#11:第2日 (10) マッチョな男たち
「ああ、もうこんな時間か。日も暮れてきたし、そろそろ夕食にしませんか」
オレンジ・ボウルの第4
「あら、本当だわ。すっかりお話に夢中になってしまって、夕焼けがあんなにきれいだったのに」
アストリッドが座っていたのは夕焼けが見える方向だったが、ずっと俺の顔を見てたからな。時々、胸の辺りまで視線が降りてきていたが、いったい何を見てたんだろうか。
山小屋に戻ると、ダイニングの灯りが既に点いていて、むくつけき男が二人で夕食の準備をしていた。アストリッドが声をかけて、俺と引き合わせようとする。
「もう準備を始めていてくれたのね。アーティー、紹介するわ。オーレ・ハウゲンとカイ・バッケンよ」
山小屋のせまいキッチンに、半袖
自己紹介をしながら握手をすると、ハウゲン氏はがっちりと握ってきたが――俺はさほど強く握り返していないが――、バッケン氏は軽く握って、すぐに手を離してしまった。視線をほとんど合わそうともしなかったので、俺の見た目が気に入らないのかもしれない。普段でもそういう反応が多いので、全く気にしない。
で、俺も夕食の準備を手伝おうとしたら、エマとマヤから「私たちがやるわ」と言われ、また
ホルベルグ氏も、アストリッドから「今日は私がやるわ」と言われて――つまり、ホルベルグ氏がやる日もあるわけだ――、手持ちぶさたにしている。しかし、退屈しのぎに俺と話をする、という気はないらしく、リヴィング・スペースに行って、本棚から本を取り出し、ソファーに座って読み始めた。
俺も本棚を見に行ってみる。昨日のメムルブよりも、格段に大きくて、本の数も多い。ただし、ほとんどはノルウェー語なので、読めない。
英語の本は少しだけある。フランス語やドイツ語も少し。なぜだかみんな小説だ。イプセン、プリョイセン、ゴルデルに、これは何と読むんだ、"Bjornsson"。ビョルンソン? ホルベルグという名前も見える。そこに座ってるホルベルグ氏の縁者だろうか。まさかね。きっとスウェーデンで一定の割合がいる名字なのだろう。
さて、昨日も本棚の中にヒントがあったが――というか、見知らぬ誰かがヒントを残してくれていたのだが――今日はこの中のどれを読めばいいのだろうか。
「アーティー、用意ができたわよ」
本棚を眺めている間に、エマに呼ばれてしまった。ダイニングへ行くと、四人掛けのテーブルが二つつなげられていて、男と女が互い違いに座るように席が作ってあった。
俺は角の席で、隣はエマ。それからハウゲン氏、マヤ。俺の向かい側は誰もいなくて、斜め前にホルベルグ氏、その隣がアストリッドで、一番向こうがバッケン氏。おそらくはアストリッドが画策したのだろう。男二人と話したかったのに違いない。
ハウゲン氏はにこやかに笑っているが、バッケン氏は居心地悪そうにうつむいている。俺は端に座って、しかも向かいに誰もいないから気楽でいい。
テーブルにはビスケットと、コールド・タンと、鯖の油漬けと、フルーツ。それにビール。昨日と全く同じだ。山小屋の規模は大きくても、
食べながら、アストリッドがハウゲン氏とバッケン氏に話しかける。公務員として何の仕事をしているのかと訊くと、「大学職員だよ」とハウゲン氏が答えた。事務関係の仕事をしながら、大学内のスポーツ用具の管理をしているらしい。バッケン氏も同じで、彼の同僚だそうだ。ついでにそこで身体を鍛えているのだろう。
「本当はアスレティック・トレーナーになりたいんだけど、就職先がなかなか見つからなくて」
「オスロ以外のところに行ってみたらどうかしら。スポーツは何をしていたの?」
「ウェイト・リフティング」
「腕がすごく太いわね。触ってみてもいい?」
「いや、触るための筋肉じゃないから……」
俺も腕がもう少し太かったら、アストリッドに触られていたかもしれない。答えているのはハウゲン氏ばかりで、アストリッドがバッケン氏に尋ねても、ぼそぼそとしゃべっているうちに、ハウゲン氏が代わりに答えてしまう。バッケン氏は一足先に食事を終えて、うつむいたまま辺りにちらちらと視線を走らせている。
ただ、俺の方へは向いていないようだ。一番遠いし、合衆国市民のことが嫌いなのかもしれない。そしてハウゲン氏は食事を終えると、「この後、まだトレーニングがあるし、明日の朝は出発が早いから」と言って、バッケン氏と共に片付けを始めてしまった。
「シャワーは浴びる?」
「もちろん。ああ、この後、すぐに使おうと思ってるけど、いいかい? じゃあ、終わったら声をかけるよ。このままリヴィング・スペースで過ごすかな?」
「ええ、たぶんそうすると思うわ。ねえ?」
アストリッドがなぜか俺の方に声をかけてくる。ホルベルグ氏はと見ると、いつの間にかビールを4缶も開けて、すっかりできあがっており、今にも居眠りを始めそうだ。
「たぶん本でも読んでるんじゃないかな」
「それとも、ゲームをしてるんじゃないかしら」
「じゃあ、僕らのうち、後に入った方が君たちの誰かに声をかけるよ」
そう言って二人は部屋へ戻っていった。
「アーティー、こっちの席にいらっしゃいよ」
アストリッドがそう言って、俺にハウゲン氏が座っていた席を勧める。また女に囲まれるのか。
「その前に、自分の皿を片付けるよ」
「じゃあ、私も」
「あら、じゃあ、私も」
エマとマヤが相次いで席を立つ。要するに、食べ終わってないのはアストリッドだけだった。話に夢中になっていたからだろう。キッチンで女二人にくっつかれながら皿を洗い終えて、席に戻る。両隣にエマとマヤが座るが、なぜか椅子をこっちの方へ近づけてくる。
「アーティー、あの二人のこと、どう思った?」
ようやく皿の上の料理を平らげ、ビールを飲みながらアストリッドが訊いてきた。
「さあね。俺と同じで、あまり社交的じゃないな。この時期の山歩きに来たのは、他の人とあまり関わりたくなかったからじゃないのか。
ゲイじゃないかとも思ったが、それを言う必要はないだろう。
「あら、あなたの方がずっと社交的だと思うわ。そういえばあなたはトレーニングはしないのかしら」
「するよ。自分の部屋に戻ってからね。でも、寝る前に1時間くらいやればいいだけさ」
仮想世界に入ってからは明らかにトレーニング不足なのだが、体力が落ちている気はしない。きっとステージの終了から開始の間で、何らかの調整をされているのだろう。
しかし、動作の感覚はトレーニングをしないと鈍ってしまうと思うので、時間がある限りやる。もっと時間があればランニングもしたいというだけで。
「じゃあ、11時くらいまではお話やゲームができるのかしら」
「シャワーの時間以外はね」
「もちろんよ。じゃあ、片付けをして、トールを部屋に送ってくるわ」
ホルベルグ氏はすっかり寝てしまったようだ。このシナリオはなぜこうまでして俺の周りを女だけにしたがるのだろう。昨日は二人で今日は3人とか。
しかも昨日ですら正しくヒントを引き出せなくて、“見知らぬ誰か”のおかげでここに来たんだぜ。それとも、“見知らぬ誰か”のヒントは間違ってたのか? あるいは俺の読み解き方が間違っていて、それでこんな目に遭ってるのかな。
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