#10:第4日 (2) 翡翠の価値
一度寝ているのでなかなか寝付けず、うとうとしただけで目が覚めた。眠りに落ちる直前に、シェーラが5ヤード離れていたのは確かなのだが、気付いたら今度は1ヤードまで迫っていた。もちろん、俺が動いたのではない。彼女は夜中に潜水して疲れているはずなのに、どうしてこんなに寝相が悪いのかと思う。
それはさておき、6時を過ぎたので起きる。洞窟の外に立って、海を眺める。朝焼けが東の空を染めていた。今日も暑い日になりそうだ。船の灯りはまだ点いていない。
そろそろシェーラも起こそう。寝顔があまりにも安らかなので、起こすのが可哀想になるほどだった。起こすとまた「深く寝入ってしまって……」と恐縮している。
恐らくサブリナたちは船で朝食を摂ってくるだろうから、俺たちも食べておくことにする。またフルーツ缶だが、甘すぎるのでそろそろ飽きてきた。しかし、これがこの島での最後の朝食だろうと思うので、とりあえず我慢する。
「こういう食事、君はどう思う?」
つまらないことだが、シェーラに訊いてみる。彼女たちは普段、どういう食生活をしているのかというアンケートに近い。
「品数は少ないですが、味は悪くないと思います」
こんなのでそう思うのか。どうやらバーミージャという国の食事のレヴェルは、合衆国同様、大したことがないらしい。イングランド並みかもな。
食べ終わると浜に降り、サブリナたちが来るのを待つ。船は遠いのではっきりとは見えないが、
予定よりも早い時間に動きがあって、ボートがやって来た。乗っているのはサブリナとホリーだけだ。今日は最初からウェット・スーツを着ている。
「おはよう、アーティー、シェーラ」
「やあ、おはよう、サブリナ、ホリー」
シェーラは丁寧におはようございます、と挨拶したが、ホリーだけは無言だった。どうしたら機嫌がよくなるのかねえ。
サブリナが、ダーニャからのメッセージを預かって来たと言って、シェーラに紙を渡す。横からちらりと覗いたが、バーミージャのニュースの内容を伝えているようだ。しかし、これにも何か暗号が含まれているのかもしれない。
「それで、今日の調査だけど、海に潜るわ」
「海ね。海底洞窟でもあるのか」
「あら、知ってるの?」
「いや、
昨日は陸上の洞窟に潜ったんだから、今日は海底洞窟だろうってことくらい、誰でも思い付くだろ。しかし、本当にあるのか。どこだろう。思い当たるのは南側の崖の下くらい。他はみんな砂浜だし。
「で、俺が何か手伝うことがあるのか」
「器材を運んで欲しいんだけど、あなた確か、泳げないんだったわよねえ」
「水の中なら浮力が働いて軽くなるぞ。俺が手伝えるのはボートへの積み下ろしとか引き上げとかだろうな」
「別にそれでも構わないんだけど」
「いいえ、今日は先に、別の洞窟を調査することをお薦めします」
突然、シェーラが割り込んできた。そして手に持っていた翡翠をサブリナたちに見せる。いいのかね、このタイミングで。ダーニャに相談もせずに。サブリナたちも驚いている。でも、昨日も時々会話に割り込んできたよなあ。
「あら、これ、何?」
「翡翠です。昨日の二つとは別の、小さな洞窟に、狭い地底湖があるのですが、そこで見つけたのです」
そして未明のことを、さも一昨日の出来事のように話す。つまり、サブリナたちがここへ来る前に見つけていたと。そんな作り話の打ち合わせを、いつしたんだか。俺は話を合わせておくつもりだけど。サブリナは呆然と、ホリーは不機嫌そうに聞いている。
「へえー、そこにも地底湖があるんだ。地図にはなかったわ。そうだわ、ホリー、あのカットラスに書いてあったマナンティアルって、実は……」
「シー!」
サブリナが言おうとしたことを、ホリーが慌てて止める。何だ、カットラスにマナンティアルって。宝探しのヒント? もちろん、この島に宝があることを示す何かを見つけて、来たんだと思ってたけどね。どうせ、俺のターゲットには関係ないだろうけどさ。
とにかく、またサブリナとホリーが仲間割れを始めてしまった。少し離れたところへ行って、小声で何か言い合ってる。そのうち、
「とにかく、もう一つの洞窟に案内してもらいましょうよ」
「……解ったわ」
またサブリナの意見が勝ったようだ。しかし、どうもホリーは用心深すぎる。誰かに手ひどく騙された経験でもあるのだろうか。特に男に。
「ところで、どうしてその地底湖を調べてみようと思ったわけ?」
「遭難した後、ダーニャ様が気を失ったままでしたので、助かるよう、泉の神に祈ったのです。バーミージャではそういう風習があるのですわ」
「へえー、神に祈りを。水に潜って?」
「ええ、自然に対して祈るときは泉に
よくそんなにすらすらと嘘が。まるで俺のようだ。というか、ダーニャから何か指示もらったのか。さては、さっきのメッセージに暗号が?
