#10:第3日 (10) 洞窟ダイヴィング

 シェーラの着替えが終わり、4人で島へ。最初は想像どおり、根城にしていた洞窟へ入る。折りたたみの梯子やロープは、もちろん俺が運ばされた。先頭はホリー、続いてサブリナ、俺、シェーラの順。

「中はどれくらい知ってるの?」

 大広間へ降りる前に、サブリナが訊いてくる。

「一応、一番下まで行ったよ」

「行き止まりまで?」

「そう」

「その先は行ってないのね」

「行ってない」

 穴を降りるのにロープを張るかと思ったら、ライトの光だけで降りていく。どうやら詳しい道筋までわかっているらしい。ただし、手探り、足探りなので、入ったことがあるわけではないようだ。

 大広間を抜けて、坂を下る。サブリナはなぜかしょっちゅう振り返り、俺の顔を見てニヤニヤする。後ろから襲う気はないから安心しろ。シェーラが心配なので俺も何度か振り返るが、怖そうにしている様子はなかった。暗いところが苦手でない女ばかりで、心強い限りだ。

 無事、洞窟の底に到着。ホリーは立ちはだかる壁をライトで下から上へさっと一舐めした後、「梯子を立てて」と偉そうな口調で言った。俺を下男としか思っていないようだ。しかし文句も言わず、梯子を伸ばして壁に立てかける。壁の上まで楽々届いた。

 最初に登るのはホリーかと思ったら、サブリナだった。彼女の方が身軽なのだろうか。上までリズミカルに登り切ったサブリナが、壁の向こうをライトで照らしながら、ひゅっと口笛を吹く。耳障りなほど反響した。

「どう、ある?」

 ホリーが訊く。何があるか言ってもいいのに。地底湖だろ、判ってんだから。

「ええ、あるわ。でも、思ってたより水位が高いわね。7、8フィートくらい下に水面が見えてる」

「ロープで降りられそう?」

「降りられると思うけど、登れなくなったら困るわね。足がかりとかなさそうだし」

「縄梯子、持って来たわよね?」

「持って来たけど、船に置いたままよ」

「じゃあ、これを使えばいいわ」

 うむ、言いたいことは解る。この梯子を上へ引き揚げて、向こう側に立てかけろってことだよな。でも、サブリナ一人で行くのか。まさか、そんなことはないと思うけど。

「上に何人登れそう? 4人行けるかしら」

「4人? まあ、窮屈だけど、何とかなるんじゃないかしら」

 全員で行くのかよ。下に見張りは……要らないか。島には俺たちしかいないもんな。

「じゃ、あんたたち、先に登って」

 ホリーが冷たい声で命令する。

「俺が梯子を支えておくから、君が先に昇りなよ」

「私が先に昇って、梯子を外されたら困るからよ」

 全く信用されてないなあ。

「じゃあ、シェーラ、君から」

「あの……その前に、地底湖の深さを測っておいた方がよろしいのでは? ロープに石のおもりをつけて、そこから垂らすとか……梯子を立てかけられないほど深かったら、降りられませんから」

 シェーラがおずおずといった感じで声を出した。なかなか鋭い指摘。しかし、ホリーは迷惑そうな顔を作って言った。

「いいえ、手前の方が浅いのは判ってるの。2フィートくらいよ。ああ、今はもしかしたらそれよりも少し深いかしら。奥の方はもっと深くなってて、底が別の地底湖とつながってて……」

 急に口をつぐんだ。いや、つい言ってしまったから、やめたって? その程度のことって、それほど気にするようなことかよ。調べたら誰でも判るんだろ?

「地底湖を調べるんだったら、ダイヴィング用具が必要なんじゃないのか。取って来ようか?」

「いいえ、小型のタンクを持ってきてるから、それを使うわ。今日は下調べだけだし」

 小型タンク。ああ、マウスピースに手のひらサイズの空気タンクが付いてるやつか。

「4人分あるのか?」

「そんなわけないでしょ。二人分しか用意してないわ」

 よかった。泳がなくて済んだ。

「私はフリー・ダイヴィングができますが、お役に立てるでしょうか?」

 シェーラがまた控えめに口を挟んできた。態度の割に、結構やる気になってるのかなあ。

「あなた、潜れるの? どれくらい?」

「はい、5メートルくらいまでなら、3分ほどは……」

 たぶん彼女たちにはメートルじゃなくてフィートで言う方がいいと思うけど、16フィート以上潜って3分ってかなりのものだろ。教育係って言ってたはずだけど、水泳を教えてるのか?

「あら、そうなの……そうね、私かブリーが潜って、底の構造を確認するつもりだったけど、あなたにも手伝ってもらおうかしら。ブリー、それで構わない?」

「彼女に任せなくても、あたしが潜ってもいいけど? どっちでもいいわよ」

 とりあえず地底湖へ降りることにして、シェーラ、俺、ホリーの順に梯子を昇る。俺が梯子を持ち上げ、地底湖の側に立てかける。ホリーの予想どおり、4フィートほど梯子が沈んで、底に着いた手応えがあった。ただ、底がどの程度安定かは判らないので、梯子にロープをくくった上で、俺がそのロープを持っておくことになった。

 そしてサブリナ、シェーラ、ホリーの順で降りる。もちろん俺は上に留まってロープ持ち係。「勝手に梯子を引っ張り上げないでよ」とホリーから釘を刺される。全く信用されていない。たぶんシェーラは、人質として下に連れて行かれるんだろうな。

