#12:第4日 (12) ノルウェイの真実 (2)
俺のところに情報が集まりやすいとマルーシャは言う。それは前にも言われた。しかし俺は、それを自覚できてない。
ということはおそらく、俺の勘が悪いんだろう。ヒントをヒントだと気付くのが遅いんだ。ビスモへ向かうヒントだって、ぎりぎりに判った。
それをマルーシャから指摘されるのは、悔しいというより、俺自身が不憫でならない。きっとマルーシャも心の中では、焦れったい思いをしてるんだろう。
それで俺に教えたくなる……もちろん、彼女自身のために。俺が情報集積所として利用できるから。完全に
「あそこで俺が、ビスモへ行くことに気付かなかったら?」
「あなたがバスに乗ってきたから安心したけれど、もし乗ってきそうになかったら、無理矢理誘ってバスに乗せていたと思うわ」
「そしてバスの中でとどめのヒントを出す」
「ええ」
「サーヴィス過剰だな」
「あなたがカタリナ・ソロースに会うシナリオを壊してしまったんだから、仕方ないのよ」
「カタリナとは一瞬だけ会話したがね。しかし、妙だな。どの山小屋でも、誰かに付いて次の場所に行けばいい、というパターンがあるように思える」
「ええ、それでもよかったと、私も思う。でも、ビスモであなたは間違えた」
そういえば、ビッティーもそんなことを言っていた。
「フォッセトレンじゃなくて、ラウベルグストゥレンが正解だったらしいな。本からヒントを得る方法もあったが、ガール・スカウトたちに付いて行くのでも良かったわけだ」
「ええ」
「でも、フォッセトレンではそれなりに面白い体験ができたんだぜ」
「ええ、知ってる」
「知ってるって……」
まさか、付いて来ていたのか? どうして?
「ガール・スカウトと話をしていて、ナンセンの本からラウベルグストゥレンが判ったので、あなたも気付くと思った。でも、あなたが会うべき3人のキー・パーソンズのうち、一人だけ夜に会っていないのが後で判った」
「ちょっと待て。ガール・スカウトと話を、って、君はあの時どこにいたんだ?」
「合衆国のガール・スカウトの付き添いに変装して、スカウトたちのコテージを回っていたの。合衆国ならウクライナ系人種がいても不審に思われないし、あれだけ女性がいれば一人くらい増えても誰も気付かないと思ったから」
何という巧妙な隠れ方。確かに、夜にみんながおとなしくコテージで寝るのなら紛れ込むのは難しいが、明け方まで起きてディベートをするのなら、一人くらい見かけないのがいても気付かないだろう。木の葉を隠すなら森の中。女を隠すなら女の集団の中か。
「それは解った。それで、会ってない一人ってのは?」
「合衆国から来ていた、マライア・ミルズ。彼女の本に正しい情報が載っていたけれど、あなたはそれに気付かず返してしまった。彼女ともう少し長く、つまり夜の時点から話をしていれば、本の違いに気付いたと思う。だから、あなたが間違ったところへ行くと思ったけれど、ここで間違うと何が起こるのか、私も知りたかった。だから付いて行ってみた」
カタリナの本とは何かが違っていて、それで俺は計算を間違えたらしい。しかし、付いて来るとはマルーシャも酔狂な。俺のことなんか放っておけばいいのに。
「で、何もないはずのところだと思ったのに、追加のイヴェントが用意されていて、君も驚いたってわけか」
「ええ、夕暮れまで集落を歩き回って、キー・パーソンになりそうな人が一人もいないのを確認したのに、夜中になってどこからかやってくるなんて、思いもしなかったから」
「俺も驚いた。ただ、彼女たちが現れなくても、次の行き先が判ったのは運が良かった。しかし、君はどうして次の行き先が判ったんだ?」
まさか、俺のいない間にあの避難小屋に忍び込んだんじゃないだろうな。
「7日目にガルフピッゲンに登ることは想像できたから、ユーヴァスヒッタとスピテルストゥレンの二択。でも、ユーヴァスヒッタからの登頂は氷河を越えるから、単独行動は無理。だからスピテルストゥレンと思った」
