#11:第5日 (2) 自立した女?

 ノックの音で目が覚めた。時計を見る。5時。昨日は早めに寝たので、5時半くらいには起きようと思っていたから、早くはない。おそらく、カタリナが戻ってきたのだろう。だが、鍵を持って行ったのだから、ノックをする必要はないのに。

 5秒おきに3回のペースでノックが続いている。ベッドから起き出して、部屋の灯りを点け、ドアを開ける。カタリナが笑顔で立っていたが、少し疲れた顔にも見える。徹夜したようだから、当然だろう。

おはようグ・モロン、アーティー」

「おはよう、カーリ。自分で鍵を開けて入ってくれたらよかったのに」

 言いながら、カタリナを中へ迎え入れる。

「あら、チェーンをかけてなかったの?」

「かけてないよ。君がいつ戻ってくるか判らなかったからね」

「不用心なのね。チェーンはかけた方がいいと思うわ」

 キャンプ地で、周りはガール・スカウトばかりなのに? それとも、ガール・スカウトを狙う不審者が、間違ってこのコテージに入ってくるかもしれない、ということかな。お薦めに従って、チェーンをかける。

「起きたばかり?」

「もう少しくらいは寝ようと思ってたがね」

「じゃあ、もう少し寝ていてもいいわ。私も、シャワーを浴びてから一眠りしようと思って」

 シャワーを浴びることを俺に言う必要はないと思うが、お薦めに従ってベッドに戻る。外はまだ真っ暗だし、朝食は6時からだし、それもガール・スカウトで混み合っているかもしれないから、夜明けまで寝ていていいかもしれない。

 いや、次に行くところを調べないといけないから、そう悠長にはしていられなくて、やはり5時半頃には起きた方がいいだろう。

 シャワーの音はほとんど聞こえない。湯の勢いが弱いのは、俺も昨夜浴びたので知っている。おまけにぬるい。部屋は暖房が効いているので、それでも問題はない。

 灯りを消し、ほどよく温まったブランケットに潜り込むと、すぐに眠くなる。夢うつつの間に、シャワー室のドアが開く音が聞こえたような気がしていたが、不意に俺のブランケットの中に誰かが潜り込んでくる気配がして目が覚めた。誰か、じゃない、カタリナに決まっている!

「ヘイ、カーリ! 君のベッドは向こうだぜ!」

「シャワーがぬるくて身体が温まってないの。こっちのベッドで寝かせてちょうだい。あなたの身体がとても温かくて気持ちいいわ」

 こんな仕打ちは仮想世界に来てから2回目だ。どうして仮想世界の女は会ったばかりの男のベッドに入ってきたがるのだろう。

「それが自立した女のすることかよ」

「あら、自立と身体を温め合うのは関係がないわ。それに、自立というのは他人に過度に依存しないというだけで、自立した人間は適切に協調し合ったり、足りない部分を互いに補い合ったりするものなのよ」

 じゃあ、君の身体を温めたら、その代わりに俺に何かヒントをくれるってのか。とはいえ、君の身体だって十分温かいと思うが。こら、腕はまだしも、脚まで俺の身体に絡めてくるな。それに、君、パジャマもネグリジェも着てないな? せめて下着くらいは着けてるんだろうな。

「理解はしたけど、いつまでそうしてるつもりなんだ?」

「6時45分まで。7時からスカウトたちと朝食なのよ」

 10分くらいで身支度できるのか。女にしては早いな。

「君の身体が温まったら、俺はベッドから出てもいいか」

「いいわよ。でも私、寝てる間にブランケットや枕を抱き続ける癖があるから、抜けられなかったらごめんなさいね」

 俺は安心毛布セキュリティー・ブランケットか。君、不安か欲求不満でもあるのか? そして顔を俺の肩の辺りに押しつけてくる、柔らかい胸を腕に押しつけてくる、しなやかな太ももを俺の下半身に押しつけて……これじゃ、安心毛布じゃなくて、ぬいぐるみの代わりだぜ。君、子供かよ。

