#10:第6日 (6) 儀式の資格

「アーティーとミス・ヒギンズに話していただく時間がありませんでしたね」

 昼食の後、なぜかダーニャが俺の部屋まで付いて来て、勝手にソファーに座り込んで独り言を呟いている。しかもイライザまで来ている。イライザは本を読んでいるが、それなら自分の部屋か図書室に行った方がいいと思う。

「話なんて口のうまい奴に任せておけばいいのさ。俺たちの話をするとなると、言っていいことと言わないでいいことを、いちいち考えながらしゃべらなきゃいけないから、頭が疲れる」

「でも、私は両親に、アーティーやイライザへ感謝の言葉をもっとかけて欲しかったのです」

 そんな言葉をかけてもらっても、ターゲットの獲得には何の役にも立たないから、要らないよ。お礼に伝説の宝の話をしてくれるわけもないしさ。

「ところで、もう一人の姉からは連絡はないのか」

「ありません。ジャマイカのキングストンの高等弁務官とは連絡が取れたのですが、昨夜のうちに秘密裏に出国したらしいということしか判らないのです」

「しかし、離脱派に拘束されたのなら、それもどこからか情報が漏れてくるんだろう?」

「それはそうだと思いますが……」

「出国した方法は?」

「飛行機です。民間の航空会社を利用したようですが、行き先は判りません。ただ、恐らく第三国を経由して帰国するだろう、ということくらいしか」

 出国できたということは、何かしら有力な手蔓コネクションがあったということだが、何かしらやり方に間違いがあったんだろうな。“ゲーム”なんだから、何かの条件を満たさないと帰国できないんだろ。

「まだ心配するような時間じゃないさ。俺たちみたいに、一気にここに乗り込むような作戦じゃなかったんだろうよ。夜闇に紛れて上陸しようとしているのかもしれない。何しろ、もう二組も戻ってきたんだ。離脱派も相当警戒しているだろう。慎重にやらないとな」

「そうだといいのですが」

「ところで、儀式はできそうなのかね。君の姉さんが担当するのか?」

「できるかどうかはまだ判りませんが、やれるとすれば私が担当します」

「君の姉さんの順番だったのに?」

「姉には資格がなくなりましたので」

 資格? 女が儀式をやる時の資格っていうと……あー、もしかして、純潔でなくなったってやつかね。というか、君の姉さんってついこの前まで純潔だったんだ。あの容姿で。よっぽど男との付き合いが少なかったんだろうな。うっかり外に出たら、一撃でやられたってわけだ。

「レディー・ダーニャはまだ資格をお持ちなのですね」

 イライザが本から目を上げて言った。

「はい」

「それをどうやって証明するのですか?」

「具体的な証明方法はありません。私の言葉だけです」

「そうですか」

 イライザはまた本に目を落とした。今の質問は一体何だったんだろう。俺を疑ってる? まさか。

「俺からもいくつか質問していいかい」

「どうぞ」

「君たち三姉妹がみんな資格を失ったら、次から儀式は誰が担当するんだ?」

 この世界は明日で終わりなので、心配するようなことではないが、今夜の儀式の前にダーニャが資格を失うという可能性もないではない。誰が彼女から資格を奪うのかはさておくとして。

「資格を持っているのは、シウ家の女性だけではないのです。他にもかつての王家につながる家系があり、継承順が決まっているのです。現時点では20人以上の有資格者がいますから、途絶える心配はありません」

「総督の家族であることは関係ないのか」

「全く関係がないわけではないです。総督に選ばれる家系は、継承順の上位であることが多いですから」

「それで、儀式ってのは何をするんだ?」

「ああ! まだ言っていませんでしたね」

 公邸の建つ台地の西側の崖下に“聖なる泉”がある。夜中の12時にそこへ神に捧げるための供物を沈め、その後“生け贄”が水浴する、とのこと。

 生け贄というと儀式の最中に殺されるイメージがあり、もちろん大昔はそうだったのかもしれないが、少なくとも数百年前からはもっと平和的な儀式になっていたそうだ。

「マヤの儀式の流れを汲んでいるはずですが、島特有の事情によって変遷を遂げてきたのでしょう。かつての儀式の内容については一部が絵文字として残っているのですが、内容が変わった理由は伝わっていないのです」

 恐らくは人口を減らさないためにそうしたのだろうが、理由はどうあれ儀式のために人の命が奪われないのはいいことだよ。で、水浴すると言っていたが、もちろん水着は着ないんだろうな。

「観光客も儀式を見られるのかね」

「いいえ、一般の観光客には公開しません。国民でも、特定の家系と、特に理由があって招待された人だけ見ることができます。もっとも、数十年前からは儀式の様子を映像で公開していますので、アーティーやイライザにも後で見てもらうことはできます。一部分だけですが」

 さて、見ている暇があるのかどうか。

「儀式をやる日は決まっているのか」

「はい、春分日ヴァーナル・イクィノックス秋分日オータムナル・イクィノックス以降の、最初の満月の日です。年に2回あるのは、春は豊穣を願う祈りを神に捧げ、秋は豊穣に対する感謝のためです。ああ、それから、この儀式の日が、夏時間の始まりの日と終わりの日です。どちらも儀式は午前0時から始まりますが、春は儀式が終わると午前2時、秋は儀式が終わるともう一度午前0時になります」

