#12:第4日 (11) ノルウェイの真実 (1)

 さて、そろそろ違う話をしようか。

「今回の作戦を検討するのは、まだ不確定要素が多いから、先にノルウェイのことを聞かせてくれ。ガルフピッゲンの山頂で何があった?」

「初日のことから話さなくていい?」

 それもそうか。最終日のイヴェントが、何日か前の別のイヴェントに関連してて、とかだったら、話がどんどん戻っていくかもしれないし。

「よし、じゃあ、初日からだ。しかし、最初は俺の方から質問しよう。メムルブで、病気と言って一人で部屋に閉じこもっていたのが君だな?」

「ええ」

「窓を割ったのも君か」

「いいえ、あれは最初から割れていた」

 山小屋に入る前、周囲からそっと観察してみた――そういえば俺はそういうことを一切しなかった――ところ、窓が割れている部屋があることと、先に一組来ていることが判った。その一組は夫婦。

 窓からそっと覗くと、リヴィング・スペースで二人でチェスを指していた。明らかに夫人の方が強い。

 財布の中にマグヌス・カールセンの切手があったことから、チェスが何らかのヒントになっていることは判っていたので、夫人に話を聞けばよいと思った。

 後から他の競争者コンテスタンツが来ることを警戒して部屋に閉じこもることにし、病気と偽った。

 案の定、夫人が部屋へ様子を聞きに来た。その時、少しだけチェスの話をすると、特に誘導せずともカールセンの例の対局――2013年の世界選手権第9局――の話を始めた。それを聞いて、後で地図を見ているうちに、次の行き先が判った……

「どうして俺にヒントを残した?」

「私が彼女に話しかけた後、彼女と夫はほとんど部屋に閉じこもっていたわ。シナリオの都合でしょうけれど、あなたがヒントを得る機会を大幅に削減してしまったと思った。だから代わりのヒントを残すことにした」

「後から来たのが俺でなかったとしても?」

「もちろん」

 たとえあの天才数学者だったとしても? そういえば、彼はどこにいたんだろう。別のルートを通っていたんだろうか。

「じゃあ、次のイェンデブだが、君はどこに泊まっていた? 石積みの小屋か」

「ええ」

「山小屋に泊まらなかった理由は」

「二度も同じことをすると、あなたに怪しまれるから。それに、男二人組の挙動を観察して、窃盗犯だと判ったから、それで十分だと思って」

 俺が怪しむ、か。そうかもしれない。男とはぐれたのにそれを探すことなく一人で行動してるのは確かにおかしいから。

 男二人が窃盗犯だと判って十分と思ったのは、財布の中に紙幣が増えて、イプセンがヒントであることが示されたので、『ペール・ギュント』の一節――泥棒と故買屋が登場する下り――に思い至ったからだと。

「しかし、どうしてそれでレイルヴァスブへ行くと判るんだ」

「あの二人を追っていけば良かったはず。でも、私が彼らを足止めしてしまった。だから、彼らの行き先を突き止めないといけなかったし、それがあなたへのヒントにもなってしまった」

 足止めってのは、ノック・アウトして石積みの小屋に放り込んだことを指すんだろうが、すごいことするよなあ。ただ、それすらシナリオを作った奴の予想の範囲なのかもしれないけど。

