#10:第2日 (6) 落とし穴

 仕方がないから、また島の探検に出る。今度は東側の斜面だ。さっきと同じように、登りにくそうでも頑張って登る。ただし、こちらの方が傾斜がきついところが多い。その分、木は少なめなのだが、それがまた登りにくさの原因になっている。

 斜面の上の死角に洞窟があるのではないか、などと疑い始めるときりがないくらいだ。穴を見つけても、洞窟とはいえないような単なる岩の窪みや、腹ばいにならないと雨宿りもできないようなものばかり。初日に二つも洞窟を見つけたのは、単なる幸運だったのだろう。いや、もしかしたらシナリオの都合で、不要な洞窟は埋めてしまった、とかかもしれない。

 1時間ほど歩き回ってから山に登り、周りの海を見る。遭難者探しではなくて、ツアーでやってくる船や、貨物船でも通らないかと思って見ているのだが、全くない。

 そもそも、現実の世界と違って、仮想世界では作者の都合のいいようにシナリオを作るだろうから、偶然通りがかった船に助けてもらえるなんてことはないんだろうなあ。ただ、見張りをサボると、シナリオ上で都合の悪いイヴェントが起こりそうな気がするので、手抜きはしない方がいいだろう。

 山から下りる時に、ロープを使って斜面を降りながら探索する方法を思い付いた。これなら、登れなかった斜面の上でも見られるわけだ。どうしてこんな単純な方法を、もっと早く思い付かなかったのかと思う。しかし、ただ闇雲に斜面を降りるのも効率が悪いので、先ほど登れなかったところに対して、上から降りて行く、という作戦を採ることにした。

 こういう時に地図がないのは困りもので、どこに行ったとか行ってないとかを、記憶に頼るしかない。だが、狭い島のことだから何とかなるだろう、と安直に考えておく。

 山頂から東の浜に降りる道を、適当なところで外れて、道なき道を行く。ちょっと坂がきつくなったところで、安全のためにロープを使って降りる。長さは100ヤードほどあるだろうから、かなり下まで降りられる。

 と思いきや、降りられはしても横移動の時に不便だった。ロープが木に引っかかるので、いちいち上まで戻って、違うルートで降り直さなければならない! やっぱり、本当に降りにくいところだけ、ロープを使うようにするしかないだろう。

 しかし、降りにくいところをロープで降りると、登る時にロープに掴まったら、手が痛くなる。しっかり握らないと、登れないからだ。軍手が欲しい。なかなかうまくいかないものだ。探検なんてしたことないからな。頭で考えてるだけじゃあ、ダメだ。

 さんざん動き回って、ようやく一つ、洞窟を見つけた。見つけたのはいいが、穴が狭い上に入口からいきなり急角度で落ち込んでいて、まるでウォーター・スライドのようだ。ロープがあるから降りてもいいのだが、どうするかな。

 とりあえず、ロープの先に大きめの石を結びつけ、穴に落としてみる。転がり落ちることを期待したのだが、穴の中の出っ張りに引っかかってうまくいかない。なるべく奥の方に投げ込んで、ロープを引っ張ったり緩めたりしながら落とし込もうとしたが、やっぱり途中で止まってしまう。

 こういう穴を降りるには、ヘルメットとそれに取り付けたライトとか、本格的な探検用の装備が必要と思うので、素人がちょいと降りてみるなんてことをしたら、きっと痛い目に遭うだろう。

 降りるのはやめにして、ロープを回収しながら頂上に戻る。周りを見渡してから、洞窟に戻る。レディー・ダーニャはまだ眠り姫のままだ。シェーラは俺にほとんど関心を示さない。水だけ飲んで、また探検に行く。水筒があれば便利なのだが。

 東の浜は、北側の山裾をまだ調べてきっていない。傾斜が緩くて、登りやすいところが多いのだが、突如として5フィートほどの段差が現れたりする。こういうのにロープは役に立たない。

 大きく横に迂回して段差の上に登ると、落とし穴のような窪みがある。もしかしたら洞窟があったのかもしれないが、土で埋まってしまったようだ。これは人為的なものではなくて、自然現象だろう。あるいはシナリオの都合で? うーむ、よくわからん。

 次は上から。分かれ道の間を無理矢理降りてみたが、いきなりすとんと落ち込んだところがあって、ロープに掴まりながらその下を覗き込むと、洞窟があった。入口のすぐ下には、顎のように突き出した岩がある、これでは下からでも見えないわけだ。

 しかし、これなら分かれた道のどちらからでも、少し下がったところから横に入れば入口に到達できそうな気がする。そもそも、道を登り降りしている時にどうして気付かなかったんだろう、と思いながら降りていくと、道の角度が悪くて横から見ても死角に入ってしまうことが判った。

 しかも、道を外れてかなり入り込まないと洞窟の入口が見えない。自然のカモフラージュだな。そして入口を見つけたのはいいが、また急傾斜で落ち込んでいる。ただ、穴は広くて、かなり奥まで歩いて入れそうなので、行ってみることにする。もちろん、安全のためにロープを使う。

