#10:First Half-2065年11月15日(日)

 3rdサード10テン。スナップを受ける。ドロップ・バックしてドローのフェイクを入れ、レシーヴァーをチェック・ダウンする。

 守備はマン・カヴァー。スナップ前プレ・スナップのリードどおりだ。が、4人目まで、誰も空いていない。5人目はセイフティー・バルブ。空いているが、投げても1stファーストダウンは獲れないだろう。

 ポケットが左から潰される。前へステップステップ・アップし、右へ流れながらレシーヴァーを探す。ケヴィンが奥へ行こうとしている。そっちはダメだ。J・Cはなぜカムバックしてこないんだ。ブライアン、右に付いて来るな、左に流れろよ。リッキーはダブル・カヴァーのまま空く気配もない。

 仕方なく、セイフティー・バルブのダロンへ投げる。捕ったが、こちらを向いたままディフェンダーに捕まる。ダウン。ゲインは5ヤード。4thフォースダウン。

 フラッグが落ちていないのを確認して、サイド・ラインへ下がる。パンターのマットとタッチする。レシーヴァーはみんなディフェンスを振り切れない。ダイム・バックが入っているとはいえ、誰もフリーになれないとは。

 しかし、これはジョーのプレイ・コールが悪いのであって、それを俺が何とかしようとしてもうまく行かないのは解っている。既にインターセプトを一つ喰らっているから、これ以上無茶をするとオフェンスの士気が下がる。

 ベンチに座り、いつもどおりタオルを頭から被る。これはカメラ除けだ。イヤーフォンでスポッター席からの分析を聞きながら、タブレットを見てドライヴを振り返る。

 スタンドから大きな歓声が上がった。フィールドの左に動いているはずの人影が、右に動いている。パント・ブロックでもやられたのだろう。レイヴンズのスペシャル・チームは優秀だからな。

 気にせず、ドライブの振り返り。1stファーストダウンは中央のランだったが、LBラインバッカーにホールを潰されてノー・ゲイン。LGレフト・ガードのクレイグがうまくブロックに入れなかったようだ。

 フィールドではホイッスルが鳴って、プレイが止まったようだが、サイドラインの動きが慌ただしくなった。誰か怪我でもしたのだろう。

 気にせず、ドライブの振り返りの続き。2ndセカンドダウンは右から中にスラントで入ったブライアンに低いパスを投げたが、落としたドロップLBラインバッカーの右手がブライアンの腰にかかっているように見える。インターフェアの反則を取ってくれてもいいような感じだが、これは審判が見逃したのだろう。この角度ではジャージーが引っ張られない限り、気付かないに違いない。相手のLBラインバッカーがうまかった。

 3rdサードダウンのプレイ・コールの意図がわからない。右のバンチから、10ヤード付近でカムバックしてくるようなコースをなぜ入れなかったのだろう。しかし、これでこのパターンのバックスの動きは判ってきた。後でJ・C、ケヴィンと話をして、コース取りの判断基準を合わせておこう。

