#10:第6日 (5) よく似た展開

 部屋で1時間ほど待ったが、何の報せも来ない。俺の時は1時間半かかったから、今回も1時間半? しかし2回目なんだから、もうちょっとテキパキやるだろう。

 待ちくたびれたので、電話でメイドに連絡し、ダーニャに会えるか訊いてみた。取り込み中だと言う。しかし、受話器を置いた途端に電話が架かってきて、取るとダーニャからだった。

「アーティー、今からあなたの部屋へ行って構いませんか?」

「いつでもどうぞ」

「ミス・ヒギンズは部屋にいないようですが、あなたのところにいますか?」

「いや、たぶん図書室だろう」

「そうですか。では、すぐに行きます」

 なぜ、イライザが俺の部屋にいるかどうかを気にしたのだろう。しばらくしたら、ドアにノックがあった。開けると、ダーニャとイライザがいた。イライザは手に本を持っている。二人を中に入れ、ソファーを勧めた。

「1時間ほど前、ヘリコプターが公邸上空に飛来して、少し騒ぎになりましたが、お二人はお気付きでしたか?」

「知ってるよ」

「いいえ、ちっとも知りませんでしたわ」

 野次馬根性ラバーネックスがある人間とそうでない人間の違いが、如実に表れてるな。

「そうですか。とにかく、ヘリコプターに乗っていたのは私の姉……上の姉と、彼女を助けてくれた二人の協力者でした」

 うむ、やはり予想どおりだったか。俺もイライザも全く驚いていないが、それを見たダーニャも特に不思議そうにはしていない。自分でも同じようなことをやらかしたからだろう。しかし、1日に2回も公邸に空から不法侵入する連中がいたというのは、大いに驚いていいことと思うんだけどね。

 とにかく、ダーニャの語るところによると、姉――名前はイズーラ――はベリーズへ向かうべく、島から船でメキシコのプログレソへ渡り、そこから車でユカタン半島を縦断する予定にしていた。

 しかし、追っ手を警戒するあまりに、運転手が細い山道ばかりを選んでしまい、数日前の雨でぬかるんでいた道から谷底へ転落してしまった。

 そこへ偶然、前日に飛行機が墜落して遭難した男!が現れ、彼と共に苦難の末、谷底から脱出することに成功。これにはもう一つ偶然が重なり、遺跡探検に来ていた連中――恐らくトレジャー・ハンター――の助力があったらしいのだが、とにかく一昨日、ベリーズにたどり着き、そこで無事に高等弁務官と連絡を取って、ベリーズに駐留していた連合王国の陸軍航空隊にここまで送ってもらった、という顛末だそうだ。

 俺の場合とかなり状況が似ていて、飛行機が車、無人島が谷底になっただけじゃないかと思うが、それは気にしないことにしよう。

「それで、姉を助けてくれた男性は、連合王国のロビー・カールトンというのですが、その名前をご存じですか?」

「知らんね」

「ええ、もちろん知ってますわ。サッカー・プレイヤーでしょう。マンチェスター・ユナイテッドに所属していて、ニックネームは“ゴール前の魔術師ウィザード・オヴ・ゴール・エリア”。3年前のワールド・カップでMVPを獲得したのだったと思いますが」

 さすがにイライザはよく知ってるな。有名人の生き字引ってところか。サッカーとなるとそいつの知名度は世界的で、俺なんかとは比べものにならないだろう。

 ただ、そんなすごい男が、どうしてこんな仮想世界で競争者コンテスタントをやってるんだよ。何か悪い手癖でもあるのか。いや、俺と同じく架空の経歴かも。

「そんなに有名だったのですか。私はちっとも知りませんでした」

「あなたのお姉様は知っていたのですか?」

「ええ、そのようです」

「ところで、お姉様とミスター・カールトンを助けた探検家の名前を教えて下さいますか?」

「ああ、はい、確か、アンジェラ・キャンベルという名前だったと思います。……ご存じですか?」

「ええ、イングランドの有名な考古学者で、トレジャー・ハンターとしても知られている女性です。もっとも、貴重な遺跡を無許可で探検することも多いので、墓荒らしトゥーム・レイダーとも呼ばれたりしているようですが」

 何だかなあ、向こうの方がすごい組み合わせだよな。映画にでもなりそうっていうか、B級映画のシナリオをそのまま持って来たんじゃないか? 目指す宝はマヤの秘宝か、テンプル騎士団の財宝か。

「お知り合いですか?」

「いいえ、私が先方のことを知っているだけで、先方は私のことを知りもしないでしょう。ヒギンズ財閥のことくらいは知っているかもしれませんが、もし知らないのなら私の素性は教えないようにしたいですわね」

「解りました。皆さんを昼食に招待してお引き合わせする予定ですが、あなたの素性には触れないでおきます。アーティーはどうしますか?」

「イングランド人に対するマイアミ・ドルフィンズQBの知名度を確認してみたいから、そのままの肩書きでいいよ」

「解りました」

「ところで、昼食会にドレス・コードはあるのか?」

「非公式なものですので、特に設けるつもりはありません。それに状況が状況ですから、昼食にあまり長い時間をかけるつもりもないのです」

「安心した」

「ですが、あなたの今の服装では、私と釣り合っていませんわ。せめてスマート・カジュアルにしていただけますか」

 イライザが横から口を出す。俺の服装はいつものようにポロ・シャツとジーンズ、対してイライザはスリーヴの膨らんだ白いブラウスに、明るい花柄のロング・スカート。ジェット機を操縦していたとはとても思えない服装だ。

