#10:第3日 (9) 交換条件
イライザが意外なことを言い出した。
「農業にそんなに興味があるのか」
「いいえ、あなたの本当のお仕事のことです。マイアミ・ドルフィンズのことですわ」
何だ、やっぱり俺のことを知っている奴がいる設定なのか! しかし、ドルフィンズのプレイヤーであることが知られているのに、嬉しく感じないのはなぜなんだろう。遭難したという負い目があるせいか?
「知ってたのか」
「有名人の顔と名前は一通り憶えていますから。他の二人は、スポーツに全く興味がないので、あなたのことを知らないと思いますけれど」
「ナッソーに着くまでは二人には黙っていてもらえるかな」
「ええ、もちろん、その方が私にも都合がいいですから」
いや、都合って何だよ。しかし、これで彼女が俺に興味を持った理由は解った。弱点を握られた気もするけど。
「でも、ナッソーに戻ったら、あなたのことを知っている人はたくさんいると思いますから、隠しようがないと思いますわ」
「そうかなあ」
「昨シーズンのスーパー・ボウルMVPを知らない方がおかしいと思いますけれど?」
スーパー・ボウルMVPということは、ドルフィンズが
いや、俺が喜んでどうするんだよ。だいたい、スーパー・ボウルに勝ったとかMVPだったとか、そういう情報が頭の中に全く追加されてないじゃないか! ヘイ、ビッティー!
「とにかく、フットボールのことは、しばらく話さないでおいてくれないか」
「もちろん」
「ところで、話し合いが長引いてるな」
「サブリナとホリーの意見が合わないのだと思いますわ」
「君は仲裁しないのか」
「私は二人の結論に従うだけですから。ただ、この船の
何だ、
ハッチを開けると、サブリナの中途半端な笑顔があった。またかよ。
「実はまだ結論が出てないんだけど」
「そうなのか?」
「あたしたち3人だけで話したいから、あんただけデッキへ出てってくれる?」
言われたとおり、俺だけがデッキに上がる。そしてサブリナとホリーがキャビンに降りて、ハッチを閉める。
「どういう状態になってるって?」
「私の方からは、イライザにした話を繰り返して、彼女たちのキャンプの邪魔にならないように、あの洞窟で一日おとなしくしている、という条件を提示しただけです」
「それでどうして揉めてるのかな」
「彼女たちが、あの洞窟を調べたいからでしょう」
「俺たちをナッソーへ送った後で調べりゃいいだけだろうに」
「私たちがこの島にいたことが世間に広まって、注目が集まることを恐れているのでしょう。今の状態では、私たちを口止めできませんから」
「一日でも早く宝を探し出したいってことか」
しかし、こちらとしては当然の条件を提示しているだけなのに、それでサブリナたちを惑わせてるんだから、ダーニャの交渉術も大したもんだよなあ。これがなかったら、今頃はナッソーに向かって30ノットで走っているところだぜ。
「俺たちに協力を要請するかな」
「するでしょう。ただ、そうなると、私たちも24時間以内に宝を探し出さなければなりません。でないと、私の国が大変なことになるかもしれません」
国と宝を比較したら国の方が大事に決まってるのに、宝探しの方へ話を持って行って、どうして平然としてられるのかね。身分の高い女が考えることは、さっぱり解らん。
サブリナたちの話し合いは案外早く終わり、勝ち誇った顔のサブリナ、拗ねた顔のホリー、そして傍観者のような笑顔をたたえたイライザがデッキに上がってきた。結論は聞かなくても判るが、一応聞く。
「島に残りたいってことだったけど、それにはこれから言う条件を呑んでもらうわ」
「条件を聞きましょう」
いつの間にか俺たち3人の代表者はダーニャになっている。
「その前に言っとくけど、答えはあんたたち3人で一致してもらわないと困るからね。一人でもNOがいたら、すぐにナッソーに行ってもらうわ」
「シェーラは私の決定に従うはずです。アーティー、あなたは?」
「条件の内容による」
「では、条件をどうぞ」
「えーっとね、まず、ナッソーに着いても、あたしたちがこの島に来てたのを、誰にも言わないこと」
「理由を教えてくれませんか?」
「理由を言わなきゃダメなの?」
「判断材料にします」
「言ったって答えがNOならすぐにナッソー行きよ」
「はい、その場合、条件には従わなくてもいいという理解です」
サブリナが困惑している。ダーニャは当たり前のことを言ってるだけなのだが、やはり隠しごとをしているというのが負担になってるんだろうな。
「えーっとね」
「待って、ブリー、私から言うわ」
拗ねているだけだったホリーがサブリナを制した。サブリナが余計なことまで言ってしまいそうだと思ったのだろう。俺もそう思って期待していたのだが。
