#11:第5日 (4) 探検する女?

 ガキどもを見送った後で、カタリナを見ると、いつの間にかもう一つデザートを取ってきて、悠々と食べている。俺よりたくさん食べてるんじゃないのか。

「君は一つしか質問しなかったな」

 隣に座りながら、カタリナに訊く。

「この場は彼女たちのものだから」

「なるほど」

「それに、私にはこの後も時間があるわ。彼女たちはまだプログラムに従って行動するけど、私はもうフリーだもの」

 そして俺の顔を見ながら、「あなたもどう?」と訊いてくる。デザートか。朝からそんなもの食べられるかよ。

「そうかしら。朝に摂る糖分は身体を目覚めさせるわよ」

「解ってるが、甘い物が苦手なんで、甘くない物で摂取するようにしてるんだよ」

「それは楽しみが一つ少ないわね」

 女の味覚と一緒にしてくれるな。ようやくカタリナがデザートを食べ終わり、部屋に戻る。既に辺りが明るくなっているので、窓のカーテンを開けようとしたら、「着替えるので、閉めたままにしておいて」と言われた。

 着替えるって、何に。その服で何がいけないのか解らない、と思っているうちに脱ぎ始めた。どうして躊躇がないんだろう。

 あっという間に下着姿になり、ベッドに寝転がる。まさか、今から寝るんじゃないだろうな。糖分で身体を目覚めさせたんじゃなかったのか。

「時間があれば一眠りするかもしれないわ。10時にタクシーを呼んであるの」

 フォスベルゴムへ行って、10時35分のバスに乗る? それは昨日俺が乗ったバスだな。いや、君も乗ってたんだろ。そんなのはどうでもいいけど、俺に質問があるって言ってなかったか。

「そこに立ってると話がしにくいから、あなたもベッドに入ったら?」

 君が起きりゃいいんだよ。どうして俺が寝る必要がある。とりあえずベッドの横に腰掛ける。

「それで、何を話したい?」

「あなたの話は十分聞いたわ。私に何か訊きたいことがあるんじゃないかしら?」

 そうなんだが、なぜそれを気付いてるのかな。昨日の夕方に、俺は何かそんな素振りを見せたのだろうか。それとも、キー・パーソンの務めとして訊いてくれてるのか?

「君はどうして極地探検をしてるんだ?」

「それが面白いからよ。あなたが研究をするのと同じ理由だと思うわ」

 そういう答えをしたら会話が続かないだろ。もう少し考えてくれよ。

「探検以外に何か興味があることは?」

「スキーが好きよ。クロス・カントリー。あなた、スポーツは?」

「フットボール」

「そう? ああ、アメリカン・フットボールね。あなたにはぴったりだと思うわ」

 そうリアリー?というのはいったいどういう意味で言ったんだろう。まあ、いいか。

「クロス・カントリー・スキーが好きなのは、極地探検と関係あるのか」

「そうね、私が好きなのはレースじゃなくて、雪の野山を自由に滑り回ることなの。だから、自分で好きなように道を作れるところが、共通してるんじゃないかしら」

 なるほどね。ある種、フットボールの対極にあるスポーツだな。

「自由に動き回れるのは楽しそうだな。フットボールだとそうはいかない」

「そうでもないわ。行きたくても行けないところはたくさんあるもの。技術や体力の問題で。克服できれば嬉しいけど、どうしても無理なことがあるのも解ってるし。女性には無理でも、男性なら可能なことだって。男性が羨ましくなることもあるけど、女性にしかできないこと、私にしかできないことだってあるわ。それを探し続けるのが楽しいのよ」

