ステージ#10:第3日

#10:第3日 (1) 月光の中の少女

  第3日


 7時に寝ると、2時に目が覚めるのはどうやら俺のリズムらしい。ライトを点けなくても、時計は見えた。月の光は入口の近くだけに留まっているが、洞窟の中を見るには十分な明るさだ。寝返りを打ってシェーラの方を見ると、まだ座っている。

 ……いや、あれは目を閉じてるだろ。寝てるな? 座ったまま寝られるとは大した特技だが、レディー・ダーニャの方はというと、おいこらルック・ヒア! いねえじゃねえかよ!

 慌てて身を起こす。よくよく見ても、やはりいない。身体に掛けてあったバス・タオルだけが、そこに落ちている。

 気絶してるんだから、寝相が悪くてどこかへ転がっていったということもないだろう。念のために洞窟の中を見渡したが、どこにもいないのは間違いない。

 となると、考えられる可能性は三つ。1、洞窟の奥へ入って行った。2、洞窟の外へ出て行った。3、誰かに連れ去られた。4、最初からいなかった。

 クイズで遊んでいるわけにはいかなくて、目を凝らして洞窟の床の砂を見る。探すのは足跡だ。レディー・ダーニャが寝ていた辺りは砂が乱れ過ぎていてよく判らないが、入口辺りに微かに足跡が付いている。門番の務めとして、誰かが入ってきたら判るようにと入口の砂をならしておいたのだが、まさか出て行く足跡を見つけることになるとはね。

 それはともかく、レディー・ダーニャは何を思ったか外へ出て行ったらしい。監禁していたわけではないから逃げ出したのでもないだろうし、どうしたことか。そもそも、意識が戻ったのなら、すぐ横にシェーラがいるのに、どうして起こさないんだよ。

 何はともあれ、探しに行かなければならないが、シェーラを起こしたものかどうか。また朝みたいにパニックになっても困るからなあ。

 レディー・ダーニャだって、洞窟を出たところで途方に暮れているかもしれないし、意外にすぐ見つかる可能性もある。何しろ狭い島のことだ。とにかく、10分ほど探して見つからなかったら、シェーラを起こすことにしよう。

 足音を立てないために、裸足で洞窟の外まで歩いて行って、そこでスニーカーを履く。辺りにレディー・ダーニャはいなかった。月は確かもうすぐ満月、という大きさのはずだから、間もなく沈む頃で、しかし足下が見える程度には明るい。

 上と下と、さてどっちへ行ったか。目の前に砂浜が見えてるんだから、下に行くよな。いや、真正面の砂浜に、人影が見えてるじゃないか。海を見ているようだ。

 急がず、ゆっくりと坂を降りる。砂浜まで出て、わざと足音を立てながら、人影に近付く。あと10ヤードほど、というところで、人影が振り向いた。

 西の空にある月に照らされて、はっきりと顔が見える。気絶しているのとさほど変わらない無表情だが、美しさは桁違いで、神々しいと表現したくなるほどだ。

「洞窟の入口に寝ていた方ですね?」

 彼女の方からは逆光で、俺の顔ははっきりとは見えないはずだが、顔の形とか体つきとかで判るのだろう。

「はい。レディー・ダーニャ・シウ、何も言わずに出て行かれると困りますな」

「波の音が聞こえたので見に来て、すぐに戻るつもりでした。ここはどこです?」

「答えるのに少々難渋しそうです。話が長くなると困りますので、洞窟に戻って頂けませんか」

「そうしましょう。その前に、あなたの名前だけでも聞かせて下さい」

「合衆国出身で、シュタウフェンスハーフェンの帝国騎士インペリアル・ナイト、アーティーと申すものです」

 最初は普通の口調で話しかけていたのだが、いつの間にか丁寧な言葉遣いをしてしまっている。これも元王家の血筋の威光というやつか。どうもそういうのに弱いな、俺は。

「シュタウフェンスハーフェン? では、ここはヨーロッパですか?」

 この仮想世界ではシュタウフェンスハーフェンが存在することになってるのかよ。

「それも洞窟に戻りながら答えてもよろしいですか」

「結構ですとも」

「では、レディー、こちらへ」

 俺が右手を振って洞窟の方を指し示すと、レディー・ダーニャが歩いてきた。髪は海水に濡れたのを乾かしただけでぼさぼさに乱れてるし、身に着けているのは男物のシャツ一枚――後ろ前だったのをいつの間にか正しく着直している――という姿だのに、どうしてこんなに威厳があるかねえ。案内するために、一歩先んじて歩き出す。

「ヨーロッパではありません。あなたがご記憶のとおり、バハマへ向かう途中の海上、合衆国とキューバの三つの国に囲まれた海に浮かぶ、無人島です」

「無人島ですか。では、あなたは私たちを救助に来てくれたのですか?」

「いいえ、残念ながら、同じく遭難者です。あなたとミス・フォーセットが漂着する前日にこの島に流れ着きました。どうやってここを脱出するかを考えているところでして」

「そうですか。遭難したという割には、ずいぶんと落ち着いていますね」

 鋭いな。だって、俺は7日以内にこの島から出られることを知ってるからさ。ただ、情報集めに失敗したらゲートにたどり着けなくて、ゲーム・オーヴァーになる可能性はあるけれども。

