#10:第2日 (5) 総督の娘

「ところで、君の国から救助に来てくれるって可能性はないのかね」

 シェーラはともかく、お嬢様は国の重要人物の娘に思えるから、遭難したのなら救助隊が来てもいいはずだと思うけど。

「それが、出発して間もなく、通信装置……トランスポンダといったでしょうか、それが故障してしまって、地上からは飛行機の位置がわからなくなった、とリンディーが言っていたように憶えています。ただ、その他の計器類やGPSは正常に動いていましたので、飛行は続けられるとのことでしたが……」

 それじゃあ、救助は望み薄だな。もっと予定経路を外れて、合衆国やキューバの防空識別圏にでも入り込んでりゃあ、どっちかの国が遭難した位置くらいは特定してくれただろうに。それとも、北米航空宇宙防衛司令部N O R A Dが追跡してたりしないのか? サンタ・クロースなら追いかけられても、外国の軽飛行機は無理なのかよ。

「ともかく、救助を待つしかないな。食糧と水は、節約すれば2週間は保つだろう。大西洋のど真ん中とは違って、どこかの陸地からせいぜい100マイルほどしか離れてないはずだから、遠からず人は来るさ。火を焚く準備をしておいた方がいいな」

 なぜ俺がそれを準備していないのか突っ込まれたら困るのだが、少しでもシェーラを安心させておかなければならない。で、残りの心配はお嬢様がいつ意識を取り戻すかなのだが、だいぶ気温が上がってきて、脱水にでもなったら困るので、洞窟へ運ぶことにする。

 さっき着替えや何かを取りに行った時に気付いたのだが、あの洞窟は朝の一定時間だけ日が射し込むようになっていて、中がちょうどいい感じに温まるのだ。下の砂が乾いているのもそのせいだろう。シナリオの都合であってもありがたいことで、今頃はもう日が射し込まなくなっているはず。

 四たび、お嬢様を抱える。山を登り、洞窟の中に運び入れた。そしてシェーラにはお嬢様に付き添っているよう指示し、ロープや何かを持って外に出る。もう一つの洞窟を探検に行くのだが、シェーラにはそこまでは言わないでおく。

 さてその洞窟、入口は小さいし、中も狭い。北に向いているからか、少しじめっとしている。もっとも、壁が濡れるほどではない。奥へ行くに従って下り坂になり、なおかつ天井も低くなってきたが、40ヤードほど入ると少しばかり広くなっていて、水がたまっていた。

 直径6ヤードほどの歪んだ円形。地底湖、というにはどうにも小さすぎるが、他に言い表す言葉がない。透明度はかなりあるものの、水深はさほどでもないようだし。何より、水質を調べようがない。潮の香りがしないから真水だろうが、酸性だかアルカリ性だか判りゃしない。

 とはいえ、ここはどう考えても珊瑚による石灰質の地形で、洞窟といえば鍾乳洞だ。その水が強酸や強アルカリなんてことは考えられない。たいていの鍾乳洞では湧き水を飲料水として売っていることもあるくらいで、ここには人も住んでいないから、飲めないほど汚染されているということはないだろう。

 しかし、水は既に確保してあるので、それが尽きるまでは――シナリオの都合上、1週間しかいられないんだから尽きることはないと思うが――ここの水には手を出さないことにする。水浴びや洗濯には使えるかもしれない、としておこう。

 とにかく、この地底湖が行き止まりで、周りに道はなくて、途中に横穴もなかったので、短い探検だったがもう引き返すしかない。TV番組にもならないな。

 バケツに半分ほど水を汲み、外に出てから見てみると、濁りも匂いもなくて、飲めそうな気がするほど綺麗な水だった。もちろん、飲まない。

 まだ昼にもならないので、島の探索を続けようと思う。とりあえず、西の浜へ行く。既に日当たりがよくなって、美人が倒れていた浜の砂も、お嬢様が乗り上げていた岩も、すっかり乾いている。改めて見ても、辺りに漂着物はない。

 実は海には用はなくて、山側に、他に登る道があるかを探そうと思う。頂上までは登れなくても、洞窟の入口までは続いているかもしれない。というか、洞窟が探したいだけだ。

 こんな小さな島であっても、洞窟があるのなら1ヶ所や2ヶ所ということはなくて、大小無数に空いているだろう。ただしそういう気がするだけで、確証はない。

 登りにくそうな斜面を無理矢理登り、木々の間を縫って上下左右に歩き回る。時々、斜面を滑り落ちる。雨宿りしかできなさそうな小さい横穴はいくつもあるが、中まで入って行けそうなものはない。

