ステージ#10:第4日

#10:第4日 (1) 未明の調べ物

  第4日-2049年3月18日(木)


 起きようと思っていなかったのに、目が覚めてしまった。時計を見ると0時30分。ちょうどいい時間なんじゃないか。

 ふと横を見ると、シェーラの顔がすぐ近くにあった。近くといっても半ヤードくらいは離れているのだが、おかしいだろ。いつもの洞窟の、入口と奥に分かれて寝てたんだぜ? 2ヤードどころか、少なくとも5ヤード以上は離れて横になったはずなのに、それをゴロゴロと転がってくるくらい寝相が悪いのかって。

 そもそも寝る前に――確か夕食を摂ってすぐの、7時過ぎだったと思うが――俺だけ下の“大広間”にしようかとシェーラに提案したんだ。しかし、「そこまでして頂くほどのことでは」との答えだった。だから寝相が悪いといってもそう大したことはないのかと思ってたんだが。それともあれは、こんなところで一人で寝るのは寂しいという意味だったのか。

 それはさておき、寝顔は無防備そのものだな。月明かりというのは人の表情を冷たく見せたり、寂しく見せたりするものだが、彼女の場合は美しさが増している。そもそもこの仮想世界に来て、何度か女と同じ部屋で寝たが、これほど近くで寝顔を見るのは初めてだ。恋人であれば髪でも撫でてやりたいところだが、いつまでも見ているわけにいかないので、起こすことにする。

 2ヤード以内に近付いているが、少なくとも昨夜寝た時点ではそれ以上離れていたし、まあいいだろう。肩をなるべく優しく揺らす。寝ぼけて、また「ノ・ベンガス!」なんて言わないように頼むぜ。

「ああ、申し訳ありません、つい深く寝入ってしまって……久しぶりに泳いだので、少し疲れたのかもしれませんわ」

 寝ぼけてはいないが、本当に眠そうな表情だ。こんな顔は、ダーニャには見せたことがないだろう、と思うような。というか、どうして俺の前でそんなに油断するんだ? それに、疲れて深く寝たという割には、こんなところまで転がってきてるじゃないかよ。本人は全く気付いていないようだが。

 とにかく、洞窟探検の用意をする。ライトとロープとタオル。他には? ライトを支えるスタンドがあれば便利だろうな。三脚を借りよう。どうせ気付かれやしないだろう。

「ところで、調べるのは洞窟内の地底湖のことだと思うが」

「はい」

「潜るんだろうけど、水着はどうするんだ?」

「水着はありませんが……」

 やっぱりそうか。え、で、結局どうするんだ? 服を脱いで……まあ、そうか、そうなるよなあ。それで君、平気なの?

「脱いでいる間は、なるべく見ないでいただけると、ありがたいのですが……」

 なるべくって、その程度の配慮でいいのかよ。そりゃ、うっかりと称して見ることがないようにはするけどね。

「気を付けるよ。さて、行くか」

 洞窟の外に出る。暗さに目が慣れているが、さすがに星明かりだけでは山を下りられない。しかし、浜まで出てみるとかろうじて歩くことができる。月は西の空にまだ浮かんでいるだろうが、山に隠れている。西の浜はさぞかしロマンチックな眺めだろう。

 沖の船の灯りは消えていた。水浴びの洞窟に向かって、北へ。洞窟へ入る前になってから、ライトを点ける。恐らく船から見ていることはないだろうが、用心に越したことはない。

 奥の地底湖に、難なく到着。三脚を立て、湖の中の穴を照らすようにライトを設置する。それから靴と靴下を脱ぎ、ズボンをたくし上げて――シェーラは少しばかりスカートをまくり上げて――湖の中へ。穴の近くまで進むと、膝くらいの深さだった。

 改めて、穴をよく観察する。直径が1ヤードほど。水は綺麗に透き通っているが、懐中電灯フラッシュ・ライトの光を射しても、底まで届かない。

 シェーラに潜ってもらう前に、まず、深さを測ろうと思う。手頃な石を拾ってきて――ここではなぜか簡単にそれが見つかった――細いロープの先にしっかりと結びつける。それから石を沈める。どんどん沈んでいく。30フィートほどロープを繰り出すと、ようやく底に着いた感触があった。

 ロープを引き上げながら、シェーラに訊く。

「そんなに深く潜れるのかね」

「さあ、それほど深く潜ったのは、最近ありません。とにかく、やってみますわ」

 泳いで潜ってもいいのだが、ロープに掴まって潜るのはどうか、と提案してみる。その方がたぶん速いだろう。ただ、それにはもう少し大きめの石を重しとして付ける方がいいのだが、そんな大きなものはなかった。袋があれば、砂を詰めて重しにできるんだけどな。

 さて、シェーラは服を脱がなければならない。つまり、俺は目を閉じなければならない。目を閉じている間に、シェーラはいったん岸に上がり、脱いで――俺は目を閉じているので本当に脱いだかどうかは判らない!――戻ってきた。

「まず、2分間ということにしますわ」

 30秒で底に達し、30秒間調べ、1分で浮上する。全ては彼女の体内時計で計ってもらうことにする。

 ついでに、ロープの合図を決めておく。無事、底に到達したら、2回ロープを引く。浮上の前にも同じく2回引く。もし緊急事態が発生したら、連続で何度も引っ張る。最後の合図は発生しないように祈ろう。

