#10:第7日 (2) 仮眠の時間
「アーティー、無事でしたか!?」
電話はダーニャからだった。儀式が終わって、戻ってきたらしい。壁の時計は1時半を指しているが、夏時間が始まったので、実際は2時半だろう。
「やあ、ダーニャ、儀式はどうなった?」
「執り行いました。ちょっとしたトラブルはありましたが、大過なく終わりました。そちらに行ってもいいですか?」
こういう時に呼びつけず、自ら出向いてくるのが彼女のいいところだよな。もちろん構わない、と言うと、2分も経たずにやって来た。髪がまだ湿っていて、どぎつい化粧をしているが、恐らく儀式のためのものだろう。それを落とす暇もなく来たということは、ついさっき戻ってきたばかりなのかもしれない。
「そうです。あなたたちのことが心配で、儀式の始まる前や終わった直後に、何度かこちらに電話したのですが、何も問題がないという答えばかりで……」
それなのに、どうして心配するよ。イライザが問題なしという報告をしていたのか訊いてみたが、さっきも言っていた軍服姿の男が1時間おきに訊きに来た、ということだった。その男はもちろんアリシアの上官で、グレン
「9時頃からは、難航しているようだ、という報告を上げたつもりですけれど」
してみると、
ところで、イライザは何時頃から寝ているということになっていたんだろう。9時の報告の後か? 夕方にティー・タイムでもあったのかな。俺の方は水しか飲んでないってのに。そういや腹が減ったな。こんな時にそれを言うのも何だから黙っておくが。
「結局、宝は見つかったのですか?」
「はい、見つかったという報告は受けました」
ダーニャの質問にアリシアが答えた。ダーニャはアリシアが誰だか判っているらしいから、いつだか知らないが顔合わせはしたのだろう。
「それは何時頃の報告ですか?」
「12時です。その前に1時間報告がありませんでしたが、その間に宝を発見して安全な場所に移したと言っていました」
「そうですか」
ダーニャはそう言ってからしばらく黙り込み、俯いて何か考えていた様子だったが、顔を上げて俺の方を見ながら言った。
「変だと思いませんか、アーティー。離脱派のバックには外国の勢力が付いていて、それが総掛かりで狙っているというくらいの財宝なのに、たった二人で、1時間で移動できるようなものなのでしょうか?」
うん、言いたいことは解る。あの無人島で、俺たちが洞窟の天井から銀貨の箱を降ろすだけで、準備まで含めて6人がかりで数時間かかったものな。
「宝はもっと前から見つかっていたか、それとも移動しなくてもいいところにあったかの、どちらかだろう」
「ええ、私もそう思います。ミス・ヒギンズ、どうですか?」
「お二人のおっしゃるとおりでしょう」
ダーニャはアリシアには訊かなかった。アリシアは青い顔で固唾を呑んで俺たちの話に聞き入っている。
「いずれにせよ、ヘリで運び出せるところにある気がする」
「どういうことですか?」
これまでの経緯をダーニャに話す。もちろん、余計な心配をさせないために、俺が殴られて気絶させられたことや、イライザが睡眠薬を盛られて眠らされそうになったことは言わず、彼らの策略によって俺はアリシアと一緒に別のところに行かされていた、ということにした。アリシアも俺の意図が解ったのか、余計なことは言わなかった。
「そういうことでしたか。しかし、ヘリで運び出せるところとなると、洞窟の外ですね。どこか、他に出口があったのでしょうか」
「さあね、どうかな。洞窟内にはまだ未調査になっていたところがあったようだから、そこが外に通じていたのかもしれない」
地図は一瞬見ただけだが、全部調べたわけじゃないのか、と思ったのは憶えている。その直後に殴られて気絶した。
しかし、彼らがヘリに乗って、どこへ何をしに行ったのかは全く解らない。総督に何を報告して、何をしに行こうとしたのかくらいは知っておきたいが、それを総督に訊けるかとダーニャに問うと、「難しいかもしれません」という答え。
「儀式のために停戦は成立したのですが、その期限は夜明けまでなのです。夏時間の7時過ぎです。父はその後の対策会議のため、儀式の後で国会議事堂へ直行しました。今頃は、もう会議が始まっているはずです。もっとも、総督は議事に対して決定権もなく、意見を述べることくらいしかできないのですが……」
むむ、そうすると、あの二人はアリシアに「総督のところへ報告に行く」と言ったらしいが、実際は電話かメッセージで連絡をしただけなのか? アリシアは二人が階段を上がるところしか見なかったらしい。
「とにかく、メッセージだけでも送っておいてくれ。君からなら、総督も見てくれるかもしれない」
「解りました」
ダーニャは
「考える材料が何もない。少し、仮眠を取ろう。こういう時は体力の回復が大事だ」
「そうですね。でも、何もかもが気になって、寝つけないかもしれませんが」
ダーニャは力なく言い、ソファーから立とうとしない。いや、仮眠するんだから部屋に戻れよ。
「父から連絡があったら、すぐにあなたに知らせなければなりませんから、この部屋で仮眠させてくれませんか」
そう来たか。これはさすがに飲まざるを得ない。ただ、この部屋のベッドは一つしかないんだが。
「大丈夫です。ソファーで寝ます」
俺のベッドに潜り込んでくるなよ。それから、化粧を落とせ。イライザもソファーに深く座り込んだままだ。
「いざというときにまとまっていた方が、行動しやすいでしょう? 私もこのソファーで結構ですわ」
まさか、ダーニャに対抗心を燃やしてるんじゃないだろうな。それから、アリシアは……
「君は待機用の部屋は……ないよな」
「はい、夜明けまで滞在することは想定していませんでしたので……」
また女3人と一緒に寝るのかよ。このシナリオを作る奴の頭の中は、いったいどうなってるんだ?