「それをできるようになるのが自立か」

「そう言ってもいいわね。自分が何かやりたいことがある。でも、一人ではできない。手伝ってくれる人を探す。最も向いている人を探す。それが女性でも男性でも構わない。女性が得意な分野なら女性、男性が得意な分野なら男性。男女関係ない分野なら誰でも。そしていかにして相手に手伝いを頼むか? いかにして相手に適切に動いてもらえるようにするか? それも自分でできないのなら、どういう人を仲介にすればいいか? 自分でできることと、他の人に頼むことを、どう分ければいいか、それを考えられて、実行できるようになるのが自立。もちろん、これは私一人の考えに過ぎないわ。でも、フットボールだって同じだと思うけど」

 確かにね。今さら言われることでもないな。しかし、俺はこういう話がしたいんじゃなくて、次に行くべきところか、ターゲットのヒントが欲しいんだよ。彼女にそれを教えてもらうには、いつまでこの話を続けてればいい?

「ナンセンの本はどの部分が一番面白かった?」

 今回はどうもナンセンだという気がする。根拠はマライアから入手した英語版があったから、という薄弱なものに過ぎないが。

「ガール・スカウトと同じことを聞くのね。本を持ってきて」

 テーブルの上に置いてあったのを取ってくる。もちろん、カタリナが貸してくれたノルウェイ語版だ。

「私が一番興味深かったのは、ナンセンとヨハンセンがフラム号を離れて、犬橇で北極点到達を目指したところね」

 パラパラとページをめくりながら言う。ページをめくる手が止まる。

「このページに、ナンセンの取った進路が描かれてるのよ。子供の頃に、何度も地球儀で確認したわ」

 北極点を中心にして描いた地図で、予定のルートと実際のルートが描き込まれている。そのページはもちろん見た。何しろ俺も地図が好きだからな。

「2月26日の出発は失敗、28日も失敗。3月14日、北緯84度4分から3度目の挑戦。北極点まで356海里を50日で走覇する予定で、最初は平坦だったため順調だったが、地形が乱れてくるにつれ難航。4月7日、北緯86度13分36秒に到達。しかしその先は断念し、後退。この辺りから出発して、この辺りまで進んだのね。こうしてみると、ほんの僅かな距離に思えるけれど、それでも人類初の偉大な躍進だわ」

 カタリナがそう言いながら指を滑らせているのは本の上ではなくて、ブラジャーの上だった。右胸の膨らみを北半球に見立てているらしい。確かにそれくらい丸く盛り上がっているけれども、彼女には羞恥心とかそういうものはないのだろうか。

「指を貸して。あなたも、その進路をたどってみるといいわ」

 いやだ。何を企んでるか、バレバレなんだよ、痴女が。

「辞退しよう。地図を見るだけで十分解るよ。得意なんだ」

「冒険は好きじゃないのかしら?」

「臆病なんでね」

「臆病な方が、冒険には向いてるのよ。引き際が早いのは、生き残るために重要な資質だわ。それに私、臆病な男、好きよ」

 いきなり腕を掴まれて、ベッドの上に引き倒された。細い腕なのに、なんと強い力。さすがは探検家、などと感心してる場合じゃない。

 ああ、あっという間に唇を奪われた。また無理矢理やられちまうのか、俺は。君、キー・パーソンかと思ってたけど、もしかしたら競争者コンテスタントじゃないだろうな。

「臆病な割に、キスは上手なのね」

 やけに満足げな表情で、カタリナが言う。

「君のリーダーシップがいいんだろうよ」

「じゃあ、この後も私の指示どおり動いてくれると嬉しいけど、そうしてもらうにはあなたに何かいい方法で依頼をしないといけないわね」

 もしかして、君がさっき言ってた、「やりたいことがある。手伝ってくれる人を探す。男が得意な分野なら男。いかにして相手に適切に動いてもらえるようにするか?」とかってのはこのこと? いや、俺は君のやりたいことにばかり付き合ってる時間はなくてだな。

「君とはまだ話したいことがあるから、時間が」

「だったら、あなたが頑張れば、その後に時間が取れるじゃないの。それに、タクシーに乗っている間も話ができるわ」

 困ったな、朝の9時からこんなことをしていて本当にいいんだろうか? しかもまだ最終日じゃないんだぜ。

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