#10:第4日 (4) 海底洞窟

 何を手伝うかは、すぐに決まった。俺はサブリナを南側の崖へ連れて行き、“道”について案内する。他の4人は船で崖の沖へ行き、ホリーが崖の写真を撮って“道”に印を付ける。それからサブリナとホリーは海底洞窟へ入り、地底湖へたどり着けるか、器材は何を運ぶか、俺とシェーラが他に手伝うことはあるか、を考える。まずはこれを昼までにする。

 ボートに乗って、サブリナと共に島へ向かう。もちろん俺がオールを漕ぎ、サブリナは前に座っている。二人きりになったのは久しぶりだが、彼女は常にご機嫌な表情をしている。なぜかはよく判らない。色目を使ってこないのはとてもありがたい。

 サブリナは青いウェット・スーツを着ているが、前のジッパーを胸の下まで降ろしている。豊満な胸元がよく見える。そういえば、同じことをしていたダイヴィングのインストラクターがいたような気が。

「遭難したっていうのに、島のこと、よく調べてるのね。本当はあなたも宝探しに来たんじゃないの?」

 上陸してから、サブリナが訊いてきた。ボートをビーチへ引っ張り上げながら答える。

「それなら地図も持たず、一人で来るわけないだろ」

「あなた以外の人はみんな海で溺れちゃったとか」

「同じ状況になったら君は宝探しをしながら、救助を待つのか」

「そうね、しないと思うわ。でも、女と男じゃ、考えが違うかもしれないし」

「俺と君は考え方が似てると思うけどなあ。言っちゃ悪いが、俺はホリーと考えが合わない」

「私もあなたと気が合いそうって思ってて、気に入ってるのよ、何となく。でも、二人はあなたに気を付けなさいって言うわ」

 二人って、イライザも? それは、彼女が俺にアプローチしようとしてるから、君を遠ざけようとしてるんじゃないのか。

「君が昨夜、島に泊まってくれれば、いろいろ話をして誤解が解けたんじゃないかな」

「それを避けろって言われたのよ」

 それを振り切って、痴女になられても困るから、ありがたい忠告だけどね。洞窟前を通って、山上へとサブリナを案内する。考えてみれば、彼女が山に登るのは初めてだよな。山頂から東の方を見て、ここから君たちが来るのが見えた、と説明する。

「あら、素敵な景色。それで?」

 南を見る。船は既に沖に来ていた。崖から50ヤードほど離れたところ。こちらは海が少し深いのか。あそこから、たぶんホリーが双眼鏡でこちらを覗いているだろう。サブリナのウェット・スーツは鮮やかなブルーだから、崖を降りるときに目印になって都合がいいに違いない。サブリナが通信機ウォーキー・トーキーで「今から降りるわ」と連絡を入れる。さっそく行こうとしたら「手をつないでよ」と言う。

「高いところが怖いのか?」

「まさか。ただ命綱代わりにね」

「なるもんか。君が落ちたら、俺も落ちるぜ」

「二人で落ちるなら怖くないかと思って」

 何を訳の解らないことを。それに、手をつないでるのをホリーが見たら、機嫌を悪くするんじゃないか。それとも、仲がいいのを見せつけようってこと? 何でもいいや、つないでやるよ。

 手を引きながら、崖を降りる。サブリナが「WOW!」と小さく声を上げる。崖に驚いたんじゃなくて、イヤーフォンからホリーの怒鳴り声が聞こえたんだよな、きっと。

 ジグザグに、ゆっくりと、崖を降りる。軌跡はホリーが記録してくれているだろう。下の方まで降り、道が左右に分かれるところまで来た。しかし、この前ここは海面まであと10フィートはあったはずだが、今は15フィートくらいになっている。潮が引いたのだろう。分かれ道であることを、サブリナが通信で知らせる。

「西へ進めって」

「そっちに洞窟の入り口がある?」

「そうよ」

 言われたとおり、西へ進む。無さそうに見えて、実はあるという隠された道を通り、海に一番近いところまで降りてきた。「ストップ」と言ってサブリナが手を引っ張る。引く前に言ってくれるかな。足を踏み外しそうになったよ。

「ここか」

「ええ、そう。入り口が見えるんじゃないかしら。そこの岩に乗ってみて」

 この前は海中に沈んでいたであろう岩が、波間から顔を覗かせていた。崖から1フィートほど離れている。高さの差は約5フィート。上が少し平らになっていて、飛び乗れそうではあるが、苔などで滑りやすくなっていないことを望む。

 サブリナの手を放して、岩に飛び移る。滑るのを気にして、平らな面ではなく、角に土踏まずが乗るようにした。成功したが、そっちに戻れるんだよなあ? 勢いを付けずに下から上へ飛ぶのは難しいんだけど。

 平らな面に乗って慎重に振り返ると、確かに崖の裾に、三角形の穴が空いていた。この間は海に隠れていたわけだ。

 頂部の岩が庇のように出っ張っているので、崖の上からでは洞窟があるとは判らないだろう。しかし、確かこの付近はひときわ波に濡れていたよな。波が穴へ入るときに、出て来る水とぶつかって、飛沫を巻き上げていたんだろう。

「ねえ、あたしもそっちへ飛んだら、受け止めてくれる?」

「やめろ、狭くて二人は無理だ。というか、俺はそっちへどうやって戻ったらいいんだ?」

 心配していたとおり、戻るのがすごく難しそうなんだけど。サブリナの手を掴んでも、きっと一緒に海へ落ちるよなあ? 彼女はウェット・スーツだから、落ちてもいいだろうけどさ。