 もう寝た? 嘘だろ、早過ぎる。というか、それじゃ、俺が訊きたいことが訊けないじゃないか! といって、起こすわけにもいかないだろうし、どうするんだよ。

 がっちり絡みつかれてるから起きられない。自由になるのは左腕だけだ。時計を見る。5時25分。あと1時間20分このままか。できることといえば考えることと寝ることくらい? 考えるのは材料がないから無理だ。じゃあ、寝るか。目が冴えてきてるけれども。


 次に時計を見たら6時40分。右を向くと、カタリナが微動だにせずしがみついたままだった。ほぼ真っ暗で表情はよく見えないが、きっと安眠しているのだろう。あと5分して起きなかったら、どうやって起こせばいいのかな。とりあえず、枕灯を暗めに点けておく。

「アルネ……」

 カタリナが呟いた。何だろう、男の名前か。好きな男に抱かれる夢でも見てるのかな。起きて、横にいるのが俺だったらびっくりするんじゃないか。

 脚がゆっくりと、俺の下半身を撫で回すかのように動く。そういう動きは困るなあ。薄目が開いた。瞳が動いて、俺と目が合う。表情は笑顔のまま動かない。2、3度瞬きをしてから、深いため息をついて、また目を閉じた。こら、寝るな。

「6時44分」

ありがとうタック、アーティー」

 どうやら寝ぼけてはいないようだ。絡めていた脚をほどき、ゆらりと起きてベッドの上に座り込む。そして部屋の灯りを点ける。上半身は何も着けていなかった。おもむろに振り返って俺のことを見下ろす。口元に穏やかな笑みを浮かべている。

「一緒に朝食へ行きましょう」

「ガール・スカウトの邪魔にならないのか」

 俺も身を起こしながら答える。カタリナは俺の顔を見ながらベッドから降りた。下半身はパンティーだけだった。

「彼女たちの中に、あなたと話したがってる子がいるのよ。何でもいいから少し話をしてあげて」

 キティーとレネのことか。カタリナにうまく頼めたらしいな。しかし、一応訊いておく。

「俺のことを、彼女たちに話したのか」

「私は話してないわ。でも、ほとんどの子が、“財団の研究員が泊まっている”ってことを知ってたわよ。誰からか情報が回ったらしいわね」

 そんなにたくさんどうするんだよ。

「各テーブルを回ってみんなに話をしろと?」

「いいえ、二人だけということにしておいたわ。人選は彼女たちがするはず。それに、質問をしないのなら周りのテーブルに座って聞いていてもいい、ということにしてると思うけど」

 カタリナは歩きながら話し、洗面所に入った。ただし、ドアは開けっ放し。水の音が聞こえる。顔を洗っているらしい。そしてタオルで顔を拭きながら出てきた。待て、その色のタオルは昨夜俺が使ったんだ。横に新しいのを掛けておいたはずだぞ?

「私もあなたの横に座って聞いておくわ。残念ながら報酬は出せないけど」

「満室なのに気を遣って相部屋にしてもらった礼ということにしておくよ」

 抱き枕代わりにされたことでチャライーヴンになってる気もするけどな。

ありがとうタック。じゃあ、あなたも早く身支度をして。相手はガール・スカウトだけど、あまりにもカジュアルな服装は避けてくれると嬉しいわ」

 そんなこと言われてもたいした服は持ってないぞ。防寒着を着てれば判らないんじゃないか? いや、朝食の席でそれは変か。セーターの下に白っぽい襟付きのシャツを着てりゃいいだろ。

 ベッドから降りて、パジャマ代わりのトレーナーを脱いで、シャツとセーターを身に着け、防寒着のパンツを穿く。後は顔を洗うくらいか。タオルはどうしよう。

 洗面所はまたカタリナが使っている。と思ったら、出てきた。薄化粧をしているが、それだけで十分綺麗だな。

 入れ替わりに洗面所へ入り、顔を洗い、これ見よがしにぶら下げられているタオルは使わず、棚の上にあった新しいので顔を拭く。

 洗面所を出ると、カタリナは着替えを終えていた。早いな。あらかじめ用意してあったんだろう。あれ、そうすると、昨日チェックインしたときにもう用意したということになるぞ。周到だな。さすが探検家。

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