#10:第6日 (7) スペインの財宝?
ダーニャの電話が終わると、カールトン氏が改めて訪問の挨拶をしてから話し始めた。
「さて、僕とドクター・キャンベルがここへ来たのは他でもありません。今、この国を悩ませている、英連邦残留派と離脱派の対立について、その解決方法を話し合うためです」
なかなか大きく出たな。俺もダーニャの悩み事を聞いたりするくらいのことならやろうと思っていたが、根本的な解決に手を出そうとは考えてなかったぞ。
そもそも、そういうのは俺たち
「対立を解決するには、対立の原因を知らなければなりません。そこで、ミス・シウ、あなたはその原因をご存じですか?」
ダーニャの顔が曇った。痛いところを突かれている、という風ではないが、どういう意味の表情かな。ところでカールトン氏に言ってやりたいが、ダーニャのことはミス・シウではなくレディー・シウまたはレディー・ダーニャと呼ぶべきだ。イライザはちゃんとレディー・ダーニャと呼んでいたが、サブリナとホリーがミス・ダーニャと呼んでたのが、ずっと気になってたんだ。
「父がはっきりとは話してくれませんでしたので、確信はありません。ですが、噂だけは聞いています」
「そうでしょう。あなたの姉さんのミス・イズーラ・シウも同じことをおっしゃっていました」
「ですが、あなたはなぜご存じなのですか?」
「僕が知っていたのではありません。ドクター・キャンベルが調べてくれたのです。彼女は世界的な情報網を持っているので、この国の問題についても、普通の人ではとうてい知り得ないことまで調べることができたのです」
そういうのって、ありなのかよ。それとも、俺もイライザに頼めば色々調べてもらえたのか? いや、イライザは勝手に調べてるんだけれども、俺には言ってくれてないだけかもしれないな。彼女は知ってることを何でも得意気に話すタイプじゃないから。しかも彼女を頼ると、交換条件を色々と出されるから困るんだよなあ。
「ミスター・ナイト、あなたはご存じでしたか?」
「いいや、全く」
「ミス・ヒギンズは?」
「知っています」
やっぱり。平然と答えられて、カールトン氏は勢いが削がれたように顔を引きつらせている。それでも何とか気持ちを立て直したようだ。
「そうですか。では、言いましょう。いや、ドクター・キャンベルから説明していただいた方が適切かな。ドクター、お願いします」
「では、私から説明するわ。英連邦離脱派の目的は、18世紀にスペインのインディアス艦隊が、この島のどこかに保管していたという、莫大な財宝を探すことなの!」
また宝探しかよ。アンジェラはさも重大そうに言い切ったが、俺としちゃあ、もううんざりだぜ。彼女は年がら年中、宝のことばっかり考えりゃいいのかもしれないけどさ。
聞くところによると、探検家ってのは
「もちろん、残留派もその存在を知っているに違いないわ。でも、どこにあるかまでは知らないはずよ。そもそも、バーミージャが連合王国から独立する際に、その財宝を隠したまま保管し続けるという秘密の条約を結んでいるために、あえて探さなかったのだという噂だわ。でも、手掛かりはあるの。この建物の地下からつながっているという、巨大な洞窟がそれよ!」
アンジェラは最後の言葉を言う時に語気を強め、得意気な表情になって全員を見回した。映画か舞台の女優気取りだな。しかし、宝探しという言葉を聞いた時点からある程度のことは想定していたので、俺は全く驚かなかった。
ダーニャは無表情、イライザは本こそ閉じているものの、アンジェラとは視線を全く合わせようとしない。映画ならここで各人の顔をカットバックで挟むだろうが、誰も驚いてないから絶対撮り直しになるぜ。しかし、アンジェラは満座の注目を一身に集めているかのような、いささか芝居がかった態度で話を続けた。
「この建物自体、洞窟を隠すために建てられたのだと言われているわ。離脱派はこの建物を占領した上で、洞窟の中を探そうとしてるの。だから、先に財宝を探し当ててしまって、どこか安全なところへ移した上で、そのことを発表してしまえば、離脱派は政権を奪取する目的を失って、諦めるってわけ」
