#10:第2日 (4) どこの国?
さて、もう一人を捜すために、山の頂上まで登りたいが、美人から見えないところの登り口を使いたい。いくら相手が遭難者で、しかもキー・パーソンの可能性がある人物でも、最初から手の内をさらすのはよろしくない気がするから。
西の浜までもう一度行き、周りにやはり遭難者がいないのを確認してから、山を登る。頂上まで行き、用意の双眼鏡を使って周りの海を360度見渡してみたが、飛行機らしき物は浮いていない。波がまだ高いので、人だけが浮いていたら見落とすこともありそうだが、飛行機ならいくら小型でも見落とさないだろう。1マイルも先なら見えないだろうが。
それから、崖の方にも降りてみる。先ほど見に行った岩場よりも高いところから見るから、死角はほとんどないはずだが、人らしき物が海に浮いている様子はない。
唯一、ここからでも見えにくいのが東南の稜線の先の方、つまりクルーザーが座礁していた崖の辺りから先の部分で、そちらの方にも行ってみる。
クルーザーに飛び移った場所よりもさらに先の方まで行き、稜線の両側の崖下まで見たのだが、何もない。稜線の先端まで行くと、転覆したクルーザーが50ヤードほど沖に見えていて、誰かがあそこに漂着していたら解るはずだが、人影はなかった。
そもそも、飛行機は墜落したのか不時着したのか、それとも爆発したか何かで乗員が放り出されたのか、その辺の事情もまだ聞いてない。
稜線を戻るときに、浜の方を見る。二人が見えるが、一人はまだ横たわったままだ。途中の崖を飛び降りればあそこまで早く戻れるのだが、行った方向と違うところから現れると驚くかもしれないし、もう一度頂上から周りを眺めた方がいいと思うので、崖の道を登る。頂上から見渡してもやはり何も見つからず、西の浜へ降りて、島を半周してから二人のもとへ戻った。
「まだ意識が戻らないか」
「はい、お顔の色はだいぶよくなったのですが……」
お嬢様の肌の色は美人よりも幾分薄く、俺と同じくらいだ。岩から助けた時には青ざめていたが、今は頬の辺りにもだいぶ赤みが差している。体温が戻ったのなら日向はよくないので、木陰に移動させる。
お嬢様はシャツを後ろ前に着ていて、袖だけを腕に通してあるが、普通に着せるよりはこの方が着せやすかったからだろう。スラックスは穿いていなくて、代わりにタオルが掛けてある。スラックスは美人が履いていて、裾がかなりたくし上げてある。
下着は濡れているから脱いでしまっているだろうが、余計なことは考えないでおく。透けないように、色付きのシャツを用意してよかった。もっとも、色付きの方が太陽の熱を吸収しやすいから、温まりやすいだろうという配慮でもあるのだが。
さて、どういう事情で遭難したのかを美人に訊きたいのだが、そうすると俺の方も詳しく話さないといけなくなるだろう。俺は遭難したわけではないので、どう話していいか解らないから困る。
とりあえず、腹が減っていないか訊いてみる。減っているというので洞窟に戻り――さすがこの時には、坂を登れば洞窟があって、などと美人に説明せざるを得なかった――、ビスケットの缶と水のタンクとカップを持って来てやった。カップは一つしかないのだが、この先どうするかな。
「あの、遭難したのを助けて頂いた上に、着替えや食糧まで分けて頂いて、本当にありがとうございます。あなたは私たちの命の恩人です。ところで、ここはどこなのですか? あなたはどなたで、ここで何をしてらっしゃるのですか?」
困るね、どれも答えられないんだよ。クルーザーの持ち主が地図だけでも残していてくれりゃあ、場所くらいは当てずっぽうでも答えられたのに。漂着したことはさっき言ったつもりだが、耳に入ってなかったかな。
「まず、俺の名前はアーティー・ナイトだ。アーティーと呼んでくれて結構だ。残念ながら、ここは無人島でね。俺も君と同じく遭難者だ」
「無人島……」
美人が呆然としている。助かったと思ったら、助かってなかったってことだから、呆然とする気持ちも解る。
「船でクルージングをしてたら、突然時化に遭ってね。しかもエンジンや電気系統まで全部壊れて、助けを呼ぶこともできないで漂流してたら、偶然この島に着いたのさ。だから正確な位置も判ってない。ところで、君の方は飛行機に乗っていたとのことだが、どこからどこへ飛んでいる間に遭難したんだ?」
「あっ、はい、あの……」
美人は話しかけたと思ったら、また口をつぐんでしまった。何だ、自分のことを話すための気持ちの整理が付いたから俺に質問してきたと思ったのに。それとも、無人島だと知ったのがやはりショックだったのかな。
しかし、十数秒の逡巡の後、彼女が口を開く。
「私たちは、ユカタン半島から、バハマへ行こうとしていたんです」
おお、そうするとここはメキシコ湾かカリブ海? 道理で暖かいわけだぜ。しかも合衆国にかなり近いな。マイアミ辺りに戻れるシナリオが含まれてるんじゃないか。
それなのに、彼女やお嬢様がメキシコ人にもバハマ人にも見えないのはなぜだ?
