#9:第5日 (8) 不思議な一致
「ところで、君はこれから休憩? それとも、別のテーブルへ行くのかな」
手を握って何分経ったのか判らないが、マーゴに訊いてみた。1時間は握ってないよな。せいぜい2分くらい?
「休憩です。ですが、今日もカジノ運営会社の重役と昼食の約束があって……」
本当はそんな約束なんか破っても……という表情に見える。しかし、俺が彼女を無理矢理昼食に連れて行ったりすると、後で彼女の仕事上の立場が危うくなることは容易に考えられる。中途で契約解除どころか、他のカジノにも出入り禁止なんてことになったら大変だ。今からの1時間より、あと2日間の方が大事だからな。
「ああ、もちろん、君の約束を優先させてくれ。後で賭場へ戻って来た時にも会えるし、明日の朝にまた話もできるさ」
「ええ、ぜひまた私のテーブルにいらして下さい」
名残惜しくもマーゴと別れ、賭場を見回る。カウボーイ・ハットの姿は見えない。カジノから出て行ったのだろうか。奴はどうでもいいとして、取り巻きが気になるな。特定の人間に心酔している連中というのは、時々狂信者のように危険な行動に出ることがあって、俺に危害を加えようとする可能性があるから用心しないと。
そういうことなら、さっきおとなしく負けていれば良かったのだが、勝とうと思ってないのに勝ったんだから仕方ない。
そうしたら、全員から10秒以内に返事が来たのには驚いた。おまけに控え室のロキサーヌからも返ってきている。
「気になることが一点あります。昨日、カウンティング・チームが来たディーラーのところには、別の日にハロルドも来たようなのです」
ほう、面白いことを見つけてくれたな。「話を聞きたいから控え室にいてくれ」とメッセージを送り、4階に向かう。ディーラー用控え室をノックすると、ロキサーヌが顔を覗かせた。すぐ中に招き入れられる。
他に二人いたが、昨夜一緒に夕食へ行ったディーラーではない。つまり、彼女たちのテーブルに奴は来なかったということだが、訊いてみると果たしてそのとおりだった。二人とも、彼を見かけたことは何度もあるが……と言う。
「さっきまでシモーヌが休憩に来てたんですが、その時にちょうど
そう言ってロキサーヌが
「なるほど、ここまで一致しているとなると、彼とカウンティング・チームは何らかの関係がありそうだな。チームは夜にも来ていたらしいから、夜勤のディーラーにも確認してみよう」
「あの、誰のところに来たかを教えていただければ、私たちが電話して訊いてみますが……」
ロキサーヌはそう言うが、あと3時間もすれば夜勤のディーラーは出勤してくるわけで、それから訊いたって遅くはないだろう。シフトが変わって、今夜来ない者がいるかもしれないが、それも数人だろうし。そう言ってやると、なぜかシュンとしている。
他の二人からカウボーイ・ハットとの勝負の結果を訊かれたが、特に何も戦略を使わずに勝ったと言うと、「ワオ!」「アンビリーバブル!」と口々に発しながら驚いていた。
少し雑談をして、控え室を出る。ロキサーヌも家に帰ると言って一緒に出てきたが、階段のところで――スタッフはエレヴェーターを使わずに階段を使う――話しかけられた。
「あの、他に何か私にできることはありませんか。
それならターゲットに関するヒントをくれ、と言いたくなるが、そのまま言っても通じないので別の訊き方をする必要がある。しかし、彼女が役に立ちたいと言っているのはカウンティング・チームに関することであって、それ以外の質問や頼み事をするのは不自然だろう。例えば、サンテレーヌ島に一緒に行ってくれ、など。
「そうだな、カウンティング・チームは昨日大挙してやって来たが、今日はまだ現れていないらしい。もちろん、時間をずらして今から来るのかもしれないが、昨日は何をしに来たと思う? わざわざ君たちに、カウンティングしていることを見つかるような真似なんかしてさ。何か思い付かないかな」
階段を降りながら彼女に訊く。俺の横に並べばいいのに、どうして一歩後れて付いて来るのだろう。俺がスピードを緩めて並ぼうとすると、彼女もスピードを落とすし。
「あれはわざと見つかったのでしょうか?」
「そう思うんだけどね」
「そうですか……」
そのまま二人して無言で階段を降りる。2階まで降りてきたときに彼女がようやく口を開く。
「だとしたら、何か他のことをしているのを見つからないために、私たちの注意をカウンティングの方に向けようとしたのではないでしょうか」
