ステージ#10:第7日

#10:第7日 (1) 幽閉

  第7日-2049年3月21日(日)


「結局、彼は意識が戻ったのかい?」

「はい。最初は大人しくしていましたが、だんだんと口数が多くなってきましたので、再び黙らせました」

「まさか、死んでいないだろうね。僕はそこまでするつもりはなかった」

「もちろん、息はあります。十分に手加減したつもりです」

「結構。さて、問題は彼をいつ起こすかだが」

「いいえ、ここに残して行くべきだわ。彼のパートナーも一緒にね」

 ひでえ女だ。やっぱり彼女アンジェラがアリシアに、俺を殴れと命令したんだ。間違いないな。

「パートナーをどうやってここまで降りさせるんだい?」

「上に行って、ここに降ろしてくるだけよ」

「降ろす?」

「今頃、上でぐっすりお休みのはずよ。さっき、返事がなかったでしょう? 中尉ルテナントに頼んで、夕食のワインに睡眠薬を混ぜてもらったの。彼女も離脱派のスパイだからと言ってね」

 ますますひでえ女だ。トレジャー・ハンターってのはライヴァルと目される連中を蹴落とすためなら、何でもするのか? 映画に出て来るような、敵を殺しても何とも思わないような奴より少しはましだが、ひどいことはひどいぜ。カールトン氏も絶句してらあ。

「……総督には何と説明するつもり?」

「そうね、まだ洞窟で宝探しを続けていると言えばいいわ。私たちが制止したのを振り切って、行ってしまったって。合衆国民なら、そういう無茶をしそうでしょう?」

 ため息が聞こえてきたが、ため息を吐きたいのは俺の方だ。無茶をする合衆国民ってのは、映画かエスニック・ジョークの中の存在だよ。

「あまり気が進まないな」

「彼を助けたら、私たちの探し物を奪われるかもしれないのよ? 今までの苦労が無になるわ」

 また、ため息。そして「君の言うとおりにしよう」という元気のない声が聞こえて、梯子を昇っていく音がした。カールトン氏はやけに気が弱い。あまりよくないキー・パーソンに当たったようだ。

「あなたも、私たちと話を合わせるようにね」

「イエス・マアム」

「では、上に行って、女を連れてきて」

 アリシアまで丸め込まれたか。それから、足音が近付いてきた。近くにしばらく立っていたようだが、梯子を降りてくる音が聞こえたら、足音の主はそっちへ行った。じっくり見られなくてよかった。気絶しているふりがバレる。

「男の方には近付けないで。こちらの梯子の下に縛って転がしておけばいいわ」

 アリシアは無言で従っているようだ。彼女もアンジェラのやり口に呆れてるかな。

 しばらくして「先に昇りなさい」と命令するアンジェラの声。アリシアが梯子を昇る音が聞こえ、そこらを歩き回る足音が聞こえ、それからまた梯子を昇る音がして、最後に穴の上の、鉄の蓋が閉じられる音がした。幽閉完了というわけだ。

 どんなに耳を澄ましても上の音はもう聞こえないが、3分ほど待ってから、ようやく身を起こす。20分ばかり寝転がっていただけだが、肩が痛い。足は元どおり縛られている。もちろん、手も縛られている。後ろ手なので、起きるのにもちょっと苦労した。

 しかし、さっきまでと違うのは、尻の下にナイフがあることだ。もちろん、アリシアが置いていってくれたもので、これが“口塞ぎ”の交換条件だ。

 冒険映画なら、“偶然”落ちていたガラスの破片でロープを切って脱出、なんてことになるのだが、「それは無理だわ」とアリシアに鼻で笑われた。

 ただ、ナイフがあっても、後ろ手に縛られているので、ロープを切るのは難しい。何しろ見えないからな。そこで、アリシアはロープの切り方も教えてくれた。といっても、ナイフの握り方と、刃を当てる場所だけだが。

 後は時間をかけて切るだけだ。ほんと、切りにくいわ。10分ほどかかってようやく切れた。手首が痛いし、血の通いが悪くなっていたせいで、指先に力が入らない。もし今、フットボールを渡されて投げてくれと言われたら、狙ったところから1ヤード以上外れるだろう。どうでもいいことだが。

 足のロープも切る。そしてジーンズの裾の中からペン・ライトを取り出す。これもアリシアが入れてくれた。ただし“催眠術”が効いたわけではなくて、彼女は元々、俺を監禁することに反対だったようだ。しかし、彼らの命令には従わなければならない。苦肉の策として、万が一縛られたまま置いていかれた時のための、脱出手段だけは用意してくれた、というわけだ。「最後まで見張っていろと言われたわけじゃないわ」ということで。

 さて、後はイライザのロープを切ってやらないといけないが、眠らされてるというのは予想外だったなあ。

「アーティー、早く私のロープも切って下さいな」

 ありゃ、イライザの声が聞こえた。ペン・ライトを点けて、声がした方を照らす。梯子の根元の少し横にイライザが座って、俺の方を見ていた。

「眠らされたんじゃなかったのか?」

 近付いていって、ロープを切りながら訊く。俺の縛り方よりはかなり緩い。

「使用人がいるのに、軍服姿の男が食事を持って来るなんて、おかしいと思いましたの。食事もワインも全部手洗いに流してしまって、バッグの中に入れてあった非常食だけで我慢したんですわ」

 恐るべき用心深さだな。いったいどこからそんな知識を仕入れたんだか。それとも、金持ちってのは他人に騙されないように、常に気を付けてるのか?