「それで?」
「キー・ウェストの東南沖、約100キロメートルを飛行中に、トロピカル・ストームに遭遇しました。ですが、予報されていたほど強くはなく、南側の比較的風の弱いところを飛行して、強風域を無事に抜けられたはずだったのですが……」
「
「はい、突然、左翼が破損して……飛来物が当たったのかと思ったのですが、リンディーは何かが爆発したように見えたとも言ってました。とにかく飛行が不安定になって、でも私は直後に激しい揺れで頭をどこかにぶつけたか何かで、気を失ってしまったらしくて、その後のことは全く憶えていないんです」
それでよく助かったな。まあ、架空世界のシナリオだからそういうものか。しかし、そうなると飛行機がこの近くに墜落したかどうかは不明ということだな。
判っているのは、この島の近くで、彼女とお嬢様が飛行機から放り出されたのであろう、ということだけだ。お嬢様にも話を聞いてみたいが、意識が戻らないのではどうしようもない。
「ところで、君の名前は?」
「…………」
なぜ口をつぐむ。どうも彼女は“催眠術”のかかり具合がよろしくない。まだ頭の中が混乱しているからかもしれないが、もうちょっと目を見てやるか。そら、かかれかかれ。
「シェーラ・フォーセットです」
ファミリー・ネームはともかく、国籍が判りにくい名前だな。少なくとも
「OK、ミス・フォーセット、どこの国から来た? 俺は合衆国からだ」
「あの……」
またかよ。そんなに言いにくい国なのか? ユカタン半島と言っていたが、メキシコ人じゃないと思うんだよな。ベリーズとかグアテマラとか、それとももっと南の方にあるホンジュラスとか?
「まあ、言いたくないのなら言わなくてもいいさ。どうせここでは国籍なんて関係ないからね」
「はあ、あの、申し訳ありません、ご配慮ありがとうございます……」
そもそも、国境を越えて飛ぶのに女が3人きりで、しかもそのうちの一人は高貴な出身らしくて、トロピカル・ストームの予報が出てるのに飛ばなきゃならなかったってんだから、よほどの事情だぜ。
恐らくは政治的な何か? 戦争でも起こったのかな。どうしてこの架空世界ってのはそんなに面倒くさいシナリオを用意するんだろう。
とりあえず、俺は何とかしてシェーラかお嬢様に取り入って、ターゲットの情報を訊き出さなきゃならないことになってると思うんだけど、こういうシリアスな展開は好みじゃないね。
そもそも、この無人島からどうやって脱出するんだよ。まあ、この後、他にも登場人物がいそうな気がするけどさ。
ともあれ、シェーラにこの島の形や広さ、地形について大まかに説明する。水場がないことを強調し、特に飲み水の取り扱いには気を付けるように言う。
そして、シェーラからどの辺りで遭難したのかを訊き出す。飛行経路はよく知らないらしいが、キー・ウェストとハバナの中間地点を通過したとリンディーが言っていたことや、そこから100キロメートルか200キロメートル……60マイルか120マイルほどは東へ飛んだはず、などを教えてくれた。
つまりここはフロリダ半島とキューバ島とバハマのアンドロス島に囲まれた海の中のどこか、ということになる。
そういえばその辺りには確か何とかいう
そしてもしこの記憶が正しいとすると、この島の近隣にも時々ダイヴィング客が来るかもしれないという可能性が無きにしも非ずというところか。つまりダイヴィング客が来れば俺たちはこの島から脱出できるのだが、そううまくは行かないだろうな。季節にもよるだろうし、何しろここは架空世界なんだから。絶対、違うシナリオがあるに決まってるって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます