#9:第6日 (6) カジノの不正規隊

 7時半頃に解散し、カティーの恨めしそうな視線を背に浴びながら、バーを出て警備詰所へ行った。カウボーイ・ハットに関する一覧表の調査結果をブロンダン主任に訊いたが「規則性不明」、ネットワーク通信量についても「大幅な増加なし」とのこと。しばらく手掛かりがない状態が続いていて、ブロンダン主任もいらだちを募らせているようだ。

「我々の考えすぎだった、というのなら助かるんですがね」

 マレー主任が心にもないことを言う。これから勤務に就くところなのに、一仕事終えて疲れ果てたというような表情をしている。顔色も良くないし、神経を使いすぎて胃をやられたかもしれない。

「裏で何らかの準備を進めているんでしょうが、それが何なのか、全く判りませんな」

 ブロンダン主任がむっつりした顔で呟く。俺やマレー主任にではなく、何も見出せない自分自身に対して不機嫌になっているのだろう。

「元々、我々の仕事は、事が起こるまでは何もできない、起こってからそれが大きくならないようにすることしかできないんですがね。しかし、たまには未然に事を防ぎたいものですよ」

「被害の額は、どれくらいまでなら許してもらえるのかね」

「嫌なことを訊きますなあ」

 しかし、ブロンダン主任はその言葉ほどには嫌そうでもなく、個人の上限、テーブルの上限、そしてその日の予測収入に対する上限を教えてくれた。もちろん、それを外部に漏らすのは御法度だからと、堅く口止めされる。警備員やサーヴェイランス・チームでも、全員に知らせているわけではないらしい。俺が仮にも副主任だから教えてくれるわけだ。

「その金額を超えたら、誰かクビになったりする?」

「まさか。我々は報告書を書かされますが、給料にすら響きませんよ。部長ディレクトールは本部に呼び出されて絞られるらしいですが、彼女だって免職や降格にもなりません。そういうのが問題なのではなくて、我々にとっては、名誉の問題なんですよ」

 そうは言っても、3日くらい連続して負けたら、なにがしかの人事異動が行われるだろう。フットボールのコーチだって、成績が出せなかったらシーズン途中でも解任ファイアだ。

 俺の場合は臨時に雇われただけだし――しかもほぼ無報酬で――、今回は役に立たなかった、ということになるだろうが、指をくわえながら負けを認めるってのは嫌だからな。フィールドに出たからには、クロックがゼロになるまであがくのが信条だ。

 とにかく、今夜から明日にかけて何かやって来そう、というのは3人で意見が一致した。さりとて、対策と言えるものは何もない。ただ、少し調べてみたいことがあるので、警備員を2、3人使ってもいいかとマレー主任に訊いてみる。

「構いませんよ。ミレーヌでも誰でも使ってください。しかし、何を調べるんです?」

 当然のように訊かれたが、先入観になってもいけないから、と言わないでおく。マレー主任は不満そうだが、「一人の意見に偏らず、色々な対策を講じることが大事だ」とブロンダン主任が助言してくれて、その場は終わった。詰所を出て、嬉しそうな顔で待っていたミレーヌを呼び寄せ、“指令”を授ける。ミレーヌが目を輝かす。

「やります! アーティー副主任スー・シェフのために働けるなんて、とても光栄です! 頑張ります!」

「頑張りすぎて、目立ってもいけないんだぞ。そこの所をよく考えてやってくれ」

「わかりました! ベイカー街不正規隊イレギュリエ・ド・ベイカー・ストリートですね。人目に付かないように、ひっそりと頑張ります!」

 ホームズに出てくる少年探偵団の気分らしい。が、彼らよりも心許ない感じがするのは気のせいだろうか。他にも2、3人協力してもらってくれ、と言うと、「じゃあ、ペリーヌとティファを引っ張り込みます」。どうして女ばかりなんだろうと思う。

「私が言うのも何ですけど、女性警備員はお客様から警戒されにくいんですよ。男性警備員は賭場を巡回しているだけでお客様に避けられることもあるんですけど、女性警備員には笑顔で挨拶してくるお客様もいらっしゃるくらいで」

「確かにそうかもしれないが、だからといって、声をかけすぎたりするな。それと、客に誘導されないように。相手も警備員のあしらいがうまい奴を囮に使ってるかもしれないんだから」

「了解です! そうだ、ペリーヌとティファをアーティー副主任スー・シェフに紹介しないと。たぶん賭場をご覧になっているときに顔を合わせたことはあると思いますけど、名前とは一致してないと思いますから」

