#10:第4日 (3) 反対意見
洞窟から浜に戻り、サブリナたちがボートに乗り込む。また置いていかれるのかと思ったが、今度は船に連れて行ってくれることになった。
着くと、イライザ、サブリナ、ホリーはキャビンにこもって翡翠の鑑定を始めた。俺とダーニャとシェーラはまた
「隠し言葉を使ってシェーラとやりとりできるそうだな」
「何のことですか?」
優雅に微笑むだけで、答えてくれない。この分ではなぜ翡翠があの地底湖に沈んでいるのが判ったかも教えてくれないかもしれないが、一応訊いてみる。
「洞窟の壁に文字でも掘ってあったかね」
「そうです。あなたはもちろん気付かなかったでしょう。マヤ文字で、『泉に祈る』と書いてあったのです。かつて、マヤの者がここにたどり着いた時に、書き残したのでしょう。どういう理由で来たかは判りません。海を渡ろうとして、私たちのように遭難したのかもしれません。マヤでは雨の神に祈る時、泉に供物を投げ入れていました。多くは旱魃の場合でしたが、ここでは嵐を鎮めようとしたのでしょう。ですから、あの地底湖に何か沈んでいるだろうと思ったのです」
シェーラが言ったことは一応正しかったわけだ。しかし、人に祈るのに泉から
「そんな文字が残ってたのなら、誰かが先にあそこも調べていそうなものだが」
「皆が皆、宝を探しに来たわけではないでしょう。マヤ文字に詳しい人がいなかったのかもしれませんし。まだ入れないという地底湖がどれくらいの大きさなのか判っていませんが、そちらを主に調べたのではないですか」
そうかな。まあ、そうだろう。仮想世界のシナリオの都合上、というのはダーニャたちには関係のない事情だろうし。
「ところで、この後はどうなるだろう」
「海底洞窟を調べに行くのではないでしょうか」
「この調査で2時間かかったぜ。今から始めたら、今日中に終わらないんじゃないか」
「それも計算のうちです」
「今日中にナッソーへ行けなくなってもいいのか?」
「真夜中に着いても、ほとんど意味がないのですよ。明日の明け方までに着けばいいと考えています」
そうかな。だって君ら、パスポートも
「これ以上、俺たちに手伝わせてくれるかな」
「それは交渉次第でしょう」
「君が交渉するのかい」
「宝探しに、興味がなくなったのですか?」
そうだな、ターゲットに関係なさそうだから。それにシナリオ進行上、早くナッソーへ行くのがいいのか、このまま宝探しを続けるのか、どっちがいいかよく解らなくなってるんだよ。最も重要そうなキー・パーソンである君の意見を尊重してもいいんだけど、前回のジャンヌみたいにわがままを言うようになっても困るんでね。
「とりあえず、相手の出方次第だな。恐らくサブリナとホリーで意見が分かれるだろうから、またイライザに決めてもらうのがいいだろう。ただ、俺は彼女の考えがあまり読めなくてね。君がうまく誘導してくれると助かる」
「解りました。たぶん、私とミス・ヒギンズは意見が合うでしょう」
だろうな。昨日から今日にかけて、ここでいろいろと話をしただろうし。そこから待つほどもなく、サブリナたちがキャビンから出て来た。鑑定にもう少し時間がかかるかと思ったが、そうじゃないことを相談していたのかもしれない。
「
何かしら見つかったせいか、サブリナは機嫌がよくなっている。ただ、ホリーの表情は相変わらず冷たい。
「シェーラの情報が役に立って何よりです。あなた方の目的は達しましたか?」
「えーっとね、そのことだけど、もう少し何かあるんじゃないかなって思って」
「それでは、まだ調査を続けるのですか?」
「ええ、海底洞窟の方をね。ただ、たぶん時間がかかるだろうから、2時か3時でいったん切り上げて、あなたたちをナッソーへ送り届けようと思ってて」
約6時間かかるが、マリーナへは夜の9時までに入港した方がよくて、その後だと警備員が多くなるので、見慣れない人間に対するチェックが厳しくなるらしい。
俺はIDカードとパスポートを持っているから何とかごまかせるかもしれないが、ダーニャたちは何も持ってないから、まずいだろうな。いざとなったら船の中で泊まることになるだろうが、立ち入り検査される可能性もあるし。
「私たちは何を手伝えばよいでしょう?」
「それなんだけど、器材を運ぶくらい? この船を南側の崖の沖へ回すんだけど、そこからボートに荷物を積み込むとか」
「シェーラは潜れますから、洞窟内の調査のお手伝いができるのではないでしょうか」
「それはあたしとホリーだけでできそうなんだけど」
「私はここで待っている間、ミス・ヒギンズに頼んで島の地図を見せていただいたのですが」
イライザを見ると、平静な顔で、手に持ったマグカップに口を付けている。甘い香りが漂ってくるから、ココアかもしれない。それからちらりとホリーを見たが、悪魔のような形相でダーニャを睨んでいた。