 しかし、スマート・カジュアルと言えるような服はみんな無人島で使い果たしてしまって、まだ洗濯していない。残っているのはインフォーマル、つまり例の帝国騎士の礼服しかない。しかも、靴は無人島で砂だらけになったまま、磨いてないんだよなあ。

 それをダーニャに言うと、「使用人に頼んでみましょう」とのことだった。ダーニャとイライザが部屋を出て、着替えてしばらく待っていると、メイドが呼びに来た。靴も磨いて持ってきた。履き替えて、部屋を出る。

 メイドは隣の部屋のイライザも呼ぶ。イライザはもちろんさっきと同じ服だが、髪型が綺麗に整えられていた。化粧も直したようだ。

 食堂へ連れて行かれ、椅子を勧められ、しばらく待っていると、見るからに粗野な感じの二人組が入ってきた。

 男の方は短い黒髪に無精髭、赤みがかったチェックのシャツの前をはだけ、グレーのインナーは裾を出しっ放し、黒のデニム・パンツは裾が長すぎて、しかもよれよれだ。これで顔がハンサムでなかったら、ドレス・コード以前の問題になるだろう。

 女の方は身体にぴったりとフィットしたカーキの袖なしスリーヴレスシャツに、ベージュのデニム・ショーツという、冒険映画から抜け出してきたのかと言いたくなるような出で立ち。こちらも美形であることだけ――ただし、きつい性格が見え見え――が救いと言いたいな。要するに君ら、着替えを持って来てないんだな?

 二人して愛想笑いを浮かべながら挨拶に来たので、仕方なく立って握手をする。自己紹介の内容は、イライザに聞いたとおりだった。

「マイアミ・ドルフィンズ。ああ、よく知っていますよ。僕はMLSのインター・マイアミでプレイしたことがあるんです。フットボールも合衆国ではNFLの人気には敵いませんね」

 そんなのはドルフィンズを知っていることにならない。もっとも俺だって、マンチェスター・ユナイテッドというチーム名しか知らないからイーヴンだ。

 アンジェラの方は“精悍な”地顔をなるべく柔和に見せようと、無理して笑顔を作っているようだ。別に、俺に対して愛嬌を振りまく必要なんてないと思うのだが。

「ああ、あなたもフットボール・プレイヤー? あら、アメリカン・フットボールの方なのね。ごめんなさい、私、合衆国のスポーツには疎くて」

 いや、むしろ合衆国のスポーツに詳しい英国人イングリッシュがいたら感心するけどね。

 しばらくしたら、総督夫妻とダーニャ、そして姉のイズーラが来た。イズーラはもちろん初めて見たが、ダーニャに似た美形で、ダーニャよりもスタイルがよくて、要するに胸も尻も大きくて、なおかつ“色気アモラス”がある。カールトン氏は彼女の誘惑を退けることができただろうか。いや、彼は誘惑に好んで乗るタイプに見える。偏見? そうかもしれない。

 総督夫人はいかにも中央アメリカ系という感じで、彫りが浅く、さほど特徴のない顔立ちだ。この夫妻からダーニャとイズーラが生まれたというのはちょっと信じがたい。恐らくシナリオの都合でそうなっただけだと思う。

「皆さん、この度は私たちの二人の娘の帰国にご助力いただき、大変ありがとうございました。改めてお礼申し上げます。ごゆっくりと昼食をお楽しみ下さい」

 総督はそう挨拶したが、今は非常時で、ゆっくり楽しむ暇があるのかどうか。そういう事情はお互い解ってるだろうし、今さら言わないよ、ということかな。

 料理は前菜がグリーン・ピースとミントのスープ、メイン・ディッシュが皮ごと焼いたポテトにミート・ソースやサワー・クリームを詰めたもの、それにサンドウィッチ? グリルしたチキンとマッシュルームが詰まっていて、それなりに食べ応えはあるが、もしかして料理はこれだけなのか。さすが英国風、シンプルだな。後はアフタヌーン・ティーをどうぞ、というところか。

 それにしても、カールトン氏とアンジェラはよくしゃべる。イズーラを助けて、ベリーズへ行って、ここに戻ってくるまでの詳しい顛末を、すっかり聞かされてしまった。もっとも、俺に向かって話しているのではなくて、総督夫人に聞かせるためだ。

 あり合わせの道具で狩りをして飢えをしのいだり、飛行機や車の廃材で筏を作って川を下ったりするところなんかは、冒険映画そのままだし、最後の陸軍航空隊に協力を取り付けるところは、二人して有名人であることをフルに活用したという感じだったな。

 俺たちの方は、同じく知名度を活用するにしても、離脱派に気付かれないように最小限でひっそりとやっていたのに、ここまでド派手にやってもよかったのかという気さえする。いかにもハリウッドのプロデューサーが喜びそうな筋だったが、多少は作り話が入ってるんじゃないのか?

「まあ、大変なご活躍ですこと。現実のこととはにわかに信じられませんわ」

 総督夫人は心底感動しているらしいし、イズーラは熱っぽい視線をカールトン氏へ送りっぱなしだ。この後で俺たちの方の話をすると、あまりの平凡さに座が白けるんじゃないかな。もう昼食は終わりそうだから、話をする時間はないと思うけどね。

 それより、アンジェラの遺跡探検の方はどうなったんだろうか。俺たちの方では無人島から財宝の一部を発見したけど、彼女たちの方はまさか成果なしということはあるまい。ここで話さないだけで、きっとマヤの知られざる遺跡を発掘したりしたんだろう。貴重なマヤ文字の写本コーデックスを見つけたんじゃないかね。訊いても話してくれないだろうけど。

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