 足下に大きな石がゴロゴロと転がる中を、つまずかないようにしながらゆっくりと降りる。この島を利用した海賊も、中の整備はしなかったらしい。使わなかったと見せかけて、奥に宝を隠している、なんてこともあるかもしれないが、そういう時は入口の辺りを石で塞ぐとかして、簡単には入れないようにするんじゃないかと思う。だから中には何もない、と断定することもできないしなあ。

 25ヤードほど降りたら、意外にも底に着いてしまった。といっても行き止まりではなく、“上り”になっただけだ。ライトで照らすと、少し登ったところでまた下りになっているように見える。そこまで登る。さして急な坂ではないが、登り切ったところから下るのはまた急角度だ。

 それでも頑張って降りて行く。さらに角度がきつくなって、穴が狭まってくる。後ろ向きになって、脚から降りる。ロック・クライミングの逆だな。

 足場にしようとした石が動いて、転がり落ちていったと思ったら、ドボンと音がした。下に地底湖があるのか。ライトで下を照らしてみたが、そうは見えない。穴が曲がっていて、水面まで光が届かないのだろう。落っこちたら大変だが、どれくらいの大きさの地底湖なのかくらいは調べておきたい。

 穴がだんだんと垂直に近くなってくるが、壁に脚を突っ張りながらそろそろと降りる。途中に踊り場のような少し平らになったところがあって、穴はそこでクランク状になっていた。

 その踊り場に立って、ロープに掴まりながら、下をライトで照らして覗く。光が反射しているということは、やはり地底湖があるということだ。さっき落とした石のせいで、まだ少し波立っている。穴が小さすぎて、地底湖の全貌は見えない。

 ただ、これ以上降りると、今度は登るのがつらくなりそうだ。既に手がロープを持ちすぎて痛くなってるからな。降りて、どこか別の所に抜けられるのならいいが、そうじゃなかったら大変なことになる。

 しかも、ロープの残りも少なくなってきている。洞窟の長さを憶えるために結び目を作っておいて、撤収に入る。外に出てからどれだけ進んだかを確かめたが、たかだか120ヤードほどだった。そんなものか、という気がする。

 また頂上に行って周りを見渡し、洞窟へ戻ると5時だった。東側の浜は既に日陰になっている。

 明るいうちに食事を済まさないといけないので、シェーラに勧める。それほど腹は減ってないらしいが、明日の朝まで12時間食事がないと言うと、「では、少しだけ」と答えた。

 パンの缶と、チーズ・トルテリーニのレトルトを開ける。シェーラはパンを一つと、レトルトを半分だけ食べた。残りの半分は、行儀が悪いが俺が食べることにする。捨てるような余裕はないからな。

 デザートにチョコレート・バーを半分に折ってシェーラに渡すと、少しだが笑顔を見せた。

「さて、今夜の寝る時についての相談だが」

「はい」

「恐らく、君はレディー・ダーニャのことが心配なので、夜中も見守っているつもりと思うが、どうだろう」

「はい、もちろんです」

 忠義なものだが、君だって体調が万全ではないだろうし、そこに寝不足を加えたせいで体調を壊しても困るだろうから、夜中のうち、半分くらいは俺が代わりに見守ることにしてはどうか、と提案する。

「病気なら容態が急変した時に困るだろうが、気を失っているだけだから。もちろん、俺が起きている時に何かあったら、君にも声をかけるよ」

「はい、お優しいお気遣い、ありがとうございます。私はなるべく起きているつもりですが、眠くてどうしようもなくなった時には、少しだけ、代わって頂くことにしますわ」

 こういう時に意地を張らないのはいいことだ。時間は特に決めず、眠くなったら声をかける、ということに決めた。

 後は俺が寝る場所をどうするかだが、下の“大広間”にするとシェーラが俺を起こす時に困るだろうから、洞窟の入口に近いところに陣取る。他に誰もいないはずなのに見張りと言うと変だが、こういう時は門番の役割をするのが帝国騎士というものだ。門番は本来、寝ないけどな。シェーラはたぶん、夜中の2時頃までは頑張るだろうから、俺はそれまで寝ることにする。

 日が暮れたが、既に月が昇っていて、青白い光が降り注いでくる。洞窟の中まで青い光で満たされる。こんな夜に、恋人と砂浜を歩いたら、さぞかしロマンチックだろう。波の音を聞きながら、手をつなぎ、歩いては立ち止まって、月を見て、夜空を見て、抱き合って、永遠の愛を誓い合う。ということをすれば、女は喜ぶのではないだろうか。

 そういうことを考える時には、俺の頭にはメグのことしか思い浮かばない。ただ、どういうわけか、マルーシャがどこからか俺たちのことを見張っているのではないかという考えまで浮かんできた。強迫観念アナンカスティアを植え付けられているらしい。

 俺の夢まで支配するとは、なんと無慈悲な女王ハーシュ・ミストレスだろうか。

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