#9:第5日 (3) 予行演習?
警備詰所へ行くと、マレー主任と、もう一人の男が引き継ぎをしていた。金髪を横に撫で付けた、しかめ面をした大柄な男だ。フランスのステージに出てきた、ジェシーの親父によく似ている。つまり、警官らしい顔をしている。
8時ちょうどになるまで二人は話していたが、二人して俺の方を振り向くと、揃って俺の所へやって来た。マレー主任が口を切る。
「アーティー、紹介します。昼勤の警備主任のディディエ・ブロンダンです」
その後、マレー主任はブロンダン主任に俺を紹介した。さて、ブロンダン主任は俺のことをどう考えてるのかな。握手した限りでは、見かけどおり力も責任感も強そうな人間という感じだが。
「さて、アーティー、10分ほど時間を下さい。引き継ぎの時にブロンダンと話したんですが、昨日現れたカウンティング・チームのことです。彼らは結局、何をしに来たのか? あなたの意見を伺いたい」
その前に一通りの情報をもらう。結局、彼らは昨夜10時頃に引き上げたらしい。トータルの勝ち負けはほぼイーヴン。カウンティングをしていることをわざとカジノに教えに来ただけのように見えるが、その意図は何か?
「おそらくは何かの予行演習」
「それは我々も同意見です。が、それが何なのかが問題ですよ」
試されてるなあ。昨日、カティーたちの話を聞いていて思い付いたことがあるのだが、言うべきかどうか。何しろ、証拠が何もないからな。
「どんなご意見でも結構です。何でも参考になります」
証拠がないが、と言いかけると、マレー主任が懇願するように言った。ブロンダン主任はさっきから何も言わない。
「カメラのテスト」
「カメラですか?」
眼鏡や偽のカジノ・チップに仕込んだ小型カメラで、カードの数字が確認できるかテストをしていたのではないかと言うと、マレー主任が苦い顔をした。ブロンダン主任がようやく口を開く。
「そうすると、そのカメラは無線ネットワークにつながっているのですか?」
「そうなるな」
「当館のホットスポットに接続しているのですかね」
「たぶん」
「接続したアドレスを調べればカメラだということが判りますか?」
「無理だと思うね。物理アドレスは簡単に偽装できるから」
証拠がないってのはそういう意味さ、と言うと、ブロンダン主任も苦い顔になった。
「カメラの映像を見て、別の人物がカウンティングをして、それをプレイヤーに報せる、というやり方かもしれませんな。どうやって報せるのかは判らないけれども」
「しかし、ヒット・オア・スタンドだけ報せればいいから、簡単な仕組みでできそうですよ。例えばポケットに入れた超小型の端末を振動させるとかでもいい。が、証拠を挙げるのは難しそうですね」
「予行演習だとしたら、本番がいつかも問題ですな」
ブロンダン主任とマレー主任が口々に言う。一応、俺の意見は参考になったようだ。もちろん、俺自身も全く自信はない。
二人の主任と別れ、カロリーヌとミレーヌに会いに行く。ランスタンで待っているはずだ。そろそろ彼女たちからターゲットに関する何らかの情報が入手できそうと思うのだが、何を訊けばいいのやら。
店に入り、飲み物を頼む。俺に合わせたか、二人ともオレンジ・ジュースを頼んだ。ミレーヌは元気に微笑んでいるが、カロリーヌは眠そうな顔をしている。
「どうした、カロリーヌ。まだリズムが戻ってないのか」
「あ、はい……昨夜、よく眠れなかったので……」
「アーティー、彼女は子供の頃からずっと二人部屋で生活していたので、寝る時には同じ部屋で誰かいる方が落ち着くらしいんです」
「
「昔はお兄さんと同じ部屋で、学校の時はずっと寮で。でも、今は家に帰ると一人部屋らしくて、時々、寂しいからって、カジノの宿泊室に泊まりに来たりするんですよ」
なるほど、だから俺が同じ部屋に入っても気になるどころか、「安心して寝られた」なんて言ったんだな。俺は彼女の兄の代わりか。カロリーヌは俯いて両手で顔を隠している。そこまで恥ずかしがるほどのエピソードでもないと思うが。
「そういう君はどうなんだ、ミレーヌ」
「私は一人っ子なんですけど、子供の頃から兄か姉が欲しかったんです! 特に、二段ベッドに二人で寝るのが夢でした。昨夜はその夢が叶ってとっても嬉しかったです!」
何というピンポイントな夢の叶え方。さすが、仮想世界のシナリオだな。しかし、今の二人のエピソードには共通して兄が出てくる。そこを突っ込んで訊けばいいのか?
さりげなく、カロリーヌの兄のことを訊いてみる。カロリーヌでなく、なぜかミレーヌが答えてくれる。カロリーヌは兄のことを友人によく話しているらしい。自慢の兄だったのかな。サンテレーヌ島やノートル・ダム島にも連れてきてくれたって?
