#11:第2日 (7) 山のランチ・タイム

 フットボールと山歩きでは使う筋肉が違う。当然のことであって、QBクォーターバックならモバイル・タイプでもなければ脚よりも腕を使う。

 幸いにして、俺はほぼ全てのポジションを経験したことがあるので、脚も十分に鍛えているし、山道を11マイル歩くのも何とかなるだろうと思っていたのだが、ずっと歩き続けるというのはやはりきつい。

 5マイル、3時間ほど山道を上り続けて、ようやく湖を見下ろせる尾根まで登ってきた。眼下の湖は、もちろん、昨日までと同じイェンデ湖だ。対岸の山の斜面に、幾条もの滝が見える。

 左手、ずっと東の尾根の一部に高まりが見える。メムルブから“急勾配の道”を選んでいたら、あの高まりを越えることになっていたはずだ。当然、景色はあちらの方が断然よかっただろう。

 だが、俺の目的は景色を見ることではない。だから、軟弱だが少しでも楽な道を選んだわけだ。

 もっとも、あの高まりの頂上に何らかのヒントがあった、ということなら、選択は間違いだったということになる。しかし、まだ2日目だし、そんな重大なヒントはないだろうと予想する。

 さて、イェンデブの山小屋は、下に見える湖の西端に面した、狭い平地にある。地図上での直線距離は2マイルほど。しかし、道のりは単純ではない。

 一番短いルートはここから湖の方へ下りて、湖岸を進む道だ。2マイル半ほどに違いない。しかし、湖へ下りる道というのは、崖を落ちていくがごとき超急斜面で、そして湖岸の道というのは昨日の経験からして知るべしなので、かなり苦労するに違いない。

 それでも、距離という点ではもう一つの道よりも圧倒的に短い。というのも、そのもう一つの道というのは尾根に沿って3マイル半ほど西へ進みながら緩やかに山を下り、川沿いに東へ2マイル半ほど戻って湖の西端に至る、というものだ。

 つまり、距離的には2倍半もある。だが、昨日の苦労を思うとこちらのルートを採りたい。道なき道というのは不信感から疲れが3倍にも4倍にも増える。

 それに、急げばエマとマヤに追いつくことができるかもしれない。追いついたからといって、どうということもない。たぶん、向こうが嬉しがるだけだろう。朝のことを考えると、二人して俺を間に挟みながら歩こうとするに違いない。

 とりあえず、昼食にする。リュックサックを下ろし、インスタント・ヌードルのカップと水筒とハムの缶詰を取り出す。水筒には山小屋を出る前に沸かしてきた湯が入っている。

 その湯をヌードルのカップに注ぎ、できあがるのを待つ間に、ハムの缶を開けて食べる。さほど汗をかいてはいないと思うが、運動の後に塩分を取るのは大事だ。そしてエネルギー補給のために炭水化物を摂っておけば、少なくとも夕方までは保つだろう。

 ハムの塩分が、ものすごく強く感じる。疲れているのにこれでは、元々の塩分量がとんでもなく多いということか。まあ、汗を掻けば流れていくだろうから、気にしないでおく。

 ヌードルの味が薄く感じる。これはたぶん、ハムのせいだな。食べ終わって、スープをどうしようかと思ったが、捨ててはいけない気がするので飲んでしまう。さすがに塩分の取り過ぎか。

 水を飲んでから、崖っぷちに行って、湖を眺める。地図で見るとおり、ウナギのように長く東西に横たわっている。今日は綺麗に晴れていて、水は深い青緑色。足元が崖のように切り立っているので、対岸が近く感じて、勢いを付けてジャンプしたら届きそうな気がするほど。もちろん、飛んだりしない。そもそも対岸も崖なので、飛んだら激突してしまうかもしれない。

 行く先となる、右手を見る。何マイル先かは判らないが、湖の西端が見えている。山を歩くより、筏を作って、湖を行く方が早いのではという気がする。もっとも、周りには一本の木も見えない。足元の草は、もうあと一ヶ月ほどしたら枯れてしまうに違いない。

 15分ほどしてから、リュックサックを背負い、歩き出す。山歩きの知識はあまりないが、休憩はしすぎない方がいいと聞いたことがある。汗が引いて身体が冷えるとよくないからだろう。

 もっとも、今日はさほど寒くない。昨日の吹雪は夢だったのかと思うほどのいい日和だ。ただ仮想空間の中の天気には、何かしら意味があるだろうから、気を付けなければならない。なにしろ、飛行機を遭難させるためにハリケーンだって発生させるくらいだし。

 だから十分注意すれば、天候のせいで死ぬことはないだろう。ただ、“山での常識”みたいなのをあらかじめ知識として与えていてくれたらよかったのになあ、とは思う。

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