#11:第2日 (8) 二つ目の山小屋

 昼食の後で歩くこと3時間。川沿いの道がだんだんと平坦になってきて、いよいよ湖の畔に近づいてきたという気配がした頃、突然開けたところに出たかと思うと、黒い屋根の建物が目に入ってきて、そこがイェンデブの山小屋だった。

 地図どおり、まさに湖の西の端に位置している。その湖を東の方に見晴るかすと、両脇に山が迫っていて、真正面だけがすっぽりと抜けて遙か彼方まで見えている。いかにこの湖が細長いかというのがよく判る。

「あら、アーティー!」

「やっぱりこっちに来てくれたのね、嬉しいわ!」

 聞き覚えのある声がしたと思ったら、湖に面したウッド・テラスにテーブルがいくつかあって、そこにエマとマヤがいた。座って湖の風景を眺めていたらしいが、俺の顔を見ると嬉しそうに立ち上がってすっ飛んできた。別に、君らを喜ばせるために来たんじゃないんだが、嫌われるよりはいいので愛想よく手を振っておく。

 テラスにはもう一組、男と女が座っている。男は中年だが、女はずっと若く見える。しかも美人。エマとマヤに並ぶか、それ以上。仮想世界のことなのでもはや驚かない。夫婦にしては年の差があるように思うが、余計なお世話というものだ。美人というのは年齢より若く見えるものだし、なかなか年を取らない。

「やあ、お嬢さんがたレディーズ。急いで来たつもりなんだが、さすがに追いつかなかったな」

「いいえ、ほんの一足違いだったわ。私たちも、つい15分ほど前に着いたところなの」

「部屋に荷物を置いて、外に出てきたばかりなのよ」

 そう言いながら、二人で俺の右と左に立って、片腕ずつつかんで山小屋の方へ引っ張って行こうとする。別に逃げるつもりはないのに、捕まって連行されているかのようだ。テラスのテーブルに残っている男女が、何事かという表情でこちらを見ている。

「彼らも泊まり客?」

「そうよ、ホルベルグ夫妻。とても気持ちのいい人たちよ」

「もう一組いるのよ。たぶん、部屋だと思うわ」

 二人に両側から挟まれながら、小道を歩いて山小屋へと向かう。湖の畔に建つが、昨日の山小屋よりも格段に大きくて、メインの建物は一部が2階建て。山側に、離れの建物が2棟ある。

 奥には石造りの低い建物も見えるが、ちらりと見たところでは、古くて使っている気配がなさそう。山小屋の正面入り口横の電子ロック端末に、山カードをかざして入る。

「おやおや、ここは昨日と全然違うな」

 ダイニング・スペースもリヴィング・スペースも広い。調度品もいろいろと揃っていて、高級ホテルのロビーのようだ。しかし、やはり季節外れオフ・シーズンのため管理者はおらず、メインの建物の部屋しか使えないそうだ。

 それでも部屋数は多いし、種類も二人部屋、4人部屋、8人部屋がある。

「他の2組は二人部屋を使ってるけど、私たちは4人部屋を使ってるのよ」

「広いし、あなたが来たら一緒に泊まれると思って」

 余計なこと考えないでいいんだよ。本気で俺を泊めるつもりだったのか? 広かったからってだけにして欲しいんだが。

「昨日も言ったけど、俺は二段ベッドが苦手だし、着替えの時やら何やらで困ることがあるだろうから、他の部屋を使うよ」

「あら、着替えなんて、私たちは見られても平気よ」

「そうよ。あなたが気にするのなら、シャワーの更衣室を使えばいいわ」

 スウェーデンの女が、こんな露出狂みたいなのばかりだと信じたくないが、とにかく断って、もう一つだけ空いていた二人部屋を使うことにした。一番奥なので、夜は静かだろう。が、エマとマヤに押しかけられたらどうしようかとも思う。実際、やりそうだし。もしかしたら、今朝がた感じた人の気配は、二人のうちどちらかだったのかなあ。

 念のために、他の泊まり客の部屋の場所を訊いておく。隣や向かいにならず、適度に離ればなれになるように部屋を使っていた。その方が静かでいいからだろう。

「夜に話をするときは、私たちの部屋に来てね」

「少しくらい大きな声を出しても、他の部屋には聞こえないわ」

 大きな声って、何するんだよ。山の夜は静かに過ごすもんだぜ。

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