「しかし、ラウベルグストゥレンで発生するイヴェントに遭遇しないと、ターゲットも判らないだろう」
「いいえ、あのターゲットのことは、ビスモで合衆国のスカウトたちが話していたから、どんなイヴェントが発生するか、想像が付いた」
あの悪趣味な
「それをラウベルグストゥレンで盗む手があったのでは?」
「あったかもしれないけれど、おそらく持ち主の行動は私たち
「本質とはあまり関係ないけど、君はあの
「携帯するよりは置物にする方がふさわしいでしょう」
控えめな意見だな。しかし、持ち主は見せびらかすために、あれを携帯してるんだろうよ。
「さて、スピテルストゥレン以降の話だが」
「それは、ソレントへ戻る車の中でいいかしら」
おっと、もうそんな時間か。
「エロイーズに電話しないと」
「明日の午前中は、ヘル・マクシミリアンが何か予定を入れると思う。ナポリで待ち合わせるなら、午後からにしてもらった方がいいわ」
「まあ、そうかな。泥棒の背景や作戦の詳細も聞かないといけないし、解錠の訓練もしないといけない」
エロイーズに電話し、1時にガレリア・ウンベルト
前回と違って3人組のキー・パーソンズというのはいないようだ。いや、前回も3人組はいなかったか。二人組プラス一人という組み合わせが多かった。
「ノルウェイで、キー・パーソンズがどこでも3人くらいいたのは、何かの趣向かな」
部屋を出ながらマルーシャに訊いてみる。今夜は着替えを持っていくことにする。
「ギリシャ神話の“不和の林檎”になぞらえたんだと思う。毎回、正しいキー・パーソンを一人選べという意図かしら」
なるほど、やはりあれか。パリスが3人の女神の中から一番美人を選んで林檎を贈るというエピソード。
初日はエマとマヤとゲルハルセン夫人、2日目はエマとマヤとアストリッド。あれ? アストリッドはキー・パーソンじゃなくて、ヴァケイション中の
エレヴェイターを降り、ベアトリーチェに今夜も出て行くことを断って、ホテルの中庭へ。白のランボルギーニが停まっている。助手席に乗りながらマルーシャに訊く。
「イェンデブのキー・パーソンズはエマとマヤと、あと一人は誰だ?」
「カイ・バッケン」
「男じゃないか」
「トランスジェンダーだったんだと思うわ。はっきり確かめてないけれど」
おれはゲイかと思ってたが、いずれにしろ彼は“女役”だったということか。
しかも、彼が選択すべきキー・パーソンだったんだろうなあ。どういう会話をしたら情報がもらえたんだろう。想像が付かない。
夜の市街地をゆっくりと走る。A3に入るまでは話しかけず、入ったら制限速度を遵守するようお願いして、続きを聞く。
「スピテルストゥレンでもヒントをもらったよな。紙幣そのものにヒントが書かれているとは思わなかった」
「あなたならいずれ気付くと思っていたけれど、なるべく早く気付かせたかったから」
「時間が問題だったのか」
「ええ。3人同時に山頂にいる状況を作りたかったの」
「カーヤ・セルベルグのおかげですぐに解読できたんだが、体力が追い付かなかった」
「仕方ないわ。私や教授はあなたより1時間くらい前に出発したし、標準よりもずっと少ない装備で登っていたから」
ここは仮想世界だから、途中で天候が急変して遭難するようなことはない、という裏読みの結果だな。俺も一瞬、考えないでもなかったが、カーヤが一緒だったので軽装備にはできなかった。
うーむ、今なぜか、彼女の唇の感触を思い出してしまった。あの時だけは、女の魅力に溢れていて……いや、そんなことはどうでも良くて。
「それで、山頂に3人いたら、どういうことが起こる想定だったんだ」
「それを聞いたら、あなたは私のことを本当に嫌いになると思うわ」
ダッシュボードのデジタル時計に、0が三つ並んだ。
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