。
中身のほとんどは搬出器具だ。それにピックのセットと“ガラス破り”。
準備が済むと、後は島への到着を待つだけになる。頭上には月もなく、銀の星が輝くばかり。海は暗く、波は穏やか。『サンタ・ルチア』はナポリの民謡だったと思うが、歌詞の中にそんな場面が出て来たんじゃなかったか。
ヨットは進路を北西へ取り、ナポリの夜景を右手に眺める。期待していたほど綺麗ではない。起伏がそれほどないし、なおかつ遠いからだろう。広がりがなく、細い光の帯でしかない。
中心街から西へ向かって、灯りがだんだんと減っていくのが一目で解るが、ヨットはその暗い方へ向かっている。先には何も見えないが、ダリー氏の操舵技術を信用することにしよう。
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