「ボートでそこへ入れそう?」

「入れそうだが、波に揺られて横をこすったら、やわいボートじゃあ穴が空くんじゃないか。ラフティング用の丈夫なやつなら無難だろう」

「あたしたちが持って来たボートは、緊急避難用でフロートが二重構造になってるけど、それじゃまだ不安かしら」

「だろうな。あるいは昔のような、木製の船の方がいいだろう。がわを補強してやればいいんだ」

「そういうことね。解ったわ。でも、入るのに成功しても、中で何時間も過ごしてたら、潮が満ちて、ボートが出られなくなるわよね。潜っていくのが一番無難だわ」

 それはそうだけど、俺はどうやってそっちに戻ったらいいんだって。「飛びなさいよ、手で引っ張り上げてあげるから」とサブリナが誘う。本当に? もしかして、手をつなぎ合ったまま一緒に海に落ちても構わないと思ってるんじゃ?

 しかしその言葉を信用することにして、なるべく岩の出っ張りが多いところへ向かって飛ぶ。手足四つのうち、かろうじて二つで引っかかることができた。しかし靴は濡れた。ジーンズの裾も濡れた。サブリナに手を引いてもらって、ようやく崖の“道”に戻ることができた。

「何やってんのって、イライザが言ってるわ。わざわざ洞窟の口を見に行かなくてもいいのにって」

 いや、岩に乗ってみろって、君が言ったんだよ。で、これからどうするんだっけ。

「ホリーと二人で、中を見てくるわ。まずはロープとつるはしピックアックスを持って行って。梯子が必要そうなら連絡するわ」

「連絡するのはいいけど、どうやって洞窟の中へ持って行くんだ」

「あなたが持って来てくれるんじゃないの?」

 泳げないのに? とりあえず、やり方は考えておくことにすらあ。沖のクルーザーの船尾から、ホリーが海に飛び込むのが見えた。エアー・タンクを背負っていたが、サブリナのタンクも持ってくることになっているらしい。

 波間に見え隠れしながらホリーが泳いできて、足元まで来た。「バーイ」と俺に手を振って、サブリナが飛び込む。沈んだが、すぐに浮き上がってきて、水の中でダイヴィング・ジャケットやタンクを身に着けている。器用なものだ。

「通信機は洞窟の中でも使えるのか?」

「洞窟が見えている間は、たぶんね。沈んだら使えなくなると思うけど」

 最初の調査は昼までだから、その間は使えそう、ということらしい。で、俺は船に戻ってはいけないって? 「勢力均衡が崩れるから」だと。なるほど、3対1だ。おまけに俺は男だし。だからって、ずっとここに立ってる必要はないと思うんだけどなあ。太陽が直射して、暑いんだよ。干からびる。

 なので、二人の姿が洞窟の中へ消えてしばらくしてから、沖に向かって大声で「浜に戻る!」と叫び、崖の“道”を歩いて東の浜へ出ることにした。こちらから浜に戻ったことはないが、細くなった稜から、15フィートほど飛び降りればいいのは判っている。そのとおりにして、無事、浜に降り立った。

 さて、ここへ戻って来たのは、あのままあそこにいると暑いからというだけではなく、“縦の洞窟”が本当に地底湖に通じているかを、確かめたかったからだ。もちろん、穴を覗いても底が見えないのは判っている。しかし、サブリナとホリーが地底湖へたどり着いたら、話し声が聞こえるのではと思う。

 山頂へ上がる道を辿って、記憶を頼りに適当なところで横に外れる。道なき道を行き、ちょっとした段差を飛び降りて、“縦の洞窟”にたどり着いた。行き方を憶えていると、意外なほど簡単に着けるものだな。途中に道がないのだけが難点で。

 地面に腹這いになり、穴に顔を半分突っ込むようにして、耳を澄ます。彼女たちの方が、俺より早く地底湖にたどり着く、ということはないだろう。中は上り下りが激しくて、昨日入った第2の洞窟のように苦労するはずだから。

 風がないのは幸いで、穴に吹き込むと反響して声が判りにくい。ただ、腹這いになっているのはいただけない。服がじっとりと湿ってくるし、虫がたかりそうな気がする。いや、虫は意外と少ないな、離れ小島だからか。木陰だし、デッキ・チェアでも置けばいい昼寝ができそうなんだがなあ。

 15分ほどすると、何やら声のようなものが聞こえてきた気がする。あるいは空耳かもしれないけど。声を出すとしたら、サブリナかな。「WOW!」とか「PHEWヒュー!」とか感嘆してくれればいいんだが。

 しばらくしたら、水が跳ねる音――らしきもの――が聞こえた。地底湖に潜っているのだろうか。広さを確かめるくらいはするだろうな。あるいは、他の洞窟につながっていたトンネルが、本当に岩で塞がってるのか見てみるとか。

 確証はないんだが、この洞窟の下にあった天井部分が、崩落したんじゃないかなあ。穴から水が染み込んで、地層の間に亀裂が入ってさ。つい最近それが起こった、というのがいかにも仮想世界のシナリオくさいけど、そこは文句を言うところじゃないし。

 ということは、この下の地底湖は、必ず調査しないといけないということになる。そこまで設定したのなら、回収すべきイヴェントがあるはずだから。

 さて、声が聞こえなくなるのを待っていても仕方ないし、そろそろ浜に戻ろうか。あるいは頂上に登って、サブリナたちが戻って、船が動き出すのを待ってからでもいいかな。

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