「そういうこと。とにかく、情報には感謝するわ。じゃあ早速、その洞窟へ案内してくれる?」
サブリナが言った途端、
「おはようございます、アーティー。水浴びの洞窟へ行くそうですね」
「ああ、そうみたいだ」
調べてみろと言ったのはダーニャ自身なのに、知らないふりをしてるのは何かの作戦か。
「ところで、昨夜はシェーラと2ヤード以上離れて寝ましたか?」
「もちろん」
「それはよかったです。では、シェーラと替わってくれますか」
それだけかよ。シェーラと替わったが、「はい」を2回と「かしこまりました」を1回言っただけで、すぐに会話は終わった。メッセージでほぼ用が足りているはずなので、その確認だろうが、また何か秘密の指示が含まれていたかもしれない。
探検道具を持って水浴びの洞窟に移動する。サブリナはシェーラと並んで何か話をしながら歩いているが、ホリーは俺の少し前を無言で歩いている。話しかける隙がない。
洞窟の奥へ入り、未明と同じようにライトを設置する。ライトとスタンドを無断で借りたことはもちろん黙っている。穴は狭くて一人しか潜れないので、サブリナとホリーの話し合いで、サブリナが潜ることに決まった。
話し合いの最中にホリーが時々俺を睨んでいたので、上に残って俺の監視をするつもりらしい。まあ、どうせ地底湖にも入らず待っているだけだから、と思っていたが、湖に入って穴の横まで付いて来るように言われた。ロープ持ち係だと。未明と同じか。
ロープを穴に垂らし、それに掴まりながらサブリナが潜る。小型のエアー・タンクを咥えているので、シェーラより長く潜っていられそうだ。翡翠を拾って詰めるための、網袋も持っている。
潜ってしばらくは泡が立ち上ってくるのをひたすら見ているだけだったが、5分ほどしたらロープを引っ張られる手応えがあって、大量の泡と共に青い影がゆっくりと浮かび上がってきた。どいつもこいつも、俺に引っ張り上げてもらおうという気はないらしい。
それはともかく、水面に顔を出したサブリナはゴーグルを外すと、笑顔を見せながら言った。
「ミス・シェーラの言ったとおりだったわ。翡翠の欠片が、100個以上落ちてるの! ほとんど全部拾ってきたつもりだけど、残ってるのがないかもう一度探してくる」
何という中途半端な仕事ぶり。1回で全部拾って来いよ。5分しか潜ってられないわけじゃなし、上下するだけ時間の無駄ってもんだろうに。
サブリナは翡翠の欠片が詰まった網袋をホリーに渡すと、別の網袋を受け取って、また潜っていった。ホリーは網袋の中の翡翠をつまらなそうに眺めている。
「翡翠じゃあ、不満だったか」
「翡翠でもいいけど、この程度じゃ元が取れないわ」
なるほど、そういうことか。翡翠の価値がどれほどなのかは知らないが、ルビーなんかの数十分の1だろうから、100個あったとしてもせいぜい1万ドルくらいにしかならないだろうな。どうせ宝探しをするなら、せめて100万ドル分は見つけたいよなあ。スペイン金貨でも期待していたか。
また5分ほどすると、サブリナが戻ってきた。拾った欠片は20個ほど。
「これで全部よ。底に砂が溜まってたから手で掘ってみたけど、埋まってるのはなかったわ」
「横穴は調べたか」
「何それ、聞いてないけど」
あれ、さっきシェーラが言わなかったんだったか? 底から横穴が通じていて、もしかしたら地底湖にもつながっているかも、と言うと「もう一度潜ってくるわ」。ホリーが冷たい視線で俺を見ている。別に、隠してたわけじゃない。言い忘れてただけだろ。
もう5分したらサブリナが戻ってきた。皮肉っぽい笑顔を浮かべている。
「ダメね。昨日の二つと同じ状況よ」
岩で塞がっていると。
「何が起こったんだろう。崩落か?」
「そんなの解るわけないじゃない」
「いや、岩の破片を見れば崩落か、あるいは爆破されたかくらいは解ると思うが」
「爆破? どうしてそんなことをするの?」
「海賊が宝を隠したのなら、地底湖への出入り口を塞いだかもしれないだろ」
「でも、50年前の調査では、地底湖へ行けることになってるのよ。海賊が宝を隠したのって、そのずっと前でしょ」
なるほど、そういうことか。しかし、ここは仮想世界だぜ。時系列に多少おかしいことがあったって、仕方ないだろ。まあ、君らに言っても解らないだろうけどさ。
「
ホリーが冷静な声で帰還を告げた。岸に戻ろうと振り返ると、待っているはずのシェーラがいない。
「ヘイ、シェーラ!」
大きい声で叫ぶと反響してうるさいので、ほどほどの声で呼びかけたが、すぐに向こうからライトの光が、チカチカしながら近付いてきた。
「申し訳ありません、勝手にうろついてしまって……洞窟の形が珍しかったので、少し見て回っていたのです」
そうかなあ、最初にここへ来た時は、全く興味なさそうだったけど。ダーニャに指示されて、こっそり何かを調査してたんだろうな。サブリナたちは気にしていないようだし、何も訊かないでおこうか。
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