#10:第6日 (8) 洞窟探検・その2

「彼らを信用するのですか?」

 冒険家の二人が出て行ってしばらくすると、イライザが訊いてきた。

「財宝が本当にあるかどうかより、離脱派の狙いが本当にそれかどうかの方がポイントだろう」

「それはそうですね」

「それについては君はどれくらい知ってるんだ?」

「信憑性の高い噂に過ぎませんわよ」

「ダーニャ、君はどう思う?」

 さっきからダーニャはずっと不機嫌そうにしている。

「私は、彼らを信用するべきではないと思います。あなたに注意するのは姉と話をしてからと思っていましたが……」

「しかし、君も離脱派の狙いについては本当かもしれないと思ってるんだ」

「ええ、それはそうですが……」

「じゃあ、ちょいと確かめて来るくらいは問題ないだろう」

 俺がそう言っても、ダーニャは納得がいかないというような顔のままだ。

「それがあなた自身の考えであれば……」

「とりあえず、君は姉さんと話をしてきたらどうかな」

「そうします。また来てもいいですか?」

「どうぞ」

 ダーニャが出て行った後で、イライザに訊いてみる。

「君も、彼らを信用するべきじゃないと思ってるようだな」

「もちろんです」

 イライザは相変わらず冷静な表情を変えない。徹底したポーカー・フェイスなので、はったりブラフが効かないのが困る。

「その割に、君も財宝のことは調べてるんじゃないのか?」

「それももちろんですわ」

「図書室でいい資料は見つかった?」

「図書室にそんな資料は置いておかないでしょう」

「じゃあ、どこに置いてるだろう」

「総督の執務室か、寝室でしょうか」

「それだと入手するのが難しそうだな」

「あの二人が何とかするでしょう」

 まあ、そうだろうな。総督にきちんと話をすれば、資料は出してもらえるはずだ。ただ、あの二人が信用されるかどうかだけが問題で、しかし少なくとも俺よりは信用してもらえるだろう。英国人イングリッシュだから。

「ところで、君は何の本を読んでるんだ?」

「マヤの歴史に関する文献です。なかなか面白いものですね」

 学習熱心でいいことだな。しばらくすると電話が架かってきて、ダーニャが部屋に行くと言ってきた。もちろんOKしたら、すぐに来た。呆れたような顔をしている。

「姉はミスター・カールトンにすっかり心を奪われてしまっているみたいなのです。彼のことは何でも信用すると言って、お話になりません」

 奪われたのは心だけじゃないんだろ。でも、仕方ないじゃないか。それがキー・パーソンに対する競争者コンテスタントの能力の一つなんだから。俺だって本気を出せば……まあ、この仕様はあまり好きじゃないから、使いたくないんだけれども。

「心配するな。少し覗いてくるだけだよ。怪しいと思ったら、怖くなったと言って逃げて帰ってくるさ」

「あなたが臆病者と思われるのは、とても悔しいのですが」

 なぜ君がそんなことを気にする。いや、イライザも逃げるのは臆病者とそしられると言っていたか。でもQBクォーターバックってのはいつもディフェンスから逃げ回ってんだよ。俺はスクランブルは得意じゃなくて、倒されながらでもパスを投げるけど。

「自陣から逃げるのはいけませんが、敵陣から逃げるのは良策になることが多いですわ。気にしないことです」

 そういうものかね。確かに、フットボールでも4thフォースダウン・ギャンブルは敵陣ではするけど、自陣ではめったにしないからな。いや、全く関係ないか。

「そういうことだから、君は気にせずに、儀式の準備を進めてくれ。協議はどうなっている?」

「何も連絡がありません。まだ続いているようです」

 総督が協議しているのかと思っていたら、担当は内務長官だということだった。総督には政治的な権限はなくて、政府の決定を追認することしかできないらしい。

 とにかく心配しないように言ってダーニャを部屋に追い返し、イライザと探検のことで相談する。

「後方支援で連絡係が必要と言っていたが、誰と何のために連絡するんだろう?」

「さあ、総督から探索中止要請があったら、それを洞窟内に伝えるくらいでしょうか」

「伝えたとして、彼らが中止するかね」

「あり得ませんね」

「じゃあ、君にを手伝わせるために、そういう役割を作ったわけだ」

「そうでしょう」

 勝手な動きをされないために、かな。ターゲットを探すのを阻止する……いや、それはイライザとは関係ないか。じゃあ何だろう。とにかくいろんなことに用心しておくか。

 ついでに、イライザがどこで財宝の噂を聞いたのか尋ねようとしたら、ドアにノックがあって、カールトン氏とアンジェラが笑顔で入ってきた。ただし、アンジェラは普段笑顔に慣れていないのか中途半端な表情に見える。俺の好きなタイプではないからそう見える、というのではないと思いたい。