 不意に肩を叩かれた。ジョーかと思ったら、スペシャル・チーム・コーディネイターのレジーだった。何の用だ。

「ヘイ、レジー、マットの出番を増やして申し訳ないな。それとも、ブレットが出番をくれって文句言ってるのか?」

「マットの出番はもうないよ、アーティー」

「じゃあ、これから後のドライヴは全部タッチダウンかフィールド・ゴールにしなきゃ」

「できるのか?」

「ジョーに訊いてくれよ」

「お前に訊きに来たんだよ」

「全プレイ、オーディブルにしていいって?」

「違う、パントの話だ。お前、高校の時に蹴ったことがあるらしいな。何ヤードくらい飛ぶ?」

 何だ、怪我したのはマットだったのか。しかし、そんなのは先にブレットへ訊けよ。もっとも、あいつは全ての経歴レヴェルでパントを蹴ったことがないと言ってたはずだが。

「70ヤードくらいって言ったら信用するのかね」

「70ヤード? パント位置からか?」

「スクリメージからだ」

「スクリメージ!? まさか! 高校でか?」

「レイクフォレスト高校のWebサイトで記録レコードを調べてみな」

 レジーが首を振る。どうやら冗談だと思っているらしい。しかしそうじゃなくて、俺が持っている唯一の高校記録なんだけどなあ。

「とにかく、次にパントになったら、お前が蹴ってくれ。他に誰も蹴ったことがないらしいんだ」

冗談だろキディング。ドーキンスだってクイック・パントくらいはできるはずだぜ。こないだ練習してるのを見たんだから」

「スクリメージから30ヤードくらいしか飛ばんのだと。ああ、それから、ブレットのキックの時は、ホルダーもやってくれ。シグナルはブレットが教えるように言っておく」

LSロング・スナッパーって誰だっけ」

「デイヴ・パジェットだ。51番」

「ところでスペシャル・チーム分の給料サラリーはもらえるのかあ?」

「お前の契約がどうなってるのかなんて、俺は知らんよ!」

 冗談だろキディング。このチームで最低の給料サラリーなんだぜ、俺は。兼務なんて契約に入ってないっての。


「さあ、前半残り2分、ツーミニッツ・ワーニングが終わって最初のプレーです。ジャガーズ自陣25ヤードから3rdサードダウン残り2ヤードです。まずは1stファーストダウンを更新したいですが、池川さん、ジャガーズはこのままオフェンスをつないで、できれば3点でも取って前半を終わりたいですね」

「そうですね。まだ得点なしで、レイブンズに21点リードされていますが、最初に申し上げたとおり、ジャガーズオフェンスは後半になると調子が上がってくるんで、なんとかそのきっかけにしたいところだと思います」

「さあ、3rdサードツー。何で1stファーストダウンを獲ってくるか。ワンバックです。TEタイトエンドを二人入れて、レシーバーは左右に一人ずつ。奥がドーキンズ、手前がダレイマスです。ランか? いや、ドロー・フェイクを入れて、プレー・アクションだ! おっと、ショベル・パス!? 中央を突いたが、止まった! DTディフェンス・タックルケイスが止めました」

「フレッチャーに渡すと見せかけて、そのフレッチャーをブロッカーに使って、プルアウトしてきたTEタイトエンドのブライアン・ローンへショベル・パスを投げるという凝ったプレーでしたが、レイブンズ・ディフェンスはよく見てましたね。ホールをLBラインバッカーのアトキンズが潰したのが大きかったです」

「ジャガーズは3rdサードダウンで残り2ヤードが取れず。さあ、4thフォースダウンでパントに変わりますが、パンターのマット・コンウェイは先ほどのドライブの最後に怪我をしてしまいました。インジャリー・アップデートでは復帰の可能性は“クエスチョナブル”、50%となっていましたが、まだサイドラインには戻ってきていません。誰が蹴るんでしょうか?」

キッカーのブレット・ベルデンですかねえ。日本のフットボールではキッカーパンターは兼任という例も多いんですが、NFLでは明確に役割が分かれてるんですよね。ただパンターがプレース・キックを蹴るっていうのはほぼ無理なんですけど、キッカーがパントを蹴るのは何度か例があります」

「さあ、選手はスペシャル・チームに入れ替わったように見えるんですが、QBクォーターバックのナイトがまだフィールドに残っています。まさかパント隊形からギャンブルでしょうか、いや、もしかして彼が蹴るんでしょうか?」

QBクォーターバックは基本的にクイック・パントを練習しますから、30ヤードから40ヤードくらいはほとんどのQBクォーターバックが蹴れるんですよ。しかし、相手陣の深いところで蹴るとか、3rdサードダウンで意表を衝いて蹴るのには有効ですけれども、自陣のこんな深いところからだと、レイブンズにまたいいフィールド・ポジションを与えてしまうかもしれませんね。残りまだ1分半ありますから、レイブンズはFGフィールド・ゴールを蹴れるところまで進められるかもしれません」

「さあ、やはりナイトが蹴るようです。あるいは、リターンされないようにサイド・ラインの外に蹴り出すのか。さあ、スナップ、蹴った!」

「あー、これは……えーと? いや、意外に飛んでるかもしれませんよ。リターナーがどんどん下がっていきます」

RETリターナーピアーソンの頭の上を遥かに超えて、20ヤード付近に落ちました! いいバウンドで、エンド・ゾーンに向かって転がっていきます。タッチ・バックになるでしょうか、いや、止まりそうですね。しかし、ピアーソンはリターンしない。5ヤード付近でジャガーズが押さえました」

「これはリターンできないですよ。飛距離もともかく、滞空時間ハング・タイムがすごく長くて、ボールが落ちたときにはもうカバー・チームに囲まれてましたからね。いや、先程は失礼しました。ボールが飛んだ角度がかなり上向きだったので、ミス・パントでまずいのかと思ったら、予想以上に飛んでいました」

「ここからではレイブンズもFGフィールド・ゴールレンジまで行くのは難しいかもしれません」

「そうですね、60ヤードくらい進めないといけませんし、無理をして長いパスを投げると、インターセプトが怖いですから。いやしかし、いいパントでしたね。これは後半、ジャガーズはいいフィールドポジションで戦えるんじゃないですか。これもまた、逆転の布石になるかもしれませんよ」

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