「あなたはどこまで行ったのです?」

「どこにも行ってないよ。ずっとここにいた」

「そうですか。あなたと会話したいと言っても聞いてくれないので、そういうことではないかと思ってました」

 なるほど、それもあって、用心してたんだろうな。

「ところで、出口はどこにあるのです? それとも、上の穴の蓋を開けられますか?」

 イライザが梯子の上を見ながら言う。蓋に付いている錠のことだろう。しかし、あんなのは俺にしてみればチョロいものだ。何しろ、こちら側にも鍵穴が開いてるんだから。

「まあ、何とかするさ。ところで、俺の靴はどこだ?」

 ペン・ライトで辺りを照らす。少し離れたところに放ってあった。水たまりの中だ。拾って履いたら、濡れていた。気持ち悪い。履くときに、ジーンズの裾からこっそりピックを取り出し、胸ポケットに入れておいた。

「上を見てくるから、ちょっと待っていてくれ。簡単な錠のはずだから、たぶんすぐに開くだろう」

「お願いしますわ」

 梯子を蓋のところまで昇る。レヴァーが1本しかないレヴァータンブラー錠。ピックを鍵穴に差し込んでちょいと捻ったら、ものの3秒で開いた。つまらん。本当に最近、難しい錠を開けてないよな。そんなことに不満を持っても仕方ないか。

 ともあれ、蓋を少し開けて外を覗く。心配することもなく、地下室の中は真っ暗だった。蓋を全開にして、下のイライザに声をかける。二人して上がると、元どおり蓋を閉めておく。なぜか、カーペットは巻き上げたままだった。ほったらかしかよ。いや、たぶん後でもう一度入る予定だったんだろうな。俺たちを幽閉したって、ずっとそのままにしておくわけにはいかないだろうし。

「とりあえず、部屋に戻るか。奴らはどうしたかな」

「私たちを下に閉じ込めたからって、安心して寝ているとは思いませんわ。何か次の行動を取っているのではなくて?」

 鋭いな。たぶん、そうだろう。とりあえず、地下室を出る。階段を登り、ドアを開ける時に、見張りがいるのではないかと思ったが、別に俺たちが下から出て来て悪いことはないはずなので、気にしないでおく。

 しかし見張りはいた、と思ったら違った。どうしてアリシアがここに。

「蓋の錠を開けようと思いまして……」

 親切だな。そこまでしてくれるとは思わなかったぞ。どうやって出て来たのか、と不思議そうな顔をするアリシアに質問の暇を与えず、こちらから訊く。

「あの二人はどうした?」

「それが……私を置いて、上官と3人でヘリに乗って、どこかへ行ってしまったのです。離脱派への対抗策を採るということらしいのですが、でも、どうして私が置いていかれたのか、訳が解らなくて……」

 軍人のくせに、その程度のことでうろたえるなよ。しかしその姿は結構可愛いぞ。洞窟の中ではクールな感じで痺れたのに、ちょっと気弱になったら、保護欲をガンガン刺激してくるなあ。どうなってんだか。

 詳しく話を訊こう、ということで、アリシアを俺の部屋へ連れて行く。

「洞窟を出た後、総督のところへ報告に行くから、待機していてくれ、と彼らが言うので……」

 アリシアは二人と別れ、警備員の控え室へ行って待っていた。しばらくすると外からヘリの音が聞こえてきた。彼女が乗ってきたヘリの音だ。慌てて部屋を飛び出し、屋上へ行くと、ヘリは飛び去った後。そこにいた警備員を捕まえて訊くと、「離脱派への対抗策を……」ということだったらしい。

 もちろん、ヘリは彼女の上官が操縦しているはずだ。極秘の任務なので、総督と警備主任――その場にいた警備員というのがそうだったらしい――にしか報せなかった、ということなのだが、アリシアはどうして自分にすら言ってくれないのか、と呆然としたそうだ。

 無線で上官を呼び出すも通じず、どうしていいのか解らなくなったが、俺たちのことを思い出して、とにかく助けようと思い、鍵を持って地下室に降りかけていた、というわけだ。

 しかし、よく解らん話だな。宝探しに協力させたのはアリシアなのに、なぜ今になって上官の方に乗り換える? この後、アリシアが手伝うと何か不都合があるのだろうか。ところで、宝は見つかったのか?

「見つかったという連絡は受けました。そして、安全な場所に移したとも。ただ、それがどこだか、私は知りませんが……」

 置き去りにして行くくらいなんだから、言わないだろう。しかし、上官と連絡が取れないんだったら、後は戻ってくるのを待つか、それともどこへ行ったかを総督に訊くくらいだな。

「総督に話を訊くべきですわね」

 イライザも同じ考えのようだ。部屋に直接押しかけるのも何だから、まずは話ができるかを電話で訊くか、と思ったら、電話が架かってきた。この部屋にいると、こんなことばっかりだな。

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