#12:第6日 (8) 今後の相談?

「そういえば、ガラス破りと搬出器具と潜水艇のことを教えてもらうことになってたと思うけど」

「教えてあげる。こっちに来て」

 アルビナの部屋の前に連れて行かれた。ドアをノックするのは、中にアメリアがいるからだと思われる。しかし返事を訊く前に、アルビナがドアを開けてしまった。

 アメリアはタブレットで何かしていたようだ。俺を胡散臭げに見たが、アルビナがガラス破りの話をすると、不機嫌そうな声で「いいわよヴァ・ベーネ」と言った。

 部屋へ入り、アルビナが工具箱から電気ドリル付きの鉋のような道具を取り出して、一緒にフランス窓の外へ出た。よく見ると、窓のクレセント錠の辺りだけガラスがない。アルビナがそこに小さなガラス板を取り付ける。

「このガラス破りを、ドリルがクレセントのつまみの位置に来るように置くの」

 目印は、本体に四つ付いている赤い三角印。上下と左右を結ぶ線の交わるところに穴が空く。そのとおりに道具をガラスに押し付け、始動ボタンを押すと、ほとんど音も立てずドリルがガラスを穿孔し、直径4分の1インチほどの小さな穴が空いた。

 次に、ドリルの横のレヴァーを動かす。円弧の形をした鉄の棒が穴に入っていき、ガラスの向こうのクレセントを押して、回転させた。

「なかなかスマートな道具だが、補助錠が付いていたら?」

 クレセントの横に、小さなつまみが付いていたら、それが補助錠。あれを動かして“ロック”の位置にしておくと、クレセントが回らない。

「設計図では、窓は補助錠付きじゃないのよ」

「強化ガラスで、このドリルじゃ破れない強度、ってことはない?」

「ガラスの強度は調べてあるのよ。夜中に無人航空機を飛ばして、屈折率から材質が判ってるし、クレセントの大きさもね。つまりこれは、あの屋敷に侵入するための専用工具ってわけ」

 こんなものを自作できる奴は女だろうが男だろうが怖い。身の回りに同じような奴がいないか注意しなければ。

 搬出器具の方は、四つの滑車が2枚の細長い鉄板に挟まれてつながっていて、両端にベルトが付いている。取り付けにはそのベルトをアタッシェ・ケースの両端に巻き付ける。

 ちょうど鉄板部分を持ち手にした手提げ鞄のような感じになるのだが、さらに鉄板を両側に“割る”ことができて、そこにロープを挟んで滑車に噛ませ、鉄板を閉じると“ロープ・ウェイのゴンドラ”のできあがりというわけだ。

「アタッシェ・ケースはこれと全く同じものなのか?」

「そうよ。金庫を納入した会社が、これと同じのが60個入る金庫を用意したから、間違いないわ」

「小さいわりに重いな」

 ラップトップのコンピューターを少し分厚くしたくらいの大きさで、高級なアタッシェ・ケースによくあるような黒革、合わせの金具は金メッキ。3桁のナンバー錠が二つに、鍵穴まで開いている。

「本物は金が入ってるけど、それには代わりに同じ重さの鉛を入れてあるわ」

 一つに1キログラムの金地金が20枚。アタッシェ・ケース自身の重さを入れて約21キログラム。面倒なのでポンドへの換算はしない。重さは重さで感じ取ればいい。

「潜水艇は?」

「あれよ」

 アルビナの指差す方を見る。別荘の裏庭なのだが、手入れをしていないので草が茂り放題で、落ち葉も積もっている。そこに古いボートが一艘、置いてあった。雑な置き方なので、捨てられているかのように見える。青の洞窟で乗ったような小さいもので、どう見ても潜水艇ではない。

「ボートが沈んだら潜水艇になるのかね」

「普通のボートじゃないわよ。フロートと水中スクーターを取り付けて、海底を自動走行できるようにしてあるの」

「ほう」

 ボートの周りにフロートが六つ、水中スクーターも強力なのを六つ装備。フロートは、センサーにより水圧を検知して、ボートを一定の深度に保つ。

 さらに、ある特定の音波を受信して、その発信方向へ走行するようになっていると。これはすごいな、まさに“秘密兵器”じゃないか。

「これ、スイスの時にも使う予定だったのよ。ローザンヌからジュネーヴまで、レマン湖の中を運ぶってことでね。でも、狙うのがジュネーヴの銀行に変わったから、お蔵入りアカントナートになってたの。それが今回、復活して活躍するってわけ」