 ただ、砂と土で埋められたんじゃないかという気がするものもある。なぜそんなことをしたのかは解らない。もしかしたら、土の下に宝箱が埋まっているのかもしれない。

 だが、それを掘っくり返して宝箱を発見したとしても、ターゲットと関係ないのではないかと思う。なぜなら、それはただ単に時間のかかる作業で、しかもキー・パーソンの協力が全く必要ない。

 ただし、宝箱を必要としているキー・パーソンがこの後に登場するのなら、一緒に掘ったりすることになるかもしれない。その場合、シェーラやお嬢様とのつながりが解らないが、そのうち何かを聞き出すことになるのかも。

 西側の斜面を、歩けそうなところはほぼくまなく歩き回った後、頂上まで行き、周囲を確認してから、根城の洞窟に戻る。シェーラが、お嬢様を前に為す術なく座っている。お嬢様はまだ意識が戻らないらしい。しかし、いい加減、お嬢様の名前を教えてほしいものだ。

 昼になったので、シェーラに食事を勧めてみる。あまり気が進まないようだが、食べれば元気が出るから、と言ってポテト・グラタンのレトルトを手渡す。封を切って、プラスティックのスプーンで直接食べるのだが、結構うまい。

 飲み物は紙パックボックスのオレンジ・ジュース。それからミート・ボール入りマリアナ・ソースの小さい缶を開けたが、シェーラはもう食べられないと言って断った。これもうまいのだが、流動食ばかりなので少しは固形物が食べたい気がしてきた。

 食べ終わると何もすることがなくなって、探検の結果を話した後で、“お嬢様”の名前と素性を訊く。シェーラも覚悟をしていたらしく、話す前に背筋を伸ばして座り直した。

「レディー・ダーニャ・シウです。バーミージャの総督の娘です」

 えーと、バーミージャってのは国の名前だよな。シェーラの口調からすると、俺でも知ってて当然みたいな感じだったから、バミューダの聞き違いかと思ったんだけど。この世界恒例の、架空の国じゃないの?

 場所も判らないから、シェーラに訊く。ユカタン半島の左肩の、南西沖200キロメートル、つまり120マイルほどにある島国とのこと。面積200平方キロメートル、平方マイルに換算できない。人口約1万人。はい、架空の国で決定ね。

 で、どうしてバハマに行こうとしたかを訊く。しかしそれは「レディー・ダーニャに相談してからでなければ……」と口を濁す。別に知らなくてもいいので、総督ガバヴァナー・ジェネラルとはどんな役割なのかを訊く。

「バハマやジャマイカもそうですが、英連邦コモンウェルス・オヴ・ネイションズのほとんどは、英国王モナーク・オヴ・ザ・ユナイテッド・キングダムを元首に戴き、その名代として総督が元首の職務を代行するのです。特に、バーミージャは英領ブリティッシュバーミージャの時代から、マヤの王家につながる家系から総督が任命される慣習があるのです」

 また王族の関係者か。架空の国が出て来た時の恒例だな。しかし、今回は王女プリンセスというわけではなく、総督の娘だから、残念だが格落ちだ。マヤの王国はたくさんあったらしいから、王家もたくさんあったろうし。それでも、連合王国の貴族くらいの格はあるか。初見で貴人と感じたのは当たってたな。

「それで、君は? 見たところ、君もレディー・ダーニャと同じように気品エレガンスが感じられるが」

 別におだてているわけではなく、オーラこそ感じられないものの、シェーラも名家の娘という雰囲気なのは間違いない。しかも、どことなくレディー・ダーニャに似たところがある。

気品エレガンスなんて、そんな……ただ、私とダーニャ様レディー・ダーニャは遠い親戚だとのことで、それで教育係として雇われました。だから、少しは似ているところがあるのかもしれませんが……でも、親戚といっても、私はそのことを全く存じなかったのです。私の家系をシウ家の方が調べて、本当に遠い親戚だったとのことでしたから、王族の血が混じっていたとしても、ごく薄いものだと思いますわ」

 ああ、そういうことね。容姿の相似ってのは遺伝的に遠くても出ることがあるもんな。俺なんか遺伝的には色々混じってるから、ロシア人に似てるとか、ネイティヴ・アメリカンに似てるとか、アラビア人に似てるとか、言われ放題だし。

 レディー・ダーニャとシェーラの素性を訊いてしまうと、もう他に訊くことがない。バーミージャという国の話を訊いても今は答えてくれないだろうし、相手が美人だからといって口説く趣味もないし、口説かれてくれないだろうし。

 俺の詳しい自己紹介やフットボールの話をしても、まともに聞いてくれないだろうし。いや、それが一番残念だよ。マイアミ・ドルフィンズQBクォーターバックの肩書きは、いつ自慢できるんだ!

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