#11:[JAX] 彼女が不在の朝

 夜のゲームの次の日は、早起きが難しい。身体的フィジカルにはともかく、精神的メンタルに疲れている。何しろ、ゲーム中のほとんどは追いかける展開だから。同点なのは、ゲーム開始から相手が先制するまでの間だけだ。

 攻撃のリズムが出るのが遅いのか、守備がやられやすいのか、それは俺には解らない。俺に評価できることでもない。それを考えるのはコーチの役割だ。

 俺がやるべきことは、毎日8時半頃に起きて、9時にスタジアムに来ることくらいなのだが、今日は寝坊した。9時15分になってしまった。

 しかし、気にしない。声をかけるべき女は、今日は休んでいる。いつもの部屋の隣のドアをノックする、この部屋のドアも常に開いている。

おはようモーニン、ケイト」

おはようグッド・モーニング、アーティー」

 渉外リエゾンのキャサリン・“ケイト”・キャラハンが笑顔で迎えてくれる。濃い金髪のロング・ヘアの美人。年齢を聞いたことはないが、たぶんマギーよりも二つか三つ年下。恋人はいないと言っているが、本当はいるらしい。カール・ゲイルズに聞いたんだから間違いない。

 それはそうと、彼女はとても人気がある。マギーとは比べものにならないくらい人気がある。おかげでたくさんの男が彼女のところへ来る。仕事の邪魔になる。

 だから彼女はマギーよりも仕事の効率が悪い。だから俺は彼女でなく、マギーに仕事を頼む。もっとも、それ以外の理由もないではない。

「今日はマギーは休み?」

「ええ、休みよ。それ、先週も訊かなかった?」

「そうだったかな。ゲーム・ブック以外のことは忘れやすいんだよ」

 そしてゲーム・ブックの内容は、ゲームの翌日にはほとんど忘れてしまう。次のゲームのためのプレイを憶える余地を、空けないといけないから。

「彼女は基本的にゲーム・デイと、その次の日は休み」

「ああ、そうだった。でも、今週の月曜日はいたのに」

「だって、昨日ゲームがあったから、土曜日に休んだのよ」

「そうだったかな。土曜日の朝には顔を見た憶えが」

「あら、じゃあ、何か急用があって朝だけ来たのよ。10時頃には間違いなくいなかったわ」

「そうか、そうすると今週の休みは」

「昨日と今日」

「じゃあ、明後日の土曜日から来週の土曜日までずっと働くのか。8連勤だ」

「日曜日くらいは早帰りするんじゃないかしら。それとも、有休を取るのかもね」

「とにかく、明日また来るよ。明日は君もマギーも来る予定?」

「ええ、その予定。何か急ぎの用事があるなら、私が承っておくけど?」

 それでいい場合もあるが、それではよくない場合もある。今回の場合は後者だ。

「彼女に直接訊く方が話が早いんだよ。君を煩わせるようなことじゃない」

「そんなこと言って、あなたってちっとも私に話しかけてこないのね」

「今日はこうして来てるよ。第一、君のところには他の奴がたくさん話をしに来るから、忙しそうで頼みにくいんだよ」

「マギーの方が私よりずっと忙しいわよ。昼食の時もしょっちゅう携帯端末ガジェットを触ってるわ。それも、私と話をしながら。目と口と手が別々に動くのね、彼女って」

「昼食に、どこのレストランへ行ってるって?」

「レストランじゃないわ。彼女の部屋に行って、ランチ・ボックスを食べるのよ。一緒に行くのは夕食。それもたまにだけど」

「どこに?」

「ダウンタウンの“マリポーサ”ってメキシコ料理店よ。教会の近くにある。それを訊いて、どうするの?」

「いいレストランの情報を集めてるんだよ。チームメイトと行くんだ。君たちの夕食の邪魔をするつもりはない」

「あら、一度くらいは夕食に誘ってくれてもいいのに」

 恋人がいるんじゃなかったのかよ。カールの情報が間違えているはずはないんだが。

「レギュラー・シーズン中は無理だな。OLの連中オフェンシヴ・ラインメンが俺の恋人なんでね。ジムはもう開いてる?」

「開いてるわよ」

「誰が来てる?」

「あなたの恋人たちじゃないの?」

 ケイトは親切にも、ジムの使用状況を調べて教えてくれた。入り口の端末が、身に着けているIDカードを読み取るので、解る。別に、使用料を取るためにそうしているのではなく、使用効率から保守のスケジュールを決めるため、ということになっている。

 とにかく、それによれば、OLの連中オフェンシヴ・ラインメンとFBの二人は既に全員来ていることがわかった。

「そうか、やっぱり俺は遅刻だったか」

「昨日ゲームがあったのに、どうして家でゆっくり休んでないの?」

 去り際に、ケイトが訊いてくる。どうしてそんな当たり前のことを訊くんだろう。やはり恋人がいないのだろうか。

「みんな好きなんだよ、家のベッドよりも、トレーニング・マシンが」

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