 合衆国では夜中の2時に切り替える。それが国によって違っていても、どうということはない。国家間の連絡の時に、多少時間に気を使うくらいだな。

 ともあれ、儀式のことはだいたい判った。さて、その儀式がターゲットの獲得に関係しているのではないかという気がする。もうちょっと突っ込んでダーニャに訊きたかったのだが、突然、電話が架かってきた。出ると女の事務的な声で「レディー・ダーニャがそちらにいらっしゃいますか」と。

「君にだ」

 ダーニャに代わる。ダーニャは何度か相槌を打ったり、解りましたと答えたりしていたが、電話を置いてから言った。表情が優れない。

「儀式の交渉は難航しているようです」

「離脱派にとっては大事な儀式じゃないということなのかな」

「王家に縁の深い儀式だからでしょう。現に、離脱派の関係者で、儀式に招待されている人はほとんどいませんから」

「じゃあ、今回は離脱派の重鎮も特別にご招待するってのはどうだ」

「彼らもそれを要求しているようです。何人招待するか、誰を招待するかで揉めているのだとか」

 相手の都合かよ。揉める交渉事ってのはだいたいそうだよな。革命派ってのは、内部分裂が多くて意見が統一できてないんだ。

「何時までに決まらなかったらお流れなんだ?」

「日没までです」

 6時くらいか。まだあと4時間半以上あるが、だらだらと協議するとすぐに経ってしまいそうだな。向こうの狙いもそれかもしれないが。

「儀式の場で君が離脱派に狙われることはないかな」

「それは国民の反発を招くと思うので、しないと考えたのですが」

「海外では君を拘束しようとしたのに?」

「国内と海外では印象が違うのですよ。海外で拘束したら“無事に保護した”と言い訳することができますから」

 そして帰国させる時に色々と条件を付ける訳か。しかし、相手も切羽詰まコーナードってきたら何をするか判らないと思うんだがなあ。

「じゃあ、儀式の手伝いをさせろとか」

「それは……あるかもしれません。儀式には、供物を泉の近くまで運ぶ男性、それを泉に投げ入れる男性、そして私の水浴を介添えする男性が必要です。いずれも王家に縁のある人が務めることになっていて、ほとんどは私の親戚なのですが」

「介添えってのは何をするんだ」

「神に捧げる言葉を奏上した後で、私を泉に突き落とすのです。元は生け贄ですから、供物を泉に投げ入れるのと同じ役割です。実際は、突き落とすふりをするだけで、私が自分で泉に飛び込みます。私は飛び込んだ後で、しばらくしたら浮き上がってきて、そのまま水面に浮いているのですが、それを今の儀式では水浴ベイシングと呼んでいるのです。そして、時間になったら介添えも泉に飛び込み、私を助け上げます」

 突き落とすのはともかく、助け上げるのはなかなかかっこいい役回りだな。そこにハンサム・ガイを配したら、国民の注目度が上がるぜ。どうせならストリーミングで生放送したらどうだ。

 しかし待てよ、それが王家とは無関係な、いわゆる平民なら、政変を意味するメッセージになってしまうんじゃないか?

「そうですね、離脱派がそれを狙って、要求をしてくるかもしれません」

「君の親しいボーイ・フレンドに立候補してくれるよう頼んでおいたらどうだ」

「まあ!」

 ダーニャが呆気に取られた顔をしている。まさかボーイ・フレンドがいないとか言うんじゃないだろうな。

「それは思い付きませんでした。とてもいいアイデアですね。早速、提案して、何人か当たってみましょう」

 何人もいるのかよ! しかし、ダーニャが電話しようとした瞬間、電話が架かってきた。さっきからこんな風に電話のタイミングが交錯することが多いな。代わりに俺が電話に出る。メイドの声だったが、ロビー・カールトン氏が俺に面会を求めていて、部屋に伺っていいかとのことだったので、OKの返事をしておいた。

 電話をいったん切り、それからダーニャがどこかに架ける。その電話が終わらないうちに、ドアにノックがあった。やけに早いお越しだな。どうぞカム・インと言うとドアが開いて、メイドの後からカールトン氏とアンジェラが入ってきた。アンジェラが来るとは聞いていなかったな。だからって追い返しはしないけどね。

「おやおや、これは、ミス・ダーニャ・シウにミス・ヒギンズ、あなた方がこの部屋にいらっしゃってるとは存じませんで」

「お話の邪魔になるのなら退出しますわ」

 久しぶりにイライザが口を開いた。というか、俺とダーニャの会話にはほとんど加わらず、ずっと本を読んでいるのだが、一体何をしに来たのだろう。ダーニャはまだ電話中だ。

「いいえ、ミス・ヒギンズ、あなたとも話がしたいと思っていましたから、非常に好都合です。ミス・ダーニャ・シウは電話中ですか。では、しばらく待ちましょう」

 見かけの割に物腰が柔らかいが、口元にずっと浮かんでいる挑発的な笑みが何となく気に入らない。たぶん、彼がハンサムであることに対する俺の偏見だと思う。

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