#11:第6日 (7) 警告する女
スピテルストゥレンに到着、4時半。最初から空模様がよろしくなかったので、途中で少し急いだが、昼から小雨に降られ、サンドラたちと一緒に歩いたときの遅れを取り戻すには至らなかった。
大した雨ではなく、霧のようなのが降ったり止んだりだったが、景色はどこもよくなかった。山歩きの唯一の無聊が景色を眺めることなのに、それがつぶされたのでは何の楽しみもない。
それにしてもここは大きな山小屋で、山小屋というよりはホテルで、レイルヴァスブよりもさらに大きく、建物は10棟以上もある。車もたくさん停まっているし、人も多い。土曜日だからかもしれない。
ただ、オスロからだと週末を過ごすには遠いような気がしないでもない。しかし、若い女がやけに多い……いやいやいや、もしかして、ガール・スカウト?
「ワーオ、ワーオ! ドクター・アーティー・ナイト!」
どこかで聞いたような声。振り返ると、若い女の群れをかき分けて、金髪のポニー・テイルと、毛先を脱色した
「ドクター・ナイト! アーティー! また会えて嬉しいわ! なぜここにいるの?」
こら、キティー、抱きつくな。他人が見たら誤解する。
「昨日は何もないところに泊まったんで、今日はいいものが食べられそうなところに泊まりに来たんだよ。君らこそ、どうしてここに?」
まさか、ガール・スカウトが大挙してきてるんじゃないだろうな。ここでも部屋が空いてなかったらどうするんだ。
「ガルフピッゲンに登りに来たんですけど、今日は天気が悪くて登れなくて、さっきまでオリエンテーリングをやってました」
「他もみんな来てるのか?」
「いいえ、ノルウェイとスウェーデンとデンマークだけです。他の国の子たちは、ビスモから帰りました」
よかった。それなら部屋は空いてそうだ。キティーの手を振りほどいて、レネと握手する。
「やあ、レネ。また会えてよかった。一昨日は朝食の時に話ができなくて残念だったな」
「でも、後ろで聞いてましたよ! あなたに一番近い席で」
その程度でそんなに嬉しそうな顔をするのか。普通でいいな、君は。
とにかくこれからチェックインして来ると言うと、「後で部屋を教えて下さいね!」とキティーが叫ぶ。やめろ、他人が聞いたら誤解する。
建物に入ったが、ここにもガール・スカウトがたくさんいる。3ヶ国だけじゃないように見えるのは気のせいか。
受付へ行き、山カードを出して泊まりたいと言うと、若い男の受付係が、やけに愛想のいい顔で「しばらくお待ち下さい」と言って奥に引っ込む。どうせレイルヴァスブのように長く待たされるんだろうなと思っていたが、1分も経たないうちに中年の美人がにこやかな笑顔で走り出てきた。待て待て待て、マリット!?
「ようこそ、ドクトル・アーティー・ナイト! マリットから連絡をもらっていたので、もうご到着なさるだろうと思ってお待ちしておりましたわ。既にお部屋も用意しております」
マリットから連絡、ってことは、彼女はマリットじゃないってことなのか。しかし、顔が全く同じじゃないか。ライト・ブロンドのロング・ヘアに……まてよ、もしかして。
「君は、マリットの姉妹?」
「はい、マリットとは双子です。申し遅れました、メッテ・ウルリヒセンです。この山小屋の
マリットやサンドラがスピテルストゥレンと聞いて喜んだ理由はこれか。きっと俺のことを色々吹き込んだに違いない。色々と言っても2、3時間の付き合いでしかないのだが。
「マリットとイングリとサンドラには、今朝色々と世話になった。本当に感謝していると伝えてくれ。今日はここに泊まりたいので、よろしく頼む。チェックインをしたいんだが……」
「あら、もう山カードをご提示いただきましたし、情報は全てレイルヴァスブと共有していますから、他の手続きは不要ですわ。早速、お部屋へ案内させます」
メッテ支配人の後ろから、これまた彼女にそっくりな若い女が進み出てきた。彼女の娘かな。まさか、君も双子のうちの一人とかじゃないよな。
「はじめまして、ドクトル・ナイト。モード・ウルリヒセンです。お部屋へ案内いたします」
いや、ここホテルじゃなくて山小屋だろ。そういうの必要ないと思うんだけど。
「部屋の場所を教えてくれたら一人で行くが」
「いいえ、そういうわけには参りません。財団の方はこうしてご案内することになってますし、マリット叔母からも、丁重にもてなすように言われておりますから。本日は財団の方がもう一人お泊まりです。後でお引き合わせしますね」
ということは、
「引き合わせてもらわなくてもいいよ。そいつも休暇で来てるんだろうから、ゆっくりしたいだろう」
「でも、その
俺のことを知ってる
「今日は本当に素晴らしい日ですわ。財団の方がお二人もお越しになった上に、有名な数学者のエルラン教授までお泊まりいただいて」
メッテ支配人が胸の前で両手を合わせて、楽しそうな声で言う。その仕草、マリットにそっくりだな。
しかし、有名な数学者ね。この世界で有名人は
それから、案内する、一人で行く、の押し問答をしたのだが、押し切られてしまい、モードの後に付いていく。スマートな尻だ。
部屋はレイルヴァスブと同程度だった。特別室というわけでもない。案内してもらった礼として、ついチップを出してしまったが、モードに断られた上に、財布の中に札が5枚きり、そしてコインが1枚も入っていないのに気が付いた。そういえばこのステージで財布の中を確認したのは初めてだ。
「ずいぶん古い紙幣をお持ちですね。これはもう通用しませんよ」
モードがにこやかに教えてくれる。それならどうして財布の中に入ってるんだろう。モードが出て行ってから、その5枚の札をテーブルの上に並べる。
1000クローネ、500クローネ、100クローネ、50クローネ、10クローネが1枚ずつ。どれも古くなってよれよれだ。何か意味があるのか考えようとしたら、ドアにノックがあった。モードが戻ってきたのだろうか。
紙幣を片付け、ドアの近くに行って「誰?」と問いかける。
「ドクトル・アーティー・ナイトだな? ぜひ面会したい」
誰と訊いてるんだから自分が何者か答えろよ。しかし、こんなところに怪しい人間が現れるはずもないから、堂々とドアを開く。ハンサムな優男……違った、女だな。
「
もう一人の財団研究員か、それとも数学者のエルラン教授か。
「カタリナ・セルベルグだ。スタヴァンゲル大学で社会情報学を研究している。少し話があるから、部屋に入れてくれないか」
どっちでもないのかよ。しかもまたカタリナって。まあ、いいや。
とりあえず、部屋に通し、ソファーを勧める。それにしても、堅いしゃべり方だな。同時通訳ではとにかく歯切れのいい発音で再現されているが、原語ではいったいどういう言葉遣いなのやら。
「それで、スタヴァンゲル大学のセルベルグ教授が俺に何の用?」
「教授ではなく、准教授だ。しかし、この場では肩書きを外して、フロェケン・セルベルグと呼んでいただいて結構だ。あなたのことはヘル・ナイトと呼ばせていただく」
ミス・セルベルグね。俺のことはアーティーと呼べって言ってやったら、どんな反応を示すんだろうな。
「解った。それで、ミス・セルベルグ、俺に何の用?」
「
「俺もそうしたいね」
あの二人は俺から話をするばっかりで、情報が全く得られない。そもそも、あのくらいの年頃の女は苦手だ。年上だって苦手だが。
「何? どういう意味だ」
ミス・セルベルグが怪訝な顔をする。目つきが鋭くなるが、微妙に女らしいのはなぜだ。
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