「必要なら俺の方から会いに行くよ。その二人と相談するのはいいけど、それも目立たないように」

「了解です!」

 返事はいいが、こちらの意図をちゃんと把握しているのか心配になる。まず、表情に出やすいのが問題だよ。そんな楽しそうに客と接したら、何事かと思われるだろ。

 8時過ぎにキャバレーへ行くと、教授とジョアナはもう来ていた。ジョアナのドレスの着こなしが良くなっているのは、新しく買ったからだろう。さりげなく褒めておく。

「二晩聴いたからもう十分、とはならないものなのかな」

「ええ、聴いたらその夜は満足して寝られますし、翌朝も気持ちよく目覚められるんですが、昼頃になるとまた聴きたくなるんです。ディジタル・オーディオ・データも購入して聴いてみましたが、やはりライヴを聴いてしまうと、データでは我慢できませんわ」

 と言いつつ、昨夜は開演前にそわそわしていたジョアナが、今夜はずいぶんと落ち着いている。マルーシャの歌というのは、一度聴くと2度目は早く聴きたくて落ち着かなくなり、3度目にようやく楽しむ余裕ができる、ということか。

 そうすると、今夜が2度目のジャンヌは落ち着かない気分になっている? 予選の調子は良かったみたいだし、バーに電話を架けてきたときは筏レースを楽しんでたようだし、夜になるまでは普通にしてたっぽいけどなあ。

「仕事が手に付かないということにはなってない?」

「ええ、それほどには。実は、今日はこのコンサートがなくても、モントリオールに来ることになっていたんです。スチュワート博物館の特別観覧会に呼ばれていたんですわ。ついさっきまで、行っていたんですよ」

 いきなりこんなところでスチュワート博物館が出て来た。やはり彼女は隠れたキー・パーソンだったようだ。俺が彼女から情報をもらうには、教授にくっついて行動するしかなかったのかもしれない。が、そういうのはいかにもいじましいペティー気がするのでやりたくない。本当に勝ちたいならいじましさも気にせず、何でもやるのが正しいのかもしれないけどな。別にずるいことをしているわけじゃないし。

「ほう、博物館で何を?」

「昔の展示を見せていただきました。10年前の、博覧会EXPOの展示です。私の祖父が寄贈した品物がありまして」

 閉館後の5時から、内覧のように小規模にやったらしい。しまった、と思いながらも素知らぬ顔で聞き続ける。10年前の、博覧会EXPO50周年展示に関わりのある人が呼ばれ、その時の展示を改めて観覧し、10年前と、その更に50年前を懐かしんだらしい。

「私の祖父は収集癖がありまして、60年前の博覧会EXPOを見に行った時に買ったチケットですとか、地図や各パヴィリオンのリーフレット、記念の絵はがきやコインなんかを、家族の分まで全部保管していたんです。それを、10年前の展示の時に寄贈したんですよ。箱に入れて整理して、物置に保管していたものですから、当時そのままのとても綺麗な状態で、学芸員にも驚かれたほどでした」

「なるほど。俺も収集癖はあるが、整理してなくてどこへ行ったか判らないものもあるのに、よほど几帳面な性格のお祖父さんだったようで」

「ええ、その性格が私にも遺伝していてくれれば、もう少し……あら、そういえば、このカジノの方も何人かお越しでしたわ。この建物は、博覧会EXPOのパヴィリオンを改築したものですから、その当時の写真や資料を寄贈されたらしいです。出席した責任者の女性……すいません、お名前を失念してしまいましたけれど、その彼女のお父様も博覧会EXPOに何度もいらしたそうですわ」

「ほう、そんなことが」

 で、その女は誰なんだよ。俺はそいつを見つけて、その特別観覧会ってのに入り込まなきゃいけなかったんじゃないか。最も重要なキー・パーソンだったに違いない。

 待てよ、“彼女の父親”が博覧会EXPOに何度も行ったって? じゃあ、“彼女”は結構な歳だな。40代は行ってるだろう。コレットか? だとすると、俺が情報を聞き出すのは不可能に近いな。10歳以上年上の女は苦手なんだよ。

 しかし他には……そうか、ディーラーや警備員の中で、祖父さんの話を出していたのが何人かいたな。父親のことを話してたのもいたが、もっと話を広げれば祖父さんまで遡っていたかもしれない。今頃気付いたってもう遅いって。

 マルーシャやカウボーイ・ハットは特別観覧会に行ったんだろうか。あれ? しかし、まだゲートがオープンしていないということは、まだ誰もターゲットを獲得していないということだ。だったら、今から行っても間に合うってこと?

 だが、カウボーイ・ハットはともかく、マルーシャがターゲットを見逃すかなあ。前みたいに、手に入れたけど宣言しないってだけかもしれない。この後で訊いてみるか? 正直に答えてくれるかどうかは判らない。いや、正直に答えてくれないだろうな。

「そこには例えばどんなものが……」

 せめて何が展示されていたかを訊こうとしたら、ジャンヌが息せき切ってやって来た。間が悪い女だなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る