#11:第2日 (3) 山の夜明け
目が覚めた。辺りはやっぱりまだ真っ暗だ。時計を見る。午前6時45分。途中で一度起きたわりには、早く目が覚めた。もう起きることにする。何しろリヴィング・スペースという共用部分で寝ているものだから、俺が寝坊すると他の者がここを使いづらいだろう。ブランケットを綺麗にたたんで、ソファーの背に掛けておいた。
そういえば夜明けは何時なのかな。外に出てみることにする。電子ロック端末に山カードをかざしてから、ドアを開ける。外へ出るのにもカードが要るというのは、よくできてると思う。閉め出される危険が少ない。
東はどっちだ? 俺の来た方角か。
ところで、時計はまだ7時前だよな。秋分を過ぎて1ヶ月も経っていないのだから、いくら北欧でも1時間は遅れないだろう。しかるにこの空の暗さからすると、夏時間で時計が1時間進んでるせいだという推論が成り立つ。つまり、夜明けは8時前くらいだ。7時40分か45分くらいか。もしかしたら、地図に目安が書いてあるかもしれない。後で見よう。
小屋に戻る。ほぼ同時に、エマとマヤが起きてきた。起きたばかりかと思ったら、きちんと化粧している。やけに念入りで、昨夜よりも美しさが増している。
「やあ、おはよう、
「ええ、昨日は山歩きで体力を使った後に、あなたとお話ししたりゲームをしたりして頭も使ったから、とっても気持ちよく寝られたわ」
「私もよ。もう、夢も見ずに、ぐっすり。あなたが起こしてくれたら、もっと気持ちよく目覚められたかも」
何を余計なことを言ってるんだか。リヴィングのソファーで少し話をしたが、ゲルハルセン夫妻がまだ寝ているのなら、声で起こしてしまうかもしれない、とエマが気にするので、外へ散歩に行くことにした。
窓から覗いた限りでは、少し明るくなりかけているので、湖のほとりで朝の景色でも眺めていればいいだろう。マヤはメモを残していくと言って紙を探し始めたが、なかなか見つからない。ようやくサイド・ボードの抽斗から紙を見つけだすと、走り書きをしてダイニングの上に置いた。
「ノルウェー語が書けるのか?」
「スウェーデン語で書いたけど、よく似てるから、通じるわよ」
そういうものなのか。俺が気にするようなことではないが。
俺がカードでドアを開け――彼女たちはカードをかざさなかった。散歩に出るだけなら一人が開け閉めすればいいので問題ないと思う――、小道を湖の方へ下りる。どういうわけか、二人が俺を間に挟んで歩く。二人がほぼ交互に話をするものだから、首を頻繁に左右に振らなければならない。これは何かの試練なのだろうか。
「あら、見て、空がもうあんなに赤く染まってるわ」
船着き場が見えてきたところで、エマが東の空を指して言う。小屋の側はすぐ山がそびえているので東の空が見えなかったが、湖のほとりまで来ると開けている。地平線の下の方が赤くなっているのが見えた。
「山で日の出を見るのは初めて?」
「そうね、普通は夏場に山歩きに来るから、起きたときにはもう明けちゃってることが多いわ。夏至の時なんかは、3時前からうっすらと明るいもの」
どちらともなしに訊いたら、マヤが答えた。とすると夏の夜明けは4時頃か。ローダーデイルは6時半くらいだったと思うから、2時間以上は差があるわけだ。緯度の差を感じて興味深いが、少なくともターゲットとは関係ないだろう。
それはそうと、こういう風景の中に女と二人きりでいるのなら肩を抱けばいいと思うが、女が両側にいてはどうしていいかよく判らない。しかも昨日の夕方に初めて会った女たちなのだから、それほど親しげにすることでもないし。
日の出まではまだ時間がありそうなので、船着き場から南の方へと歩く。広場になっているが、ここはキャンプ場らしい。もちろん、この寒い季節にキャンプをやっている酔狂な連中はいない。向こうに廃屋の壁がなくなったかのような建物があるが、あれはきっとキャンプ用の炊事場だろう。
広場を横切っていくと、砂浜のようになったところがあって、その先では川が湖に流れ込んでいた。昨日、飛び越したようなのとは違ってかなり幅のある川で、しかも秋だというのに勢いよく流れている。この砂浜は、川が作った三角州に違いない。
ここから西へ行くには川を渡る必要があるが、当然、どこかに橋が架かっているだろう。それがどこかは地図を見れば判る。
7時半頃まで時間をつぶしたが、空は十分に明るくなったものの陽は昇ってこず、あと30分はかかりそうに思われたので、いったん山小屋に戻ることにした。ドアを開けると、ちょうどゲルハルセン夫人がダイニング・テーブルの上のメモを見ているところだった。
「あら、
エマが気さくに声をかける。
「
「ええ、早起きしたから、夜明けを見に。湖のそばの空気って、澄んでいてとてもきれいね。次は夏にも来たいわ」
「私たちもこの辺りに来るのは初めてなんです。朝食が済んだら出発までの間に近くを散策してみますわ」
それからまた俺をのけ者にして、3人で朝食の用意。といっても、それこそ非常食というか
代金は宿泊料に含まれていて、食べないときはわずかだが払い戻しもあるとのこと。もちろん、全部食べるつもり。
皿をテーブルに並べ終わると、ちょうどゲルハルセン氏がやって来た。昨夜と同じく二つのテーブルに分かれて朝食を始める。ただし、今朝はゲルハルセン氏が陽気に話しかけてくる。日の出を見ようと思ったことをマヤが話すと、7時45分頃だが山の高さがあるので8時過ぎだろうということだった。予想はだいたい当たっていた。
それにしても、みんな朝からよく食べる。この後、体力を使うからかもしれない。食が細いのはゲルハルセン夫人――名前が判らないまま別れることになるのだろうか――くらいだ。
「そういえば、もう一人の女性はどうしたんでしょうね。
「いいえ、もうお発ちになったようで、ドアにメモが貼ってあったわ。鍵も所定の場所に戻してあったし」
「おや、そうかい。アーティー、あなたはリヴィングのソファーで寝てられましたが、彼女が出て行ったのに気付きましたか?」
「いや、全く知らないな。6時45分に起きて、7時過ぎにエマとマヤと散歩に出たが、その間に出発したのか。それとも俺が起きる前に出たのかもしれないが、いずれにしても全く気付かなかった」
「そうですか。しかし、夜明け前から出ても歩けっこないし、そうすると散歩に出ている間に行ってしまったのかもしれませんね」
「あら、そうだったの。彼女とはもう一度くらいお話ししたかったわ。私とエマは、彼女が病気で寝ていると聞いてたから、挨拶と自己紹介くらいしかしてないのよ」
今さらながらに彼女の名前を聞くと、ハンナ・エレンスカ。この後の展開次第では、どこかでもう一度会うかもしれないので憶えておく。ポーランドから来たと言ったそうだ。少し訛りはあったがスウェーデン語でしゃべったらしい。
「おや、そうでしたか、僕たちはノルウェー語で会話したんですが、
まあ、日常会話程度ならよく似てますからね、とゲルハルセン氏は続けた。
朝食が終わって後片付けを済ますと、5人で外へ出て、湖へ朝日を見に行った。すでに朝焼けのオレンジ色は空から消えていたので、山の縁から太陽が覗いても、大した感動はなかった。
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