 シェーラが深呼吸を繰り返す。肺に十分酸素を取り込もうというのだろう。それからロープを持ち、水に入り、「参りますレット・ミー・ゴー」という言葉を合図にして、ロープを繰り出した。ようやく、目を開けることができる。

 ロープには1フィート毎に目印が付いている。それが1秒間に一つずつ沈んでいく。時々、泡が浮いてくる。そして計算どおり、30秒でロープが止まった。そして2回の合図。

 そのまましばらくは、時々泡が浮いてくるだけで、他に何も起こらない。頭の中で秒を数え、30秒経ったよな、と思ったのだが、合図がない。もう10秒間、何もなかったらロープを引っ張り上げようか、と思っていたら、ようやく合図があった。

 ゆっくりとロープをたぐり寄せる。しかし、急に手応えがなくなったと感じたら、ロープよりも速く白い影が浮かび上がってきた。自力で上がってくるのかよ。シェーラが水面に顔を出す。手で胸の前を押さえて隠しているので、慌てて目を閉じて話しかける。

「少し、遅かったな。下で何かあったのか」

「穴は、真下に延びているだけではなかったのです。底に着いたら、横穴があって……」

 横穴がどれくらいの長さなのか確かめようとしたが、案外長いので、いったん戻ってきたのだという。

「それから、これが底にありました」

 これ、と言われても、俺は目を閉じているので見えないんだけど。

「そうでした。翡翠です。天然の物ではなくて、加工されています」

 シェーラが俺の右手に握らせてくれた。結構大きいな、卵くらいの大きさか。確かに、表面の手触りがよくて、加工した感じがある。

「まさか本当に宝を発見したのかな」

「宝と言えるかどうかは判りませんが、誰かがここへ投げ込むか隠すかしたのは間違いないでしょう」

「これ一つだけ?」

「いいえ、他にかなりたくさんありました。少なくとも20個よりは多かったと……申し訳ありません、底で息が続かなくて、よく調べられなかったのです。数年前なら、もう少し長く潜っていられたと思うのですが……」

 いやあ、30フィートの深さに2分も潜っていられたら、大したものだと思うけど。それはそうと、本格的に調べようと思ったら、やはりダイヴィング用具が要りそうだな。

「とにかく大発見だから、サブリナたちに教えてやってもよさそうだ。続きは明日の朝にするか?」

「もう一度だけ、潜ってみますわ。どれくらいの数が落ちているのか、調べてみます」

 シェーラは同じ手順で潜っていった。その間に、手に握らせてくれた翡翠を見る。半透明の薄いグリーンの丸石で、表面が綺麗に磨いてある。この大きさでどれくらいの価値があるんだろうか。少なくとも、他の宝石より安いのは間違いないけど。

 シェーラは、今度はさっきよりも10秒ほど早く上がってきた。俺の方は、影が見えたときから目を閉じておいた。

「100個以上ありそうです」

 そんなに? 今度はそのうちの二つを拾ってきたらしい。また持たせてくれたが、丸くはなく、角張っている。しかし、表面は磨き上げた感がある。何だろう、宝石箱でもぶちまけたのかね。何のために。

「それは判りませんが、ダーニャ様は何かお考えをお持ちではないかと」

 ふん、まあ、君に調べろって言ったくらいだから、何か知ってるんだろう。洞窟の壁に文字でも彫ってあったかな。

「じゃあ、明日の朝、彼女に訊いてみよう」

「もう一度潜ってもよろしいですか? 横穴を調べてこようと思います」

 ずいぶんやる気になってるなあ。あるじたるダーニャ様レディー・ダーニャの命令だからか。

「いいけど、狭くて引っ返せなくなった、なんてことにならないでくれよ。俺は助けに行けない。ちゃんとロープを持って行ってくれ」

「かしこまりました」

 シェーラが潜ると、ロープは30フィート繰り出した後で一瞬止まり、それからまた延びていく。さらに30フィート。しかしそこで止まり、「戻る」の合図があった。息が続かなくなったか、それとも行き止まったか。

 戻ってきたシェーラを、穴から引っ張り上げてやってから――もちろん目を閉じたまま――訊く。

「まだ続いていましたが、これ以上は明日にした方がよいかと」

「その判断で正しいと思うよ」

「もしかしたら、昨日行けなかった地底湖につながっているのかもしれませんわ」

 こんな狭い島だ。地底湖に続く水脈は、みんなつながっているだろうという気がする。しかし狭いわりに、けっこう真水があるなあ。海賊が使うには足りないだろうけど。

 岸へ戻り、シェーラが服を着ている間にもう一度翡翠を見る。角張っている方は、どういうものだったのだろうか。もしかしたら、たくさん拾ってきて組み合わせたら何かの形になる? ジグソーパズルみたいに。

 それからライトや三脚を片付けて、撤収。根城の洞窟へ戻った。

「翡翠のことを、まずダーニャに言うか、サブリナたちに言うか。そしていつ言おうか?」

「朝にまた通信させてもらうようお願いして、そのときに申し上げることにします」

 秘密通信ができるってのは便利でいいねえ。とりあえず。もう一度寝ようか。また5ヤード離れて。夜明けまでの4時間で、どれくらいの近さまで転がってくるかが気になるところだけどな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る