「海底洞窟から地底湖に至る道筋は、上り下りがきついようです。ですから、シェーラやアーティーが荷物を運ぶのを手伝って……」
「調査内容に興味を持たないっていう約束のはずよ」
ホリーが口を挟んできた。ダーニャを睨んでいた目を、俺にも向ける。どうして俺なのか。黒幕だと思っているのだろうか。確かにそうと言えなくもないが。
「調査内容には触れていません。調査の手伝いです。洞窟内の調査は、人手が必要でしょうと指摘しているのです」
「地図を見てそう言ってるじゃないの。洞窟の内部に、興味を持ってほしくないわ」
「でも昨日はシェーラが地底湖の調査を手伝ったのではないのですか?」
「昨日は昨日、今日は今日! これ以上、あなたたちに邪魔されたくないの!」
「私たちは邪魔などしていませんよ」
「最初から邪魔なのよ! ここにいることが邪魔!」
「私たちは遭難者で、この島にいたのは偶然ですのに」
「だから、ナッソーへ送り返すって言ってるじゃないの!」
「お鎮まりなさい、ホリー。あなたの態度はいかにも礼を失していますわ」
イライザがカップをスプーンで掻き回しながら、落ち着いた笑顔で言う。やっぱりココアだろうな。でも、この暑い季節にどうしてココアなんだ。頭の働きがよくなるのだろうか。
ホリーがイライザをきっと睨んだが、大人しく口をつぐんだ。イライザはさすがに最終決定権を持っているだけある。二人のスポンサーという立場でもあるのだろう。
「彼らはむしろ親切心で私たちに助言を下さっているのでしょう。わずか一日二日とはいえ、この島に私たちより長く滞在しているのですし、私たちの知らない何かにお気付きなのかもしれませんわ。レディー・ダーニャ、そのご提案には何か条件が付いて来るのですか?」
「私も調査を手伝うというのが条件です」
「何か貴重な物を発見しても、分け前を要求されないのですか?」
「そのようなことはありません」
「それはあまりにも欲がなさ過ぎて、信用できませんね」
「では、もし貴重な物を発見したら、それを買い取る交渉をする最初の権利を私にくれますか?」
「いいえ、ここはバハマの領土ですから、バハマの公的機関に最初の権利があります。法律には従わなければなりませんものね」
「その公的機関が買い取りを拒否することはないのですか?」
「基本的にはありません。ただ、所有権が他国の個人または団体であることがはっきりしていて、国どうしの係争になりそうな場合は、普通の買い取りはしてもらえず、報償の分与を得るための交渉が長引くことがあるようです。ですから、あなたのお国の所有物であるという証拠がある場合は、バハマ政府と交渉して下さいな。事が速やかに進めば、私たちにとっても
「よく解りました。では、権利に関する条件はいったん取り下げましょう」
「では、他に何か条件を?」
「いいえ、特に何も」
「なら、ご提案の続きをお願いします。荷物を運ぶのを手伝って、それから?」
「アーティーが見つけたのですが、山の中腹から縦に洞窟が空いているそうです。狭いので中へ入っていないとのことですが、それがもしかしたら地底湖に通じているかもしれません」
ちらっと言っただけなのに、よく憶えてたな、そんなこと。
「場所はどこです?」
ダーニャに代わって俺が地図上で位置を指し示す。イライザがホリーに指示すると、地底湖の図面が出てきた。平面図と断面図があり、地図と重ね合わせると、どうやら地底湖の上に通じていそうだということが判った。
「でも、過去の調査でその洞窟のことは言及されてないわ」
ホリーが不服そうに言う。
「洞窟内で崩落があったみたいだから、通じるようなってるかもよ。とにかく、地底湖のある洞窟に入れば判る。うまくすれば、その穴から器材を下に降ろすことができるかもしれない。それだって、人手が必要だろ?」
これはイライザに言った。ホリーとは恐らく話が通じない。
「私一人でそんなことはできそうにありませんから、手伝っていただけるとありがたいですわね。他に何かお気付きのことは?」
「南側の崖についてだが、頂上から歩いて降りられるように道が作ってあるんだ。そのことは知ってる?」
皆の視線がホリーに集まる。調べるのは彼女の仕事だからな。ホリーはふてくされたような顔のまま、首を横に振った。
「地図にもないし、測量記録も見つけられてないわ」
「じゃあ、後で案内しよう。引き潮なら、道のどこかから洞窟に入れるのかもしれない。あまり期待はできないと思うけどね」
「十分な調査をしてから海底洞窟に入るのがよろしいと思いますわ。では、分担を決めましょうか」
イライザの言葉は、俺たちが手伝うのを認める、という意味だろう。そしてホリーはもはや異を唱えなかった。表情は不服そうなままだったが。
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