#11:第2日 (11) 夜の話題
一足先にリヴィング・スペースへ行き、エマとマヤと一緒にゲームを探す。昨日と同じようなゲームしかないが、カードは4人いると違うゲームができるので、それが一番いいだろうと思う。チェスはもうやりたくない。
ただ、アストリッドがチェスが得意かどうかは確かめておく必要がある。またチェスの駒の動きに従って、次に移動するところを決めるかもしれないから。
「カイがもうシャワーを使ってるみたい。トールはたぶん明日の朝に使うと思うわ。あら、カードをするの? もう少しアーティーとお話をしてからでいいかしら」
アストリッドが戻ってきて、ソファーに座ってカードの用意をしている俺たちを見て言った。そして俺の隣に座っていたエマを別の席に移動させ、自分が俺の横へ座る。エマは昨日までとマヤともに俺の隣を争っていたのに、アストリッドに対してはやけに従順だ。弱みでも握られたのだろうか。
で、アストリッドはなぜ
「アーティー、お話の続きを聞かせて」
そんなこと言いながらもたれかかってこないでくれるかな。インナーの胸元が開きすぎてて、中が見えてしまうだろ。マルーシャよりはだいぶ小さいけど。
「第4
「いいえ、その前の、あなたが研究している行動パターンの話よ」
いや、それ、一番最初だろ。その後、法律事務所の話をして、フットボールの話をして、オレンジ・ボウルで途切れてるはずなんだけど。
「研究のやり方は全部説明したつもりだよ」
「シミュレイションの具体的な例を教えてほしいの。できれば、男女の行動パターンを比較しているようなものがいいわ」
そういうのはモントリオールで
一番興味深いのは、“男が女を相手にしているときは無謀な賭けに出る”という特性を持たせたり、“女が男を相手にしているときは普段より慎重に勝負する”という特性を持たせたりしても、最終的な得失の平均に優位な差はない、ということだと話してやった。
もちろん、このシミュレイションが正しいのかどうかについて、俺は責任を持つつもりはない。
「面白いわ。でも、男性的な賭け方とか、女性的な賭け方って、どうやって数値化するのかしら」
「それはあらかじめ数値化されたデータの中から、必要な値だけを取り出して使うんだ。男女別だけでなく、国別、人種別、年齢別のデータもある。それに、賭けといってもカジノでのデータじゃなくて、車の運転やネットでの検索や買い物のデータから傾向を分析するのさ」
「男女の恋愛には使えないのかしら。あれも賭けの一種よね?」
モントリオールの警備員二人組と同じ質問をしてるな、君は。
「恋愛の成功と失敗に関するデータが数値化できていないから、研究対象にならない」
「じゃあ、
ゲイという言葉がノルウェー語ではHで始まる単語なのか?
「もちろん、そういう人たちの基本データは存在する。が、今のところ俺の研究対象にはしていないだけだ。そもそも、俺の研究ではマジョリティーもマイノリティーも合わせて全てを適切な比率にして、シミュレイションすることが多い。実例と比較検証したいんでね」
「あら、そうだったの。じゃあ、ある特定の人物の行動が、平均的な行動からどれくらい偏差があるか、というようなことは調べられるかしら?」
「行動を数値化できるのなら、やってみても面白いかもしれない。何か調べたい実例があるのか?」
「実例とは言えないかもしれないけれど」
そう言ってアストリッドは席を立ち、本棚のところに行って、2冊の本を抜き出して戻ってきた。一つは『ヘッダ・ガブラー』、これは判る。イプセンの本だろう。もう一つは『Et Dukkehjem』。読めない。
「『ヘッダ・ガーブレル』と『人形の家』よ。読んだことは?」
「ないね。が、タイトルとあらすじだけは知ってるよ。両方ともイプセンが書いた戯曲だろう」
「そうよ。そして、両方とも女性が主人公なの」
それも一応知ってる。で、これが今回のヒントになる本なのだろうか。2冊読むのは大変だから、どっちか1冊にしてくれないかな。
「それで?」
「主人公を始めとして、この本の中の登場人物の行動には、おかしな点が多すぎると思うわ。特に二組の夫婦、ヘッダとその夫のイェルゲン、ノーラとその夫のトルヴァル。相手を思いやる気持ちが足りていないのよ。だから両方とも悲劇的な結末になると思うの。登場人物の行動を分析して、少しずつ行動を変えてシミュレイションをしたら、その中の一つでも
文学の中の人間行動学か。そういうのを研究している学者もいるだろうな。しかし、相手は創作なんだから、結末を変えても意味がないと思うけれども。
「残念ながら、俺の研究対象じゃないから判らない。財団にはいないだろう。それにそもそも、そのシミュレイションには無理がある」
「どういう点で?」
「前提の条件が悪すぎる。俺の記憶では、主人公は意に染まない結婚をしたとか、苦労を知らず安易な結婚生活を続けているという設定だったはずだ。とすると、これはシミュレイションの初期条件として、不幸な状態から始まる、ということになる。それでは
「
「俺の扱うシミュレイションは、平衡状態から始まることが多い。だから、小説の登場人物のシミュレイションをするとしたら、主人公とその夫が結婚する前から始めることになるだろう。そして、結婚する場合としない場合、幸福になる場合と不幸になる場合を掛け合わせて、四つの中で、“結婚して、且つ幸福になる可能性は一番低い”という結論を出して終わると思うね」
「
アストリッドは驚いた声を上げているが、顔は嬉しそうだ。
「そういえばそうね。確かにどちらも、不幸な境遇にある夫婦に、不幸な出来事が次々に起こって、最後は妻が悲劇的な結末を迎えるっていうストーリーだわ。最初は幸福だった夫婦なら、最後は
「ノルウェーの名作にケチを付けて申し訳ないが」
「いいえ、興味深い見解だと思うわ。よく言われている女性の社会的地位とは別の問題として、結婚をして幸せになりたいのなら、まず正しい結婚相手を考えて、この小説のような境遇には陥らないようにせよってことだものね」
「ただし、結婚した相手が正しいかどうかなんて、死ぬ直前まで判らんことだと思うよ。まさに賭けだな」
「それよ! 私もそれが心配で、なかなか相手を選べないの」
ここまで黙って話を聞いていたエマが真剣な顔で言った。そんなことで悩んでるのに、俺をたぶらかそうとしてたのか。
「何だ、複数の男と付き合ってるのか」
「
何という贅沢な悩み。そんなの、一番ハンサムで優しくて金を持ってる奴と付き合えばいいだけだろ。俺がもし二人以上の女で迷ったらそうするね。迷うことなんてあり得ないけどさ。
「3人って誰?」
マヤも真剣な顔で訊く。いや、訊くところってそこかよ。
「エーリクとトロンとハラル」
「ああ、あの3人」
マヤがほっとした顔をする。自分と二股を掛けてる奴がいなくて安心したということだろうか。というか、3人とも共通の知人なのか。
「言っておくけど、俺はアドヴァイスできないぞ。せいぜい言えるのは、君が結婚相手に求めていることを列挙して順序づけて、誰が一番条件に合うかを判断しろってことくらいだ」
「私もそうやって考えたことがあるけど、どうやっても3人が
何だ、そりゃ。優先順位付けてるのに
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