#10:第6日 (10) 暗闇の会話

 長い間、互いに身動き一つしなかったが、不意にアリシアが左の耳を押さえた。通信が入ったようだ。もちろん俺には何も聞こえない。

 彼女は声を発さず、右手に持った何かを操作している。恐らく携帯端末ガジェットで返信しているのだろう。それが終わると、また動かなくなった。しかし顔はこちらに向けて、眼を細めて俺のことじっと見ている、ように見える。俺も無言で見つめ返す。

 ほのかな灯りの中、二人で見つめ合って、何となくロマンティックな気がするが、俺の勘違いかもしれない。

 30分ほどしたら、また彼女が耳を押さえ、その後で携帯端末ガジェットを操作する。どうやら30分に一度は定期連絡が来るらしい。しかし、最初に予定していた5時間をもう過ぎたのではないかと思うが、あれはアンジェラが思い付きで言っただけかもな。俺を地図に注視させて、注意力を奪うために。

 それにしても、手足を縛られたまま座っているので、姿勢が悪くて、腰が痛くなってきた。1ヤードばかり後ろに洞窟の壁があるので、手と足と尻を使って座ったまま後ろに下がってみる。7ヤード先の美女は俺の動きを見ても、何の反応も示さない。

 壁にもたれることができて、どうにか楽になったと思っていたら、ようやく美女が腰を上げた。そしてこちらの方へ歩いてきて、何をするのかと思ったらランタンを取って、俺の足下に置いた。そうしないとよく見えない、ということだろうか。そしてしばらく俺の方を見下していたが――もちろん俺も彼女を見返していたのだが――、彼女はおもむろに腰に付けていた何かを引き抜くと、いや、明らかにナイフに見えるのだが、俺の方を鋭い目で一睨みしてから……しゃがみ込んで、俺の足のロープを切った。

ご親切に感謝するよアイ・アプリシエイト・ユア・カインドネス

「手の方は切らないわよ」

解ってるさオール・ライト

 どうやら少しは催眠術が効いたらしい。アリシアがまた元の場所に戻る。

 それから1時間が過ぎ、連絡が2回あった。もう11時か。腹が減ったな。宝探しはいつ終わるだろう。儀式はやるのかやらないのか。イライザは一人で夕食にありついてるんだろうなあ。

 アリシアは、むむ、何か食べている。ビスケットか? 水も飲んで、いや、その水筒、さっき俺が口付けたやつだろ。いいのか? まあ、止めるようなことじゃないか。

 俺の顔が物欲しそうに見えたのか、視線を背けてビスケットを食べている。別に、欲しいなんて言わないって。

 それにしても、今回はやけに保存食が出てくるなあ。まともな食事はイライザの邸宅コテージで食べただけじゃないか。ここの昼食だって大したことなかったし。

 アリシアはどうやらビスケットを全部食べ終わったらしい。どうして俺の方を睨むんだって。また動かなくなった。

 さっきの連絡から30分ほど経ったが、アリシアは耳を押さえない。5分経っても10分経っても連絡はないようだ。もうすぐ12時だろ。そろそろ終わってもいい頃だと思うけど。

「探検隊からの連絡がないみたいだな」

 またアリシアに睨まれたが、30秒ほど経ってから答えが返ってきた。

「中継器が足りなくなったから、しばらく連絡をしないと、さっき言ってたわ」

「しかし、ずっとしてこないわけじゃあるまい。何時に終わるかの目安を言ってたんじゃないのか?」

「目安は1時よ。儀式が終わる時間だから、正確には夏時間の2時まで」

「彼らが戻ってきたら、また俺は気絶させられるのかな」

「それはしないわ。でも、足は縛らないと。それに、私がいろいろ喋ったことは彼らには言わないで」

 黙ってろと言われてたみたいだからな。しかし、これで彼女に交換条件を提示する余地ができたが、利用すべきかしないべきか。

「君が口を塞いでくれたら言わないさ」

 普段なら言うだけで鳥肌が立つような台詞だが、彼女には効くかなあ。たぶん効かないと思うな。軍人がこんな安っぽい言葉で心を動かされたら、それこそ問題だし。

「そうね、万が一の時にはそうするわ」

 腰の銃に手をかけながら言うなよ、本気かと思うだろ。

 さて、彼女を籠絡するのは諦めるとして、宝がどこにあるのか、演繹的に推理してみるか。

 恐らくは、今まで発生したイヴェントの中に、ヒントがあったんだろう。しかし、俺の方とカールトン氏の方では別のイヴェントが発生しているわけで、そうすると何らかの共通性を見出さないといけないわけだ。

 俺のスタート地点は無人島、彼はジャングルの中。俺がダーニャたちを見つけたのは海岸、彼は恐らくジャングルの川か。俺の宝探しは洞窟の中で、彼らは……アンジェラはマヤの遺跡を探検に来たということだったな。しかし、マヤの遺跡はたぶんジャングルの中に埋もれているんであって、洞窟とは関係ないだろう。

 マヤの集落といえば、ここもそうだが、水源となる泉が付き物で、そこに財宝が眠っていることがあるはずだ。それなら、俺の方にも似たようなものがあった。水浴びの洞窟の地底湖だ。ただ、あの時見つけたのは翡翠で、しかも大した価値じゃなかった。

 アンジェラたちは金の塊でも見つけたのか? まさか。マヤは金属とは無縁の文明だったと聞いたことがある。金で有名なのはインカ文明だ。マヤ文字の写本コーデックスの方がきっと価値が高いぜ。

 しかし、それ以外には、もうイヴェントなんてなかったじゃないか。変だな。じゃあ、まだここに来ていないもう一人には、どんなイヴェントが起こってたんだ?