部屋の灯りを消し、ベッドに寝転がってしばらく経ったが、少なくとも二人の女は寝ていない。ダーニャとアリシアだ。
ソファーの背を大きく傾けて寝そべり、目を閉じてじっとしているようだが、5分もすると静かな深いため息を吐いて、寝返りを打っている。飛行機のファースト・クラス並みに豪勢なので、寝ようと思えば寝られるだろう。少なくとも無人島の砂の上よりは寝心地がいいに違いない。
特に、アリシアは軍人なんだから、寝るべき時にすぐ寝られるように訓練しているはずだ。それなのにダーニャと同じように寝返りを繰り返している。
俺だって寝ていないのだが、別に二人の様子を観察しているわけではなくて、洞窟の中での“演繹的推理”の続きをやろうとしているだけだ。何しろ、ステージの終了まで24時間を切ったのに、今回もターゲットに関する情報が全く得られてないからな。
さて、その理由だが、集中するべきイヴェントが間違っているのではないかと思う。例えば前回なら、カウンティング・チーム対策と、F1ドライヴァーの相手という2系統のイヴェントがあった。もちろん、これらは全く無関係ではなくて、裏ではつながっているのだが、一方をほどほどにして、もう一方を深く追いかけていれば、ターゲットのヒントにたどり着くことができただろう。
もっとも、マルーシャに思考を乱されたりするという不測のイヴェントも発生していたのだが、それは単に俺の意志が弱いというか、はっきり言って美人に弱いのがいけないのだが、それはこの際置いておくとして、今回の場合なら、宝探しと離脱派対策だ。
一見して宝探しの方が有望に思えるし、この二つは完全につながっているかのようだが、果たしてそうなのか。もし宝探しでターゲットが見つかるのなら、今頃はカールトン氏が獲得の宣言をしているはずだ。ところが、俺のところにはまだ連絡がない。
一人きりになる瞬間がほとんどなかったし、マルーシャのように獲得してもすぐに宣言しないことがあり得るので、宝探しとターゲットは全く無関係とは限らないのだが、それでもやはり宝探しのイヴェントを追うのは、間違っている気がする。
では、離脱派対策の方なのか? ターゲットとのつながりが全く見えないが、離脱派の行動を阻止する、あるいは残留派の行動を支援することで、新たな情報が出て来るということなのだろうか。
仮にそうだとして、俺は何をすればいい? ダーニャは何も対策を持っていないようだし、イライザはさほど興味がなさそうだし、新たな登場人物であるアリシアが何か情報を出してくるとは思えないし。
一人で考えないといけないが、例えば今から行動することは可能だろうか。夜に何かやるのなら奇襲ということになるが、どこへ行けばいいか。
離脱派は港湾と空港を占拠しているらしいから、そこへ行くとどうなるか。誰かの脱出を助けるわけでもないし、誰かが国外から戻ってくるのが判っているわけでもない。
市街地で行動すればターゲットのヒントが見つかるのかもしれないが、当てもなくさまようわけにもいかない。第一のヒントはきっとこの公邸内かもしくは洞窟の中にあるに違いない、という気がするからな。
しかし今のところ、どちらも探しに行くことはできない。カールトン氏は何かヒントを見つけて、それでヘリに乗って行ったのだろうか。だが、ヘリで行かねばならないようなところってのはどこだ?
今は停戦中らしいが、通行規制をしているかもしれないから、車で行くのはやめておいた方がいいだろう。夜が明けたら戦闘?が再開されるらしいから、ヘリで行くのは自由が利くし安全であるという利点はある。だがとにかく、どこへ行ったかのヒントもない。唯一知ってそうなアリシアが知らないんだから。
ターゲットを探しに行ったのか、それとも宝探しの続きか。ダメだな、何も判らない。
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