#12:第6日 (10) 彼についての考察

 彼は部屋を出て行った。私はクラッキングと調査を継続する。そして、クリシュナン・シュリニヴァーサとレベッカ・フォンテインの動向も調べなければならない。

 彼は、二人のことを気にしていないようだった。忘れているのか、それとも、時間がなかったのか。

 おそらく、後者だろう。彼は有能だから、忘れるわけがない。そのわりに、些細な質問をしてきたけれど、あれはきっと私を油断させるためのジョークだろう。

 二人は、逆に私たちの動向を知っているだろうか。知っていると思わなければならない。

 以前のクリシュナンは、私の行動を完全に読んでいた。クリシュナンは私をひどい目に遭わせた。

 しかし、私はそのことを恨んではいない。復讐するつもりもない。ここはゲームの世界で、勝ち負けを競うけれども、誰が優秀かを決める場ではない。

 被験者である私たち競争者コンクルサンチの思考形態の実験の場。観察者の予想どおりに動くのもよし、予想を裏切るのもよし。ただ、私の別の目的を、観察者に気付かれたくないだけ。

 クリシュナンの行動を探るのは難しい。彼はカードを使わないし、いくつもの偽名を使い分ける。人の心を読み、心に入り込む達人。彼の共同作業者スピヴロビトニク、フォンテインにも影響を与えただろう。

 フォンテインの行動も、最初の2、3日は簡単に解ったが――それはこのステージだけの特性で、私がウェブを通じて調べられるからだが――、最近の足取りはほとんど掴めなくなってしまった。

 それも、名前が判らなかったら全く調べられなかった。それについては、彼に感謝しなければならない。

 フォンテインは昨日、本名を名乗り、“島”へ渡った。もちろん、本来の職業である宝石商として。アルノルド・リナルディが買いそうな宝石を多数持って。

 しかし、アルノルド・リナルディは買わなかった。ジーナ・セベールが気に入ったものがなかったから。宝石の購入に関しては、ジーナ・セベールの意見が全て通る。でも、クリシュナンはそれを知っていたのでは?

 それなのに、なぜフォンテインに指示を与えなかったか。ジーナ・セベールが気に入りそうな宝石を持っていけば、アルノルド・リナルディの気を引くことができて、ターゲットの“レモンの宝石リモンナ・コシュトヴニスチ”や、他の情報が得られたはず。もちろん、金庫のことも。

 だが、それをしなかった。つまり、二人は金庫を狙っていない。

 では、どうやってターゲットを手に入れるつもりなのだろう。金庫の中の物を奪うための、よく知られた方法は、金庫を所有者に開けさせ、持ち出させることだ。

 それを実現するには、例えば金庫の中の物が奪われたことを、所有者に示唆する。すると、所有者はそれを確認しようとする。

 盗まれているにせよ、いないにせよ、確認するには、金庫を開けて自分の目で見るしかない。そこを狙う。

 もう一つの方法は、金庫を他人――例えば他の泥棒――に開けさせ、中身を持ち出させること。そこで奪う。つまり、横取り。どちらもクリシュナンが選びそうではある。

 だが、先の方法に関して、クリシュナンが動いた形跡はない。いつの時点か、どんな経路でか、それは解らないが、金塊と宝石が奪われたことを、アルノルド・リナルディに告げなければならないのに、それは為されていない。

 アルノルド・リナルディも動かない。金庫のセキュリティー状態を確かめようとしたことすらない。もちろん、私の疑似ハッキングには気付いているだろう。それなのに、安心しきっているのか、動かない。

 その安心は、何に由来するのだろう。もしかすると、金庫の中に、宝石はないのかもしれない。ないものは、盗まれない。最も安心だ。

 しかし、“レモンの宝石リモンナ・コシュトヴニスチ”は明後日のオークションに出品される。それは明日の午後、島からオークショニアのところへ運搬する手筈が整っている。

 アルノルド・リナルディが偽物を出品するとは思えない。本物を所有していることは、私が――正確には私たち競争者コンクルサンチが――このステージに来る前に確認されている。そういう記録が残っている。その記録が、虚偽であるはずがない。虚偽なら、ステージが成立しない。