「ヘイ、上等兵ランス・コーポラル、こことジャマイカの間に国はあるか、知ってるかい?」

「メキシコ。ユカタン半島があるわ」

 突然訊いたのに、よくそんなすぐに答えられるな。

「その先には?」

「カリブ海」

「キューバはもっと北の方? 島国は一つもないのか」

「ケイマン諸島」

 なるほど。あそこはまだ連合王国の海外領土だったか? 確か三つか四つの島で構成されていたんだったと思うが、もう一つ小さな無人島を付け加えて、そこに飛行機を墜落させる、というシナリオだったんじゃないのかな。

 架空世界なら、できるだろう。俺の方だって、どこか別のところから持って来たような島だったし。

「どうしてそんなこと訊くの?」

「この後、君と一緒に旅行に行くなら、どこがいいかと思ってね」

 だから、つまらない台詞を聞く度に拳銃に手をかけるのはやめろって。

 ところで、ケイマン諸島だったな。あれだって、珊瑚礁の島だ。洞窟の一つや二つはあるだろう。となると、状況は俺の方と同じ。いや、もしかしたら、島その物も同じだったかもしれないな。データをコピーすりゃいいだけだし。

 そんな細かいことはどうでもよくて、第三の競争者コンテスタントに起こったイヴェントが俺とほとんど同じだったとしたら、やはりカールトン氏との共通イヴェントがない。

 じゃあ、ここでの宝探しのヒントはどこにあるんだ? あるいは、キー・パーソンがそれを知っているのだろうか。しかし、アンジェラはプロのトレジャー・ハンターなのに対して、イライザは素人で、しかも自分では宝探しをしない。本はよく読んでいて、知識は持っているようだが、それがここで役に立つとはとても思えないな。

 さて、これ以上どうやって推理を進めたらいいんだろう。第三の競争者コンテスタントは何の競技のプレイヤーなんだ? 俺がアメリカン・フットボールで、カールトン氏がアソシエーション・フットボールで、そうすると無名氏はラグビー・フットボールだろうか。そんなことが判っても何の意味もない気がする。

 他には……どうしてアリシアはここにいるんだ? 彼女は、カールトン氏の側の人間だろうに、なぜ彼と一緒に行動せず、俺を見張る役なんかをやらされてるんだ。それに俺の方には、こんな役目をしてくれそうな登場人物はいなかったぞ。それとも、イライザの伝手を頼れば、軍人を引っ張り出せたのかね。

「カールトン氏のことは以前から知ってた?」

「あなたって、つまらない質問が多いのね」

「君が親切に答えてくれるからさ」

「いいえ、私は知らなかったわ」

「君の同僚は知っていた?」

「ほとんどが知っていたみたいね」

「じゃあ、彼をここへ輸送する任務に志願した奴も多かったんじゃないのか」

「それは知らないわ」

「なぜ君が選ばれたんだ?」

「ヘリの操縦が一番うまいからよ」

 ほう。なら、カールトン氏の“催眠術”にかかっていない可能性があるな。もしかして彼女は中立の立場のキー・パーソンか? ただ、カールトン氏がここに来られなければ、彼女の出番はなかったわけだし、そんな不確実な人物は配役にないだろう。

淑女レディー紳士ジェントルマンは君の操縦を褒めていたかね」

「ええ、一言だけど」

「俺も君の操縦するヘリに乗ってみたかったな」

「そんなチャンスはないと思うわ」

「俺をここに残して行くから?」

「さあ、それは私には判らないけど」

「じゃあ、なぜ俺にチャンスがない?」

「帰りは誰も乗せる予定がないからよ」

 それに、誰を乗せるかは彼女の一存で決めるわけでもないだろう。彼女は上等兵で、上官がいるし。もっとも、何か緊急事態が発生して、彼女の上官が乗せていいと判断したら、乗せてくれるだろうな。さてこの後、何が発生するのか。クーデター、かな?

「ヘリの操縦歴は何年?」

「待って」

 また、アリシアが耳を手で押さえた。ようやく連絡が来たらしい。さっきまでと同じように、携帯端末ガジェットを操作する。それから立ち上がって、ゆっくりと俺の方へ歩いてきた。

「残念だけど、答える時間がなくなったわ」

「一言で答えられるだろうに」

「答えたら、あなた、また次の質問をするんでしょう?」

 ご明察。しかし褒める間を与えてくれず、アリシアはナイフを取り出してきた。ランタンが灯っているだけなのに、やけに煌めいて見える。

「ロープを切って逃がしてくれる、というわけじゃなさそうだな」

「もちろん。あなた自身が言ったじゃないの。口を塞いでくれって」

 それは万が一の時だけのはず。それとも、俺がつまらない話ばかりするから、気を悪くしたのか? ヘイ、アリシア、そんなに冷たい微笑みはやめてくれよ。

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