#11:[JAX] フィールドのランチ・タイム

 練習中、1時から2時まではランチ・タイム。練習場内のレストランへ行ってもいいのだが、グラウンドで食べることもできる。レストランから食事を届けてくれるのだ。

 メニューはそれほど多くないものの、肉でも魚でも野菜でも果物でも食べられる。その中で俺が一番好きなのはランチョン・ミートのサンドウィッチだ。

「よくもまあ、毎日同じものばかり何個も食べて、飽きないもんだな」

 三つ目のサンドウィッチを食べ始めた俺を見て、クレイグ・ルドルフがつぶやく。そういうクレイグ自身も、一日おきにチキンと白身魚を交互に食べているはずなのだけれども。

「もっと栄養のバランスを考えた方がいいぞ。お前の食事は偏りすぎだ」

 デレック・スタークが言う。奴は昨夜の練習後に行ったレストランでも、栄養バランスがどうこうという話をずっとしていた。どうやらまた女ができたようだ。

 ジョナサン・ヴァーステージェンによれば、デレックは女と付き合っている時は色々なものを食べるが、振られたらずっと同じものを食べ続けるらしい。最近付き合い始めた女もどうやら栄養のことに詳しいようだとのこと。

「サンドウィッチは喰うのにフォークとか使わなくていいから、片手が自由になって便利なんだよ。ところで、このプレイの時の足の動きのことだが」

 OLオフェンシヴ・ラインの連中にプレイ・ブックを見せながら言う。グラウンドで昼食を摂る利点は、喰っている合間にも練習ができることだ。

 もっとも、レストランへ行った連中だって、ポジションごとに分かれてコーチと話をしながら喰っているだろうから、グラウンドで食事を摂っている、イコール練習熱心、というわけでもない。

「ヴォーンはまず左足をスパイク4分の3だけ引いて、その時はつま先が8度から10度だけ外側を向くようにして、次に右を」

守備ディーがCギャップに就いたときは、最初に左足を少し外に出した方がブロックしやすいんだが」

「いや、外を回られそうになっても、まっすぐ下がる方が、結局は後で追いつきやすいはずで」

「アーティー、それは古いセオリーじゃないの。大学の時は確かにそう教わったけどさ」

 ボビーが横から口出しをしてくる。

「それはそうだが、最近はこの昔のやり方が見直されてるって聞いたんでな」

「誰に?」

「ラムズのジャスティン・カードスだよ。あいつ、一昨日のゲームの後でなぜだか俺のところに電話してきて。その時についでに足の話を訊いてみたら、最近、奴のコーチの言うことが変わったって言ってて」

「そういや、ラムズは先々週辺りからラインの動きが少し変わってたな。効果のほどはどうだかしらんが」

「足の話はライン・コーチのアダムにも相談してからにしようぜ。奴はレストランか?」

 ヴォーンもジョナサンも俺の言うことは信用できないらしい。しかし、俺は昨夜“休憩室”へ帰ってから、自分で動いてみて確かにやりやすそうだと思ったんだがな。

 ただ、その時には目の前に守備ディーがいなくて、俺の頭の中だけでシミュレイションしただけから、何とも言えない。

「とにかく、もう少し動きを改善しなきゃ、木曜日サーズデイのゲームでまたダニーがつぶされる」

 そしてそのダニーもレストランだろう。おそらく、攻撃オフェンシヴコーディネイターのジョーや、新しく入ったQBクォーターバックコーチのリックと話をしているに違いない。過保護なことだ。

「ところで、ジャスティンとは何を話したの?」

 三つ目のチーズ・バーガーを食べ終えたボビーが訊いてきた。手の汚れをトレーニング・ウェアにこすりつけるな、タオルで拭けよ。

「久しぶりに話をしたくなったとか言ってたが、目的がよくわからん。忘れかけてるような古い話ばかり持ち出してきたんで、いい加減にあしらってから、最近のラムズの話だけ聞いた」

 ジャスティンは俺と同じ年にマイアミ大に入ったOTオフェンシヴ・タックルだが、その頃のマイアミ大はOLオフェンシヴ・ラインの人材が豊富だったのと、ジョルジオ・トレッタに嫌われた――あいつは実に好き嫌いが激しい奴だった――せいで、1年生の途中でUCLAに転校した。

 俺は奴と仲が良かったので、しばらくはメールなどでやりとりをしたし、4年生シニア時のシーズン最終戦でUCLAへ乗り込んだときには、ゲームの翌日にマイアミ大の同期を何人か連れて、食事にも行った。

 奴がドラフトにかかったときに祝いのメールを書いてやったが、その返事をもらって以来だな。

「借金でもしようとしたんじゃないのか。あいつ、投資にはまってるらしいから」

 クレイグがつぶやく。そういえばクレイグはUSCで、UCLAとは何度も対戦してるんだったな。とはいえ、OLオフェンシヴ・ラインどうしはゲーム中に対戦することはないが。

「だったら早めに話題を切り替えて正解だったな。あいつ、俺がおごるのは現物だけで、金は絶対に貸さないってのを忘れてるんじゃないのか」

「しかもアーティーが他人におごるときは、何かしらの具体的な対価を求めるんだよね」

「そうだよ、ボビー。今日もおごってやるから自主トレーニングに付き合え」

「いいけど、今日は違う店にしようよ。いつものところはもう飽きた」

「大丈夫だ。新しい店の情報をもらってきた」

「誰から?」

氷上の淑女レディー・オン・アイス

「よく彼女と話ができるな。俺は彼女の声を聞いただけで身体が凍りそうな気がするよ」

 ヴォーンが、本当に寒そうな顔をしながら言う。お前ら、彼女の良さが解ってないよ。もっとも、解られても困るがな。

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