うん、妥当。もちろん、それは俺も考えてるんだけどね。その“何か他のこと”が何か判らなければ意味がないわけで。
「チーム内の三つの役割は教えてもらったが、ああいうのは今でも通用するのかな」
「判りません。でも、お客様が入れ替わったらシャッフルしますので、ビッグ・プレイヤーは最初からテーブルに着いている必要がありますし、そうするとスポッターとビッグ・プレイヤーの役割を分ける意味は……」
突然、俺が立ち止まって振り返ったので、ロキサーヌははっとした表情になって言葉を呑んだ。いや別に、君の唇をふさごうとしたんじゃないから安心してくれ。左の人差し指を唇に当てながら、右手で階段の下を指差す。若い女が二人、階段に座り込んで何かしている。こちらには気付いていないようだ。
二人して、何かを覗き込んでいる。タブレット? いや、ポータブルのゲーム機だな。こちらに気付かないということは、イヤーフォンで音を聞いているのかもしれない。そういえば、ああいう手合いを前にも見かけたが、カジノに何をしに来ているのか。
「あの……どうされましたか?」
「ああやって、カジノに来てゲーム機で遊んでる客ってのはよくいるのかね」
「はい、たまには……ここではオンラインでのゲームも提供していますので、レストランや、休憩用のベンチなどでゲームをされているお客様も……」
ふうむ、そういうものか。カジノってのはゲームをプレイするだけじゃなくて、雰囲気を楽しむところでもあると思うのだが、ゲーム機やタブレットでプレイするのなら、家やホテルでやってりゃいいじゃないか。
「そうか。まあ、客が楽しんでいるのを邪魔するのは悪いから、本館の階段へ回ろう」
ロキサーヌと共に渡り廊下を通り、本館から彼女を送り出す。それからまた賭場へ戻り、2時まで見回りをしてから外に出る。フリー走行の2回目が始まっているはずだ。
いつもコースに出ている金網の切れ目から覗こうとしたら、警備員が立っていた、もちろん、カジノのではなく、サーキットのだ。ここぞとばかりにクレデンシャルを出して見せびらかす。途端に警備員の愛想が良くなる。たぶん、マグナスのだからだろう。さすが地元チーム。
「ジャンヌ・リシュリューの車が通ったら教えてくれ」
「通れば判るけど、ここじゃ速過ぎてよく見えないよ。少し南の、ホーム・ストレートとピット・レーンの分かれ目辺りの方が判りやすいと思うね」
そうは言っても、どの車か判らなければ意味がない。とにかくまず車を教えてくれと言って、金網の際に張り付く。何台か車が通り過ぎて行った時に、警備員が「あれ」と教えてくれたが、やっぱり速過ぎてよく判らなかった。俺は動体視力はそれなりにいいと思っているのに、なぜ警備員に見えて俺に見えないのだろう。
とにかく、白地に赤の残像だけを憶えておいて、警備員に教えてもらった場所へ行く。ちょうど今の地点から、コース脇の簡易舗装された道を辿ればいい。そこへ行くと、また金網の切れ目があって、別の警備員が立っていた。
クレデンシャルを見せている時に、まさにさっきの残像どおりの車がホーム・ストレートに入ってきた。あれがマグナスかと警備員に訊くと、そうだと言う。ただし、番号は見えなかったので、どこに書いてあるのかと訊くと、ノーズか、エンジン・カウルの後ろの方だと言う。
ノーズは車の先頭の尖ったところ、エンジン・カウルはコックピットの後ろの、あの特徴的に突き出した部分のことで、などという警備員の説明を聞いていると、また同じような車が来た。そのカウルの部分に"11"と書いてあった。ノーズの方はどこに書いてあるのか判らなかったが、まあいいだろう。
1周どれくらいの時間がかかるか、と訊いている時に、ちょうど"12"の車がやって来た。レースの時は1分20秒くらいだが、フリー走行の時はもう少し時間がかかる時があって、などと教えてもらってから、しばらくコースを見る。ジャンヌの他に、10台くらい走っているようだ。
これが全部ではなくて、混雑を避けるために時間をずらして走るチームもあって、などという、警備員の親切だかお節介だかよく判らない説明を聞きながら見続ける。5回ほどジャンヌが通りすぎた後で、しばらく来ないなと思ったら、ゆっくりピットへ入っていくのが見えた。走行データを解析して、それを元にウィングの角度などを調整してから、また走るらしい。そうなるとしばらくは走らなさそうだから、いったんカジノへ引き上げることにした。
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