#12:ステージ開始半年前 (2)
30分経って、ようやく前の男たちが動き出した。手に何か持っているのが見える。もちろん、拳銃に決まっている。アロイスたちは持っていない。そんな物がなくても“仕事”ができたのだ。
男が二人、車の左右からそれぞれ近付いてきて、銃をこちらへ向けながら、左手で窓を叩いた。少し開けると、「
アントニーと顔を見合わせ、頷きあってから――もちろん、それは何の合図にもならなかったが――ドアを開けた。男は開けたドアで吹っ飛ばされないような位置に立っている。
外へ出ると、頭に拳銃を突きつけられた。「手を上げろ」と言うので、アロイスは黙って手を上げた。頭の後ろで手を組むように言われたので、それにも従う。
「向こうの壁のところへ行って立っていろ」
ゆっくり歩き出し、後ろを見ると、アルビナたち3人――他にアルマン、アメリア――も同じように、反対車線を壁の方へ歩いているのが見えた。
しかし、真ん中のトレーラーからは誰も降りてこない。教授は? アルノルドは? ジーナは?
もちろん、一番の頼みは教授なのだが、車の中を見ると――薄暗くて見えにくいのだが――苦しげな表情でシートに沈み込んでいるように見える。こんなときに、何てことだ! それとも、あれは逆転のための作戦なのだろうか?
壁まで行くと、二人の男のうちの一人がトレーラーのところへ行き、後ろからも一人歩いてきて、運転席のアルノルドにドアを開けさせた。
ドアが開くと、アルノルドが降りてきて、代わりに男が一人乗り込み、教授を引きずり下ろした。
教授は眠っているように見える。仮病ではなかったのだ。いや、もちろん眠らされたのだろう。しかし、誰が、どうやって!?
ジュネーヴを出てからは、自分たちで用意した食べ物と飲み物しか摂らなかったはずだ。それは教授が指示したことなのだ。
男は教授を道路に転がし、頭の辺りにしゃがみ込んで何かやっている。アルノルドはもう一人の男から指示されて、車の中に戻った。アルノルドの表情はよく見えなかった。
教授に何かしていた男は、やがて立ち上がると、教授の身体を反対車線の真ん中辺りまで引きずってきた。
アロイスたちの車のところに立っていた男が、中に乗り込んだ。キーはアントニーが外して持っているから、動かせないはずだ。
トレーラーのエンジンがかかり――もちろん、アルノルドがかけたに違いないのだが――ゆっくりと動き出すと、前の車を押していった。車は左に曲がっていき、反対車線に乗り入れ、さらに押されて半回転した。
ずっと前にいた2台の車は、いつの間にか1台がいなくなっていた。トレーラーの進路が空いている!
そしてトレーラーは、アロイスたち6人を残して行ってしまった。呆然と見送っていると、男たちが、いきなり発砲した。アロイスたちに向けてではなく、車に向けて。正確には、タイヤに向けて。
もちろん、後ろのアルビナたちの車も同じようにされた。パンクさせて、追えなくするつもりだろう。
後ろから黒い車が来て、残っていた男たちを乗せて……と思ったら、また銃の音がした。慌てて地面に伏せる。
「伏せろ!」
アントニーに向かって言ったが、とっくに伏せていた。だが、どうやら身体を狙って撃ったのではないらしい。
車は、耳障りなスキッドの音を残して走り去った。すぐに身動きできなくするつもりだったのだろう。車はパンクさせられ、追う手段はなかったのだが。
「アロイス!」
アルビナたちが駆けてきた。アロイスは起き上がり、道路に横たわっている教授の元へ走り寄る。しゃがんで、首に手を当てる
「死んでるの?」
「いや、脈はある。薬で眠らされたか……アメリア、救急車を呼んでくれ」
「イタリアの緊急通報って、何番だったかしら」
アメリアはいつもの憂鬱そうな顔でそう言いながら、携帯電話を操作している。
「それから、アルマン、警察もだ」
「警察も? でも、僕らは……」
「気にするな。どうせ俺たちゃ、もう何も持ってないんだ。車を壊されて警察を呼ばなかったら、それこそおかしな話さ」
アロイスの代わりにアントニーが、悔しそうな声で言った。
「トレーラーを盗られたことも言うんだよね? 何を積んであったって言う?」
「家具ってことにしておくか。みんなもそれで口裏を合わせてくれ」
「そうだわ、トレーラーの行方を追わなきゃ」
アルビナが小型タブレットを取り出し、操作し始めた。2台の車とトレーラーには、逃走の際に離ればなれになったときに備えて、位置を確認するための端末が積んである。それに、アルノルドやジーナが持っている携帯電話からも位置を割り出すことができるはずだった。
誰に盗まれたにせよ、また、世界中どこへ行ったにせよ、少なくともトレーラーの位置だけは知ることができる……
「救急車はかなり時間がかかるらしいわよ。みんな出払ってるって」
「そいつはきっと、奴らの差し金だろ。いい加減な緊急呼び出しをかけまくってるに違いないさ」
アメリアがため息をつきながら言い、アントニーがそれに答えた。
「警察の方が早く着きそうだよ」
電話をかけ終わったアルマンが誰にともなく呟いた。
「とにかく、ここに教授を寝かしておくのは危ない。車の中へ運ぼう」
アロイスはアントニーと二人で教授の身体を持ち上げ、もはや走れなくなった車の後部座席へ運び込んだ。そしてアントニーに、後ろから車が来たら、車が“壊れて”動けないのだと事情を話すように指示した。
「そういうの、私も一緒にやった方がよさそう。謝るのって好きじゃないんだけど」
アメリアがやる気なさそうに言い、アントニーに付いて行った。
彼女は普段やる気のないように見えるのだが、何らかの“役割”を与えると完璧に演じきるという特技を持っている。もちろん、普段とは正反対の、“陽気な女”という役でも。
アントニーはハンサムで口がうまく、女の扱いもうまいのだが、道を塞がれて文句を言うのはたいてい男のドライヴァーだろうから、アメリアが適任には違いない。
「ところで、アロイス、さっきの奴らって」
横の、アルマンが言った。もちろん、アロイスもさっきからずっとそのことを気にしている。
「ああ、俺たちの行動を知っていたんだろうな」
「じゃあ、誰か裏切ったの? アルノルド、それともジーナ?」
「まだ解らん。しかし……アルビナ、トレーラーはどこへ向かってる?」
「それが、変なの。州道26号線からE25号線に戻ったはずなのに、途中で軌跡が止まって……」
「何だと?」
アロイスはアルビナのタブレットを覗き込んだ。イタリア北部の地図が表示されていて、その道路上にトレーラーの経路を示すドットが続いていたが、それが確かに途中で切れている。
「トンネルの中だから追えないだけじゃないのか?」
「判らない。でも、時速100キロメートル以上で走ってるみたいなのに、いくら待ってもトンネルから出てこないなんて」
「後で車を調達して追いかけるしかないか」
「そういえば、車は全く来ないね。ここは元々車通りが少ないところなのかな」
「来たって6人も乗せてもらえるわけじゃなし、おとなしく警察と救急車を待とうや」
「寒いわ。コート取ってくる」
「僕のもお願い」
「いや、アントニーのコートを代わりに着ておけ。お前のは、奴が使うだろう」
アロイスはそう言って、自分とアントニーのコートを車へ取りに行った。周りは雪景色だが、雪は降っていない。ただ冷たい風が吹き抜けていくだけだった。
あと、何分待つのだろうか。
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