「じゃあ、アルノルドも知ってるじゃないか」

「知ってたって、電波の発信源が判らなきゃ意味ないわよ。海底を探し回るわけにもいかないものね」

「発信源はどこに置くんだ?」

「教えてあげない。嘘、私も知らないの。教授とアロイスだけが知ってるわ。最後にアロイスが波長を入力することになってるの。でも、たぶん、カプリ島の近くだと思う。ガイオラ島の真南だもの。西の沖の方へ運んだら、後で回収しにくいと思うし」

「実は君があらかじめ入力した地点へ行く、なんてことは……」

「面白そう! それで、私とあなたが他の6人を出し抜いて、金塊を二人占めするのね。次はあたしたちが追われる身になるんだわ。追われながら世界中を駆け巡って、その合間に次々と金庫破りを繰り返す泥棒夫婦!ってのはどう? ハリウッドの映画になりそうじゃない?」

「夫と妻がそれぞれ単独の泥棒で、それをお互い相手に隠してるんだが、ある時、同じお宝を巡ってライヴァルになるっていう筋の方が受けるんじゃないかな」

 夫婦ではないが、俺とアンナの立場もそれと同じような気がする。今回は彼女と協力するが。

「でも、今回は二人占めはやめておきましょうよ。この後、あなたと二人で泥棒を続ける方が、もっと儲かると思うわ」

「二人占めのことを言い出したのは君だろ」

「でも、泥棒夫婦になるのは決定でいいかしら?」

「今回の件が無事成功したら考えるよ」

 こうでも言っておかないと、ずっと迫ってくるだろうから仕方ない。どうせ、ステージがクローズされれば彼女との関係はおしまいだ。

「ありがとう! じゃあ、しばらくの間は泥棒恋人として活動するってことね」

 本気にされてしまったかもしれない。部屋の中から見ていたアメリアが、呆れた顔をしている。

 金庫の部屋へ戻り、解錠の訓練を続ける。しかし、どう頑張っても3分30秒より短くするのは難しそうだ。少なくとも、今のやり方では。マクシミリアン氏はまだ帰ってこないので、とりあえずアンナの意見を聞いてみようか。

「彼女のこと、苦手って言うわりに、相談するのは好きなのね。やっぱり弱みを握られてるから?」

「誰がそんなこと言ったんだ?」

「彼女よ。どんな弱みを握られてるの?」

「思い当たることが何もないが」

 そもそも、弱みがあったって他の奴に言うわけないだろ。そいつにも弱みを握られる。

「そうかしら。あなたって、確かに弱みを持ってそうな気がするのよね。それをバラされたら、婚約が解消するとか?」

 本当は財団の研究員なんかじゃなくて、セミプロのフットボーラーで、深夜マーケットのパート・タイマーってことが弱みと言えば弱みか? 別に、恥ずかしくはないんだけどね。

 しかしメグがそれを知ったら、どう思うかな。ただ、彼女がいるステージでは、俺は確実に財団研究員という肩書きを持ってるはずだから、バレることはないだろう。

 また、たとえアンナが俺のヴァケイション・ステージに来たとしても、その“事実”は覆らないだろう。

「弱みなんてないよ。何なら、一緒に彼女のところへ訊きに行こうか?」

「判った! あなた、今みたいに一人であちこち旅行してるけど、それでいろんなところに恋人や婚約者がいるんじゃない? それだけじゃなくて、本当は結婚してる女性が何人もいるとか」

 シナリオのせいで俺のことを好きになる女は何人もいるが、俺の方から好きだとか結婚しようとか言った女は一人もいないっての。しかも、ステージが終わったら縁が切れてるんだ。

 いや、メグとだけは絶対に縁を切りたくないぞ。頑張ってヴァケイション・ステージに行かねば。

「それが事実なら、君は他の女たちから恨みを買う可能性があるぞ」

「私は彼女たちからあなたを奪って逃げ切る自信があるから大丈夫」

 その妄想は何とかならないものか。

 しかし、アンナはなぜ、俺の弱みを握ってるなんて言ったんだろう。そもそも、それをいつ言ったんだ。俺を仲間に引き入れるときか、それとも俺が彼女以外に黙ってサレルノへ行ったときか。

 どちらにせよ、単にマクシミリアン氏たちを信用させるための方便じゃないかという気がする。弱みなんかなくても、俺はついつい彼女の言うことを聞いてしまうからなあ。

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