「この辺りにはレジャーで訪れる者も多いと知っていますのでね。現に、ここにも一人おりますから」

「私たちは3人で遭難したのですが、もう一人はどうなったか知りませんか?」

「ミス・フォーセットからも訊かれて、朝から浜や海を探しているところですが、この島には漂着していないようです」

「それは心配です。リンディーも無事でいてくれればいいのですが」

「坂を登るのに、手を貸しましょうか」

「いいえ、一人で登れそうです。先ほどから、あなたは私に敬意を持って接してくれているようですが、私はそれほどの者ではありません。私の父はバーミージャの総督ですが、私自身は単にその娘というだけで、公式な称号は何も持っていませんから」

 またまた鋭いな。シェーラが先に意識を取り戻したことを知って、だからある程度の素性は俺に語ったろうと察して、それで俺が敬意を持って接している、と推理したんだな。

「シウ家の家柄に対して敬意を示す必要がないというのであれば、そうしましょう」

 ダーニャに出した手を引っ込めて、坂道を上りながら言う。

「そうして下さい。ここは私の国ではありませんし、であれば私とあなたは対等の関係です。いいえ、あなたが私やシェーラを助けて下さったのでしょうし、この服はどうやらあなたのものでしょう。きっと食糧や水もあなたが確保していて、シェーラに分けてくれたりしたのでしょう。もしそうなら、あなたは私たちの命の恩人ですし、私たちのこの先の命運はあなたの掌中にあるということです。私からあなたに助命の嘆願こそすれ、あなたが私に必要以上に気を遣うことはないと思います」

「ずいぶんと落ち着いていらっしゃる」

「死をも覚悟して海へ飛び込んだのに、こうして命が助かったのですから、これ以上の幸運を願う故があるでしょうか」

 達観してるなあ。ゲームのシナリオだからと裏読みして安心している俺とは大違いだ。

「では、単にダーニャと呼んでもいいと?」

「もちろんです」

「ミス・フォーセットが気を悪くしそうですが」

「そんなことはありません。私の親しい友人はみんなダーニャと呼びますから。あなたもその一人ということです。あなたのことはアーティーと呼びますが、構いませんか?」

「もちろん」

 じゃあ、その寛大なご配慮に甘えて、言葉遣いもいつものに戻すかあ。洞窟に戻ると、シェーラはまだ座ったまま寝ていた。

「起こさない方がいいかな」

「いいえ、起こして安心させましょう。きっと眠りが浅いでしょうし、そんなことでは疲れが残りますから」

 ダーニャはそう言ってシェーラの横に座ると、身体を揺り動かしながら声をかけた。シェーラが弾かれたように顔を上げ、目を見開く。

ダーニャ様レディー・ダーニャ!」

「シェーラ、心配をかけました。私はこのように無事です。どこも悪いところはありません。どうか安心なさい」

「よかった……よかったです、ダーニャ様レディー・ダーニャ……」

「ほとんど寝ていないのでしょう。朝までゆっくり休みなさい。私も一緒に休みます」

「はい……はい、ありがとうございます。本当に、本当によかったです……」

 そして二人して砂の上に横たわり、手を握り合う。シェーラは嬉しさのあまり泣いていたようだが、すぐに安らかな寝息を立て始めた。それを待っていたかのようにダーニャがむっくりと起き上がり、俺を見た。

「もう少し、話を聞かせてくれませんか。ただ、ここで話すとシェーラの安眠を妨げるかもしれませんから、他にいい場所はありませんか?」

「さてね、また砂浜に出た方がいいだろうな」

「そうしましょう。夜の海はとても綺麗でしたので、もう少し見ていたいです。その前に、水を1杯もらえますか? 喉が渇きました」

「水だけでいいのかね。腹は減ってない?」

「少し減ってますが……」

 言った途端に、ダーニャの腹が大きな音を立てた。少しは恥ずかしがるかと思ったが、平然と俺の顔を見ている。

「少しじゃないようだな」

「たくさん減って当然です。だって、私は丸一日以上、気を失っていたのでしょう?」

 機嫌を悪くしたような口調だが、この時だけは子供っぽい顔に見えた。それほど腹が減っていても、レトルトのチキン・シチューなんかは口に合わないかと思ったが、むさぼるように、といっていいくらい、うまそうに食っている。食事のマナーはぎりぎり守っているというところかな。

 食べ終わると、また砂浜に降りる。月明かりはだいぶ薄らいできたが、その代わり星がもっと綺麗に見えるようになった。

「シェーラは、私たちがなぜバハマに向かっていたかをあなたに話しましたか?」

 砂浜に膝を抱えて座りながら、ダーニャが言った。

「いや。君の許可がないと話せないと言っていた」

「そうですか。あなたは信用の置ける人に見えますが、どうして気にしたのでしょうね。きっと、命が助かったばかりで、混乱していたのかと思いますが」

「本当は信用できないかもしれんよ」

「いいえ、あなたの目を見て判りました。それに、あなたの話しぶりも、甘言を弄して私を騙そうとするようなものではありませんでしたから。逆に、あなたはシェーラの話を全て信用したのですか?」

「瀕死の状態で砂浜に打ち上げられた遭難者が、嘘をついても意味がないからな」

「そんな消去法的な理由で信用してもらっても、あまり嬉しくありませんね」

「まあ、それは第一印象としての理由で、他には話している時の態度とか物腰とか、雰囲気とか風格とかでね」

「人を見る目をお持ちのようですね。それで、私たちがバハマに向かっていたのは、母国内の政治的な騒乱に際して、近隣の連邦国に保護と援助を求めるためです」

 さあ、そういう政治的なシナリオに巻き込まれたくなかったんだがなあ。とりあえず話を聞くか。

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