本当かよ。そうだとしても、今から30時間以内にできるのか? ターゲットがその財宝の一部だってのならともかく、もっと確証のある話をしろっての。あるいは、宝を探すのが主目的で、政権がどうのこうのって言ってるのは付け足しなんじゃないのか。それこそ手段と目的の入れ替わりだ。
で、得意そうな表情になってるけど、話は終わり? こっちに何か意見を求めてるのかよ。
「イライザ、君の知ってる話と同じか?」
「ええ」
「それで、俺たちに宝探しを協力しろってのかね」
俺が訊くと、アンジェラに代わってカールトン氏が答えた。この二人の役割もよく解らんな。
「そういうことですよ。何しろ、僕とドクター・キャンベルだけでは人数が少なすぎる。他には、僕たちをここへ運んでくれたヘリの操縦士がいるので、彼女にも頼めば手伝ってくれるかもしれませんがね。しかし、彼女は明かな部外者ですし、3人でも少なすぎると思いましてね」
むむ、ヘリを操縦してきたのはアンジェラじゃなかったのか。陸軍航空隊と言ってたようだから、軍人? しかも女? まあ、女だからといって気にするようなことじゃないんだけど。それに、俺やイライザや君らだって明らかな部外者だろうよ。
「しかし、探すにあたっては総督の許可が必要なんじゃないか。許可はもらったのか?」
「まだです。しかし、ミス・イズーラ・シウは同意してくれています。ミス・ダーニャ・シウにも同意をいただいてから、総督に相談しに行こうと思いましてね。総督は娘さんたちを非常に大事にしてらっしゃるらしいので、彼女たちからも進言していただく方が許可が取りやすいと思った次第ですよ」
じゃあ、まずダーニャの考えを聞こうか。俺の問いかけに、ダーニャはしばらく考えた後で言った。
「そのようなことを、あなた方に依頼してよいのかどうか、私には判別が付きません。姉は本当にあなた方の考えに賛成したのですか?」
「もちろんです。電話で確認していただいても結構ですよ」
「いいえ、二人きりで話したいので、後で姉のところへ行きます。ですが、今の時点では、私はあなたたちの考えに反対はしません。どうぞ、父の判断を仰いで下さい」
「イライザ、君は?」
「財宝を探すのには賛成しますが、残念ながら私はお手伝いができません。行動することに慣れていませんので、足手まといになると思いますわ。ただ、後方支援としてならお手伝いできると思いますけれど」
「なるほど。あー……」
カールトン氏は困ったという表情をして、アンジェラの方を見た。
「ええ、それでも結構よ。邸内で待機して、洞窟内と連絡を取る係が必要だと思っているから、それを担当してくれれば」
「そういうことならお手伝いできるでしょう」
「では、ミスター・ナイト、あなたはいかが?」
承諾する以外に選択肢があるのかな。
「まさか、レディー・ダーニャやレディー・イズーラも手伝わせるとか言うんじゃないだろうな」
「それはありませんよ。人数は多いに越したことはないですが、彼女たちを危険な目に遭わせるわけにはいきませんからね」
そうは言っても、ダーニャは俺たちの宝探しを手伝ったんだがな。しかも30フィートの高さの縄梯子を渡ったり、そこから降りたりしたんだぜ。あれだってかなり危険だったと思うが。
「俺とヘリの操縦士を加えても4人だが、それで足りるのか?」
「ドクター、どうです?」
「ええ、4人か5人くらいがちょうどいいのよ。もちろん、洞窟内を大規模に捜索するならもっと人数が必要だけれど、今回は地図がありそうだから」
「大規模……洞窟は広いのか?」
「広いけど、大部分は捜索されているのよ。まだ捜索されていないところを中心にすればよくて、それも目処が立っているわ」
本当かね。プロのやり方に注文を付ける気はないけどさ。そういや、無人島の洞窟はどれもほぼ一本道だったな。枝分かれは一つしかなかった。だから素人ばかりでも探索できたわけで。
「そういうことなら、手伝ってもいい。いつから始めるんだ?」
「もちろん、総督に承諾をいただいてからですよ。1時間後くらいでしょうか」
「じゃあ、それまでここで待っていよう」
「結構ですとも。では、また後で」
カールトン氏とアンジェラは意気揚々と部屋を出て行った。さて、ターゲット探しをせずに宝探しをしてて、本当にいいのかなあ。
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