#11:第2日 (2) モノローグ (2)

 まだ、夜明け前。

 空気の冷たさは、冬のものではない。やはりこれは、秋のもの。少し、風が吹く。清廉な雪の匂いがする。降り止んだばかりの、新雪の匂い。微かなオゾンの香り。

 山小屋の方を振り返る。人の動く気配はない。いいえ、薄暗い明かりが点いた。彼が起きたのだろうか。私が彼の側に立ったことを、気付かれたかもしれない。彼は私からのメッセージポヴィドムレンニャを、受け取っただろうか。気付かなければ、それまで。あとは彼が、隠されたメッセージポヴィドムレンニャを探し当てるかどうか。明かりは消えた。

 小道を歩き、川を渡る。白い簡素な木の橋。水の流れる涼やかな音。そして水とともに川上から下ってくる湿った風。

 渡り終えると、道が二つに分かれる。右手は緩やかに上がっていく道、そして左手は山の尾根に向かって急傾斜で登る道。迷わず、左へ。わずか1キロメートルほどの距離で、高度を300メートルも上げる登山道が待っている。

 しかし、最初はまだ緩やか。200メートルほど進んでも、20メートルほど登っただけ。それでも山小屋は下の方に小さく見えるようになった。もう少し登ってから、日の出を待つことにしよう。その先の急斜面を、ライトスヴィトロの明かりだけで登るのは危険だから。

 斜面を背にして立ち、東の稜線を見る。夜明けは7時45分頃。ただひたすらに、その時を待つ。凍ったような清冽な風が通り抜ける。頬が冷たくなる。動きを止めると身体も冷えるが、耐えられないほどではない。寒さには慣れている。2時間でも立っていられるだろう。

 6時45分。山の向こうがほのかに明るくなり、6等星が見えなくなった。眼下の山小屋に、再び明かりが灯った。誰か起きたのだろう。きっと彼も起きただろう。

 彼は私と同じ道をたどるだろうか、それとも違う道を選ぶだろうか。違う道を採れば、それは正しくない。それは私の今後に、少しだが影響する。

 7時15分。足下が見えるほどには明るくなった。再び、斜面を登り始める。すぐに急斜面になる。等高線の密度が上がる。100メートル行けば、20メートル上がる。雪で滑らないように、気を付けて歩くだけでいい。一定の歩調で、足を動かすだけ。

 7時45分。シュグルティンデンの山頂付近に着いた。頂上というほど尖ってはいない。ワニの背のような、ごつごつとした岩山が細く伸びているだけ。

 振り返ると、イェンデスヘイムの方角に朝日が昇っていた。谷に向かって、湖が突っ込んでいるような地形。空が赤く、その下の湖も赤く染まる。

 眩しさから目をそらし、右手の湖面を見下ろす。紫紺の水。対岸の急斜面に滝が見えている。冬になれば、あれも凍るのだろう。その景色にしばしの間だけ目をとどめ、また稜線をゆっくりと歩き出す。太陽の光が追いかけてくる。私の影が、前に長く延びる。

 次の目的地まで16キロメートル余り。そこでアルテムに会えるだろうか。それまでにアルテムに会えるだろうか。彼はいまどこにいるのだろう。この世界にいるのだろうか。それとも違う世界にいるのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る