「ひゅー! 冷たくて気持ちいいわね。透き通ってて、とても綺麗だわ」

「確かに、向こうの方は深くなっているみたいね。水の色が違うもの。でも、突然深くなってるところがあるらしいから、足下には気を付けて」

「あの、潜るのでしたら、ここで服を脱いでおきませんと……」

「ああ、そうだったわ。ヘイ、アーティー! 上から見ないでよ」

 見ないって。シェーラの身体はもう見たからな。いや、あれは濡れた服の上からだったか。概形しか憶えてない。

 とにかく、地底湖と反対側を向いておく。後ろの下の方から、パシャパシャという水の跳ねる音や、服が濡れてしまいますとか、少しくらいなら構わないとか、転ばないように支えて下さいとかの密やかな声が聞こえる。えーと、下着まで全部脱いだのか? いや、サブリナとホリーは服の下に水着を着ていたようだ。そんなことまで聞く必要はないか。

「OK、じゃあ、奥へ行くわよ」

 OKというのは俺が下を見てもいいという意味と受け取るのだが、振り返って見下ろすと、水面の上を光の環が移動していた。人の姿は、その光の環を隠す頭の影くらいしか見えない。

 別に見えなくても惜しくも何ともないのだが、何か問題があれば俺も下に降りて手助けに行かなければならないだろう。が、見下ろす穴は狭いので、すぐに光の環も人影も見えなくなった。間接照明のように、ほんのりと穴が光っているだけだ。

 もちろん、歩いて行く水音はちゃんと聞こえている。声も聞こえたが、やけに反響が大きくて何を言ってるんだかさっぱり判らない。

 そのうち足音がやみ、話し声だけになって、それが一瞬途切れた後、一際大きい水音がした。どうやら水に潜ったらしい。

 しばらくはさざ波が跳ねる音くらいで、誰の声も聞こえない。いや、少し聞こえたが、やっぱり反響が大きすぎて何を言ってるのか判らない。こっちから声をかけてみたいが、調査内容に興味を持たないっていう条件があるからなあ。調査を手伝うとなった時点で、興味を持たないのなんて、とうてい無理なんだけど。

 それにしても、ずいぶん長く沈黙が続いている。もう3分は経過したかな。どれだけ潜ってるんだよ。いや、他の地底湖とつながっていると言ってたから、そっちへ行って、戻ってくるという手筈なのだろう。

 ややあって、水音がした。その後で会話が聞こえてきた。うん、3人分の声があるな。しばらくの会話の後で、また水音がして、何も聞こえなくなった。

 もう一度潜ったんだろうけど、いったいどうなってるんだろうなあ。フットボール中継の、チャレンジ中のCFコマーシャル・フィルムみたいだ。判定結果が気になるけど、ひたすら待つしかないってやつで。

 しかしCFよりは長くもなく、3分ほど経ったら、また水音と会話が聞こえてきた。今度はちょっと興奮気味の声もする。反響しすぎてうるさいくらいだ。

 そのうち、見下ろす穴が急に明るくなり、バシャバシャという水音が聞こえてきた。どうやら戻ってくるらしい。

「ヘイ、アーティー! 上から見ないでよ」

 そう言いながらサブリナがライトで俺の顔を照らす。眩しい、やめろ。反対側を向いていると、下から色々と声が聞こえてくる。タオルを出してとかシャツを着てとかパンツを穿くには梯子に昇った方がいいとか。

「OK、アーティー、梯子を押さえてて」

 梯子はさっきからずっと押さえてるっての。髪を濡らしたシェーラがまず登って来たが、そのすぐ後ろに冷たい表情のホリーがいる。だから、俺は梯子を外したりしないって。

「どうだった?」

「あら、それは訊かない約束でしょ。次の洞窟へ行くわ」

 でもシェーラは知ってるんだろ。俺だけに訊かせない理由がないじゃないか。まあいいか、後でシェーラに訊こう。サブリナが昇ってきたら梯子を持ち上げて反対側に下ろし、サブリナから降りる。俺が最後なのはやはり信用されてないからだな。

 洞窟の外へ出ると太陽が眩しかった。身体が冷えたせいで、やけに暑く感じる。

「どうだったって?」

 砂浜を歩きながら、シェーラに話しかける。どこから取り出してきたものか白いハンカチで、濡れた髪を首の後ろのところをくくっている。

「はい、あのお二人のおっしゃったとおり、地底湖の奥のところが深くなっていて、潜るとトンネルになっていました。深さは2メートルほどで、長さは10メートルほどだったと思います。ただ、本当ならトンネルの向こうへ抜けられるはずだったのですが、出口が岩で塞がっていたのです。狭い隙間がいくつも空いていて、水は通るのですが、人は通り抜けられませんでした。小さな岩をいくつか動かしてみたのですが、通れるようになる見込みが立たず、崩れると危ないということで引き返してきたのです」

「なるほど。で、次の洞窟というのは?」

「どこか判りませんが、他にも地底湖につながっている洞窟があるのだと思います。あなたはお調べになったのでは?」

 可能性があるとしたら、あの上り下りの激しい洞窟か、山の中腹に空いていた“落とし穴”みたいな洞窟の、どっちかだな。しかしどうやら二人の足は、前者へ向かっているようだ。

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