「実は私たち、この島へ学術調査に来たの。それが、新発見に当たる内容だから、しばらくは他の人に知られたくないの」
「判断と関係ない質問は許される?」
俺が口を挟むと、ホリーが顔をこちらに向けてきっと睨んだ。苦手なんだよなあ、こういうタイプは。でも、俺を目を見てくれればそれだけで催眠、いや、ダメだな、この目つきは。
「質問の内容によるわ」
そこで、「狭い島のことだし、既に調べ尽くされてるんじゃないか」という懸念を示す。するとホリーは「新たなヒントを見つけてきた」と言い返してきた。何だろうねえ、宝の地図かな。まさか。
「そのヒントの内容までは言えないけれど、これで判断材料になるかしら」
「結構でしょう。条件は承諾します。アーティーは?」
「もちろん」
「OK、じゃあ、次の条件。私たちがこの島の調査をしている間、あの洞窟ではなく、別の場所に滞在していて」
「あの洞窟を調査するからか?」
「そう」
「しかし、邪魔をしなければあの洞窟にいても問題ないように思うが」
「それは……」
「調査の内容に興味を持たないことって条件に変えたら?」
「では、この船に滞在してもよろしいですか? そうすれば洞窟に滞在しないという条件も満たしますし、調査の内容に興味を持つこともないと思います」
ダーニャの援護射撃に、ホリーが難しい顔をして黙り込む。確かに、この船にいてはいけない理由がよく判らない。そもそも、俺たちをさっさとナッソーへ送りたかったはずじゃないか。
「だから、全部話しちゃえばって言ったのに」
「でも!」
おまけに仲間割れまで始めてるし。それでもイライザは仲裁しないんだな。
「調査を急ぐなら、俺たちが手伝うというのもありだと思うけどね。その上で、ここで見聞きしたことは誰にも話さないという条件を付けておくとか」
「そこまで信用できないわ」
「だが、俺はここで遭難したという事実すら他人に知られたくないんだ。保険会社以外には」
「私たちも同様です。バハマにいることが知られてはならないのですから。発見の名誉はあなた方だけで分かち合えばよろしいでしょう」
「ほら、やっぱりこの人たち、悪い人じゃないって。全部話しちゃえばいいじゃない」
サブリナまで加勢し始めた。ホリーがため息を吐きながら言う。
「イライザ、あなたの考えは?」
「私は最初から、彼らを不幸な遭難者としてしか扱っていませんわ。もし反抗したり裏切ったりするようでしたら、このまま島に置き去りにすればいいだけと思っていますけれど」
最終決定権を持っているだけあって、さらりと残酷なことを言ってくれる。しかし、これで決まりかな。
結局、調査を手伝うこと、調査内容に興味を持たないこと、他言しないことが条件になった。
ただし、ホリーがもう一つ新たに条件を持ち出してきた。3人のうち、誰か一人を船に残すこと。人質のようなものらしい。まだ信用されきっていないと見える。
「そうして頂けると、私の話し相手ができて嬉しいですわ。見張り役として一人で船に居るのは、いつも退屈ですもの」
イライザは俺に残って欲しそうにしているが、ホリーの意見で、ダーニャかシェーラ、どちらかを残すことになった。俺には力仕事を手伝わせたいらしいが、その他にも何か心配しているらしい。俺はイライザをたぶらかそうなんて気は、毛頭ないのだが。
「では、私が残ります。ここにいた方が、国の情報がすぐに入手できて助かりますし、シェーラは様々な知識を持っていますので、調査のお役に立つこともあるでしょう。シェーラ、いいですね」
「かしこまりました」
「じゃあ、決まりね。だいぶ時間を食ったから、すぐに島に行って調査を始めなきゃ」
「ところで、夜は船に戻ってくるのですか?」
「あたしたち二人は戻ってくるつもりだけど、アーティーとシェーラは島に残ってもらうわ」
「そうですか」
ダーニャはそれっきり何も言わなかった。妙な沈黙が訪れる。むむ、何だ、最後の受け答えは。何を気にしたんだ? 俺とシェーラが島に残ることの、何がそんなに問題なんだ。しかし、当のシェーラは何も気にしてなさそうだし、俺はもちろん何もする気はないし。
さて、交渉はめでたく成立し、4人で島へ、ということになったのだが、シェーラがスカート姿だったので、調査活動には不向きということもあって、着替えることなった。それで体型が似ているホリーに服を借りたのだが、パンツだけぴったりでブラウスが窮屈、という面白いことになった。
ブラウスだけ、サブリナのを借りたらどうかな。いや、余計なことは言わないけどね。
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