 では、金庫の中ではなくて、他の場所にあるのだろうか。それが最も可能性が高い。例えば、寝室に置いておくのはどうだろう。あるいは、常に身に着けているというのが一番安全かもしれない。そうしているという、傍証はあるだろうか。

 アメリア・ローゼンガッターが島を訪れ、アルノルド・リナルディと会見したときの映像がある。アメリア・ローゼンガッターはその時、宝石のことを何度か口にし、アルノルド・リナルディの表情を伺った。

 会見したのは東島の1階の応接間。アルノルド・リナルディは指輪は身に着けていなかったし――“レモンの宝石リモンナ・コシュトヴニスチ”は身に着けるには大きすぎる指輪なのだ――、上着やパンツのポケットに注意している様子もなかった。

 アルノルド・リナルディの寝室は西島の3階、金庫室は西島の地下室。宝石の話をするとき、彼の視線は一度も上を向かなかった。アメリア・ローゼンガッターの方か、あるいはわずかに下を向いていた。これは宝石が地下室にあることを意味するだろう。

 東島の地下に、隠し金庫があるのだろうか?

 設計図にそのような物はないが、宝石を隠す程度であれば、後付けで設置できるだろう。

 ただ、東島はアルノルド・リナルディとジーナ・セベールの居住用ではなく、使用人と、不特定多数の人が――もちろん、島に来る人物はほぼ全て素性が知れているはずだが――出入りする。そんなところに、高価な宝石を隠すとは思えない。

 であれば、やはり西島の地下の金庫室に、保管しているのだろう。ただし、金塊を保管している金庫とは別の“隠し金庫”があるのではないか。私たちの予想の付きにくい、別の金庫。

 西島の図面を見る。金庫室は壁を高強度コンクリートカルチェストルッツォ・アド・アルタ・レシステンツァで施工している。この部分に、後で追加の金庫を設置することは不可能だろう。ならば、どこに?

 二つ、思い付いたことがある。彼に伝えなければならない。「残りの時間は何に使えばいいと思う?」の、別の答えとして。

 そして、クリシュナンはこれに気付いているだろうか。気付いているとしたら、どの時点で彼は動くだろうか。私たちよりも前か、私たちよりも後か。

 もちろん、私たちより前でなければならない。私たちが、“宝石”の隠し場所に気付くかもしれないから。私たちより後で行動して、私たちが気付かずに残していった宝石を回収する、などという作戦を、彼は考えないだろう。

 しかし、私たちよりも先に動くこともまた、難しい。私たちはずっと前から、屋敷を監視している。もちろん、これから作戦開始までの間も、監視を続ける。

 私たちより先に、屋敷に侵入しようとすれば、気付く。私は、否、教授は、たとえ私たちの作戦が実行できなくなるとしても、彼らの行動を阻止するよう指示を出すだろう。

 結果、彼らは失敗する。ただ、もし私が一人で行動しているのなら、彼らの作戦を実行させた上で、後から横取りを狙うだろう。しかし、今回それはできない。

 では逆に、彼らが私たちの行動を阻止しようとするだろうか。

 私たちの作戦が失敗した場合、クリシュナンは利益を得るだろうか。次にターゲットを狙う機会ができる。宝石を島からオークション会場へ運ぶ間が、その機会。

 しかし、私もその機会を狙う。もちろん、彼と共に。彼は止めるかもしれないけれど、私は最も危険な方法を選ぶだろう。クリシュナンは、それを避けたいと考えるだろう。ならば、クリシュナンはその機会を選ばない。

 結論として、クリシュナンが選ぶのは、私たちより先でもなく、また私たちより後でもない行動。つまり、私たちと同時に動く。そんなことができるだろうか。

 できるとすれば、が裏切ることしか考えられない。

 あるいは彼が、私を裏切る? それもあり得るだろう。私は、裏切られても仕方のない行動を取っているのだから。これまでもそうだったし、これからもそうするだろう。

 ただ、今回だけは、私にそのつもりはない……

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