「それは何年くらい前なんだ」
「10年くらい前らしいです」
「カジノにこっそり忍び込んだりしたのかね」
「まさか。すぐに見つかっちゃいますよ。その代わり、博物館には何度も行ったらしいです。12歳以下はタダだからって」
「いい兄さんでよかったな、カロリーヌ。何か印象に残ってる展示はあるか?」
さっきからミレーヌがカロリーヌのエピソードを話しているので、本人に何かしゃべらせなければ。カロリーヌが少し躊躇した後で話し出す。
「サンタ・クロースの展示が楽しかったです……もっと小さい時に、父に連れて行ってもらって、それから毎年楽しみにしてたことがあって……」
そういえばスチュワート博物館にはまだ行ってなかった。昨日から普通に開館しているはずだが、色々とイヴェントが発生して、後回しになってしまっている。ジャンヌとレヴィ塔へ行ったついでに寄ってくれば良かったか。しかし、それはカウンティング・チームの調査に支障が出てたろうしなあ。今日のどこかの時点で行けないものか。
ただ、サーキットでフリー走行や他のレースをやっているらしいから、サンテレーヌ島へ行くにも苦労しそうだ。
「ミレーヌ、君はこの島には何か思い出は?」
「何度も連れてきてもらいましたよ! ラ・ロンドとかコンプレックス・アクアティークは本当に何度も来たのでよく憶えてます。バイオスフィアも。でも、博物館は1回だけかしら? その時は、祖父に連れてきてもらったと思いますけど」
何か、懐かしいものの展示をやっていたらしいが、内容は憶えていないらしい。彼女たちの仕事の話を聞くつもりが、子供の頃の思い出話ばかりになってしまった。まあ、いいか。
明日も同じように会う約束をさせられて、二人を帰し、賭場へ行く。ちょうど、テーブルを移動中のカティーに会う。カウンティング・チームはまだ来ていなさそうとのこと。まだ9時だからな。
「ところで、アーティーは私のテーブルにはいらして下さらないの?」
「今日はカウンティング・チーム対策で、遊んでる暇はなさそうだよ」
「あら、今の時間帯なら大丈夫だと思いますけど」
「君は次はどこのテーブル?」
「バカラの5番です」
バカラは極め付きのギャンブラーが集まっているので、気軽に参加できるテーブルではない。とはいえ、この時間帯ならまだ穏やかな雰囲気かもしれない。ブラックジャックかルーレットなら行く、と言ったら、ブラックジャックは12時、ルーレットは3時と言われた。そのときに来てというわけだ。
それからマーゴのテーブルへ行く。俺と目が合うと、いつものように嬉しそうに微笑む。周りに注意するが、彼女を監視しているような人間はいない。どこからの視線を感じているのだろう。心配なのだが、彼女ばかりを護衛するわけにもいかず、他のテーブルも回る。
10時になったので、ちょいと抜け出して、スチュワート博物館へ行くことにする。外に出ると、車の走行音がうるさい。フリー走行の1回目が始まっているようだ。ジャンヌの車は“白地に赤のラインが入った12番”と言っていたと思うが、コース脇の歩道から見ても、よく判らない。何しろスピードが速すぎて、目が追い付かない。カジノ前のストレートは一番スピードが出るところだからだろう。
北の方へ歩き、コースの内側から外側に出るための仮設の陸橋を渡る。コスモ橋に辿り着き、警備員にクレデンシャルを見せて、橋を渡る。すれ違う人が多い。たかがフリー走行なのに、こんなにも見に来るのかと感心する。
が、せかせかと歩いていると、橋の中央辺りでいきなり“壁”にぶち当たった! 何だ、こりゃあ。柔らかいので“激突”はせず、エア・マットにぶつかった時のような感覚だったが、あまりにも予想外だったので「ウップス!」と呟いてしまった。昨日まではここに“壁”なんてなかったのに!
橋の向こうから歩いてくる奴らが、奇声をあげていきなり立ち止まった俺を、奇異の目で見ている。そいつらの視線をかわしながら左右に歩いて、どこかに“穴”でも開いていないか探してみたが、なかった。
困ったな、ここが渡れなかったら、サンテレーヌ島へ行けないじゃないか。やはり博物館は昨日のうちに調べておくんだったか。いや、調べた結果、博物館にターゲットがあると判ったとしても、これでは獲得に行けない。
これまでのステージでは、条件が成立することによって、行けなかったエリアに行けるようになることもあったが、行けていたエリアに行けなくなるなんてことがあるのだろうか。実際にそういう状況が発生しているのだから、認めるしかないのだが。
もしかして、キー・パーソンと一緒なら渡れるという条件に変わったのかもしれない。ディーラーを昼間に連れ出すのは難しいだろうし、夕方からなら博物館が閉まってしまう。ジャンヌでも同じ。カロリーヌかミレーヌなら明日の朝だ。
いずれにしろ、今は諦めるしかない。引き返し、来た道を通ってカジノに戻る。帰りもジャンヌの車を探したが、白と赤の車が通ったのは見えたものの、ジャンヌのものかどうか判らなかった。一度、停まっている状態の車を見た方がいいかもしれない。
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