「どうして彼らを足止めした?」

「この世界で窃盗をするのは、私たち競争者コンテスタンツだけでいいと思っているから」

 それはクリエイターに対する抗議ってこと? 何とも大胆な。

「ステージの後で注意を受けたんじゃないのか」

「もちろん。でも、処罰の対象にはならないし、今後も同じようなシナリオがあったら、同じようにするわ」

「待てよ。ということは、彼らが盗んだのは車のキーだけ?」

「ええ」

 下着が盗まれたからアストリッドやマヤ、エマが気付いたわけで、車のキーだけならバレなかったはず。ということは……

「下着を盗んだのは君か」

「ええ、それが一番、彼女たちに気付かせやすかったから」

 そのせいで俺は下着泥棒と疑われる羽目になったんだぞ。ほんの一時だけだったが。

「ヒントをくれたのは良かったが、あれは少なすぎたな。アストリッドが戻ってきて、『ペール・ギュント』のことを教えてくれなかったら、お手上げだった」

「あれも私が頼んだの」

「頼んだって……アストリッドに?」

「ええ」

「どうしてアストリッドが、姿を見せなかった君の言うことを聞いてくれるんだ?」

「彼女が、ヴァケイション中の競争者コンテスタントだったから、事情はすぐに察してくれたわ」

 彼女が競争者コンテスタント! いや、全く気付かなかった。

 しかし、言われてみれば、色々と思い当たることがある。俺にやたらと興味を持ってきたり、エマやマヤが彼女に対してやけに従順だったり。

 ただ、自分の出身国がヴァケイションのステージになるんてこともあるんだ。そこが盲点だったから気付かなかった。

「それで彼女は、思い出して戻ってきたかのように見せかけて、追加のヒントを出した……」

「あなたは異性の競争者コンテスタントに好かれるタイプのようね。私とは正反対」

「現実の俺とも正反対だよ。女に声をかけられるどころか、こっちから声をかけても相手にされない」

 この愚痴を、仮想世界の中で他人に言ったのは初めてだ。なぜマルーシャにはこんなことまで言ってしまうんだろうか。

「仮想世界による補正がかかっているとは思えないけれど」

「どういう意味?」

「私はあなたのことを深く知らないから、勘違いかもしれないけれど、この世界にいるあなたは、常に何かを探そうとしているように見える。探求者の目をしている。そういう目は、他人には魅力的に映るものだわ」

「目に知性が煌めいている、ってやつか」

「いいえ、それは競争者コンテスタンツに共通の特徴。あなたには、それに加えて何かがある。私には判らない。それを確かめようとすると、あなたに取り込まれるかもしれない。だからあなたを注視しないの」

 よく判らんな。俺が現実世界で他人に好かれないのは、俺の態度に問題があると言いたいのか。

 現実世界じゃあフットボールと解錠は真剣にやってるぜ。逆にこの世界でターゲットやヒントを探すときに、それほど真剣にやってるとは自分で思わないんだが。

「そのことは後で考える。次はレイルヴァスブだ。あの時はどこにいた?」

「カーリ・ノールマンとして」

「カーリ……」

 恐れていたことが発覚してしまった。あのおとなしい残念眼鏡美人が、やはりマルーシャの変装だった!

 身体が半インチの距離まで近付いて、顔は半フィートくらいまで近付いたのに、見破れなかった俺って何なんだ?

「俺はどうすれば君の変装を見破れたんだろうな」

「カーリ・ノールマンがノルウェイのよくある仮名だということに気付けば、判ったかもしれない」

「俺が知ってるのはジョン・スミスとハンス・シュミットくらいだ。近いうちに、各国で使われる仮名を教えてくれ。それはそうと、カーリが君だったというのなら、カーリと一緒にいた二人組、ニーナとヘイディだったと思うが、彼女たちはキー・パーソンズじゃなかったいうことになる」

「ええ」

「誰だったんだ?」

「エリン・アネルセン支配人とカタリナ・ソロース、そしてもう一人の盗難被害者。でも、窃盗犯の二人がレイルヴァスブに現れないことになったから、盗難被害者もいなくなってしまった」

「それで君が、キー・パーソンの代わりにヒントを出してくれた。それは解るが、どうして君は誰からもヒントをもらってないのに、次の行き先が判ったんだ?」

「あそこではヴェルゲランの曲がヒントで、それが何という曲か知らない場合にキー・パーソンが教えてくれることになっていたと想像するわ。私は偶然知っていただけ。もし他のことがヒントになっていたら、あなたと一緒に真剣に探し回らなければならなかった」

「単なる僥倖ラッキーだったと言うのか」

「ええ。前にも言ったけれど、あなたのところには情報が集まりやすい。だからあなたの近くにいることは、それだけで利点なの。ただ、私が私としてあなたの近くにいると、誰もあなたに近付かなくなる。だから私はあなたから離れるか、別人のふりをしなければいけない」

 そりゃ、君がそばにいると、ほとんどの女は臆して近付いてこないだろうな。来るのはキティーみたいな怖い物知らずのガキだけだ。

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