「やあ、みなさん、喜んで下さい、総督から探検の許可をもらいました。洞窟の地図もくれるそうです。もちろん、測量の結果が描かれているだけで、財宝の在処は書かれていませんがね」

 ずいぶん早いな。総督公邸の下のことだからって、総督一人が納得すればいいってものじゃないだろ。本来なら議会へ持っていく話だろうぜ。何か弱みでも握ってて、無理矢理許可を取り付けたんじゃないのか。

「探検用の装備は持ってるのか」

「ええ、もちろん。ドクター・キャンベルが色々と用意してくれていました。それに、ヘリの操縦士のアリシア・フォイト上等兵ランス・コーポラルも協力してくれます。後で紹介しますよ」

「イライザはどうすればいい?」

「無線通信機を渡すわ。スクランブル機能が付いているから、外部に傍受されることはないし、洞窟の中にところどころ中継器を置いて行くつもりだから、奥まで入っても通信できるはずよ」

 よくそんな物まで持って来たな。ここに来ると決めた時点で、宝探しをすることも予定してたんだろうか。

「俺は探検に役立つようなものは何も持ってないが」

「もちろん、我々の方で用意しますよ。装備の一部も分担して持ってもらいますが」

「解った。いつ出発する?」

「30分後に地下室に集合ということにしましょう」

 そんなに早く準備ができるのか。やっぱり、最初から準備してあったんだろうな。

 行動しやすいようにいつもの服に着替えて、30分後、イライザと共に地下へ降りた。地下1階は廊下沿いに部屋がいくつかある普通の造りだったが、奥に鉄の扉があって、警備員が立っていた。そいつに頼んで扉の錠――ピンタンブラー式の南京錠パドロック――を開けてもらい、さらに下に降りる。灯りが薄暗くて、いかにも秘密の地下室という感じだった。シェルターだな。ダーニャが避難場所と言っていたのはここのことだろう。

 カールトン氏とアンジェラともう一人、軍服姿の若い女がいる。アリシア・フォイト上等兵ランス・コーポラルのはずだが、なぜ軍人にこんな美人がいるのかと思うほど整った顔をしている。しかも軍服の胸の盛り上がり方がすごい。いや、そんなところを見てはいけないのだが。ほら、むっとした顔をしている。男の視線に敏感なんだな。

 濃い金髪を短く刈っていて、瞳はブルー。ずいぶんと背が高く、6フィートに少し足りないくらいか。カールトン氏に互いを紹介してもらったが、敬礼してくれても握手してくれない。やはり合衆国民のことを嫌っているのか、それとも俺の顔が気に入らないのか。たぶん、両方だな。

「では、このリュックサックを背負って下さい。ヘルメットとライトはこれを」

 カールトン氏が床に置かれた荷物を指す。どうしてこんなに用意がいいのかねえ。俺が準備をしている間に、イライザはアンジェラから通信機を受け取っている。この部屋にいるのが一番通信状況がいいらしいが、地下1階でも受信できるので、ずっとここにいる必要はないらしい。そうは言っても地下1階にだって何もないから、暇つぶしの準備さえあればここのソファーに座っている方がいいだろう。イライザはそのつもりで何冊か本を持っているようだし。

 で、洞窟への入口だが、コンクリートの床に四角い穴が開いていて、梯子で降りていくようになっていた。普段は鉄板の蓋で閉じて錠を掛けて、カーペットで隠してあるらしい。どこかで見たような仕掛けだな。

「間違って、外から錠を掛けないで下さいよ」

 カールトン氏はイライザにウインクを投げかけながら、アンジェラに続いて梯子を降り始めたが、イライザはすっかり無視している。その割に、俺が降りて行く時には顔をこちらに向けて小さく手を振ってくれた。ただし表情は冷笑だったが。

 俺の上からアリシア上等兵が降りてくる。身体が大きいせいで、尻も大きい。あまり見ていると顔を蹴られそうなので、さっさと降りなければならない。

 30フィートほど降りたら横穴にたどり着いた。いや、横穴というよりは、少し広間のようになったところだ。ただし天井は低く、7フィートほどで、ところどころ鍾乳石が垂れ下がっていて、頭がつかえそうだ。

 ライトで照らしながらあちこち見回していたが、アリシア上等兵が降りて来たので足下を照らしてやる。要らぬお世話、という顔をしている。

「では、こちらに来て、地図を見て下さい」

 なぜ、地下室にいる間に見せてくれない。カールトン氏が広げた地図を、アンジェラがライトで照らしている。光が揺れるので、眼がチカチカする。

「今、いるのがこの辺りよ。見てのとおり、分岐は多いけど、広がりは少なくて、この道に沿って分岐の先を調べていけばいいと思うわ。5時間くらいで全部調べられるんじゃないかしら」

 5時間で? そんなに狭いのか、ここ。そんなわけが……

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