#9:第2日 (6) 宿泊室と警備員

「それで、ええと、どこまで訊いたんだったかな。コレットからのメモを見せられたってところまでだったか」

「あら、いいえ、その次に、普段はコレット……事業部長からは携帯端末ガジェットで指示が来るって話したところで中断されたのよ」

 なるほど、ディーラーだけに記憶力がいいな。

「ところで、君に報告を上げればコレットまで行くってのはどういう仕掛け?」

 エヴィーの顔がちょっと苦くなる。

「えーと……彼女は私の叔母なの。だからって、私に話したことが、全部彼女に筒抜けになるなんて思わないでね。私、口は堅いから」

 うん、それは見かけどおりだから、全く心配してないんだけどね。しかし、やはり二人は親戚だったか。金髪の色合いや、姉御肌ビッグ・シスター・タイプのところが似てるとは思ってたけど。

「ああ、その点については、君のことを信用してるさ。ところで……」

 話の途中で、またエヴィーの胸元からポップなメロディーが流れ出してきた。さっきとは違う曲なので、電話ではなくメッセージかと思われる。エヴィーが携帯端末ガジェットを操作しながら言う。

「お尋ねのディーラーは本日契約により4時以降は対応不可とのこと。明朝7時半の出勤時に話されたし。あなたへのメッセージかしら?」

「ああ、そうだ。午前中にそのディーラーのところでもプレイしたんだが、彼女にも少し話を聞こうと思っただけでね」

 この後、マーゴと話ができるようなら、エヴィーとはどうしようかと思っていたのだが、二股を掛けずに済んで良かったというか何というか。しかし、マーゴを誘ったときに、4時以降ならOKと言っていたあの返事は何だったんだ?

「さっきの話の続きだが、普段は携帯端末ガジェット経由なのに、メモで指示が来て、不自然には思わなかった?」

「ええ、少しだけ。でも、他の部長クラスの人からは、時々メモで指示が来ることもあるから」

携帯端末ガジェットを使いこなせない人もまだいるわけだ。だが、コレットの代理で誰かが指示を出したりもするから、不自然には思わなかったと」

「ええ、そんな感じね」

 しかし、偽の指示という可能性が高いだろう。セキュリティーってのは基本的に人間がシステムを使いこなせないことによる、すなわち人災だってのは、ずっと昔から同じなんだな。

「じゃあ、次の質問だが、今日、賭場でカウボーイ・ハットを被った男を見かけなかったか? 服もカウボーイが着るような、ベストにブルー・シャツの」

「カウボーイ? ええ、もちろん」

「何度くらい見た?」

「何度もよ。彼、昨日から、ずっといるわ」

 むむ、エヴィーの笑顔を見ていると、その男について、全く怪しんでいないような気がするのだが、どういうことだ?

「知ってる男なのか?」

「ええ、もちろん。あなたは知らないの? 合衆国の、有名なギャンブラーよ。名前は……」

 また携帯端末ガジェットから音楽が鳴った。携帯端末ガジェットは便利だが、こうしてたびたび話を中断されるのはやはり気に入らないな。エヴィーが画面のメッセージを読み上げる。

「宿泊室の準備完了。間もなく担当が行くので、同道されたし」

 直後にドアにノックがあった。ちょうど4時なので、エヴィーを伴って席を立ち、ドアのところへ行く。開けると、背が低くて、黒い髪をボブ・カットにして、20歳そこそこの可愛らしい女が立っていた。ディーラーのツー・ピースと似た服を着ているが、ベストがダーク・グリーンだ。俺に向かって凛々しく敬礼をした。

「警備部門のカロリーヌ・モローです。ドクター・アーティー・ナイトですか?」

「そうだ」

「宿泊室の用意ができましたので、案内いたします」

 警備員というより士官候補生みたいな堅いしゃべり方だな。しかもそれが可愛らしい容姿に全く似合ってないと来てる。

「ありがとう。少し待ってくれ。エヴィー、もう少し君と話がしたいから、着替えて、隣の6階で待っていてくれないか。夕食を一緒に付き合ってくれるだろう?」

「ええ、もちろん。じゃあ、また後でね、アーティー」

 エヴィーと別れ、カロリーヌに付いていく。本館への渡り廊下を渡ると、増築したかのように本館にへばりついた一角に入った。もちろん、電子錠付きのドアの向こうだ。俺がここに入るには電子錠のカードを渡してもらわなきゃならないと思うんだが、それでどれだけのドアが開けられることになるんだろうな。

 やがてカロリーヌは白いドアの前で立ち止まった。しかし、ここはどう見ても宿泊施設に見えない。

「ドクター・ナイト……」

「ドクターは不要だ。アーティーと呼ぶか、ドクター以外の呼称で呼んでくれ」

「失礼しました。では、副主任スー・シェフ

 そう来たか。

「それでいい。ところで、君のことは何と呼べばいい? カロリーヌと呼んでいいか?」

いえノンあのエ・バン、仕事中は、モローと呼んで下さい」

 解ったけど、仕事中以外にも君の名前を呼ぶ機会があるのかどうか。もしかしてそういう機会を作った方がいいのかな。君ももしかしてキー・パーソン?

「解った。それで、モロー、ここは?」

「はい、警備詰所です。警備部門にご用かご指示があれば、ここで承ります。後で、副主任スー・シェフ用の携帯端末ガジェットも用意いたします」

「解った、ありがとう」

「では、次に宿泊室へ案内します」

 いや、最初にそう言ったろうよ。緊張してるか何かで、順番間違ったのか? カロリーヌの後に付いて、3階に上がる。小さい尻だなあ。それからホテルのように、ドアがたくさん並んでいる廊下を通る。一番奥のドアの前で立ち止まった。

「こちらが、副主任スー・シェフの宿泊室です。鍵はこれです」

 電子錠じゃないのか。しかも古臭いタイプのピンタンブラー錠。こんな部屋に盗まれるような物は何も置かないはずだから、どうでもいいことだけど。

「では、部屋の中を案内いたします」

 カロリーヌは言いながらポケットから鍵を取り出し、ドアを開けた。いや、俺が鍵を受け取ったのに、どうしてもう一つ持ってるのさ。とにかく中へ入る。安いモーテルの部屋のような狭さだ。シャワー・ルームがあるのはありがたいが、二段ベッドって。さすがに警備用の宿泊室だなあ、効率重視か。窓もない。クローゼットは大きいけれど、これはこの部屋が二人用だからだな。ああ、そうか、だから鍵が二つあるのか。

「うん、寝るだけならこれで十分だよ。ありがとう」

「はい、ですが、あの、申し訳ありませんが、ベッドは上段をお使い頂けますか」

「上段……ということは、下段に誰か寝るのか?」

「はい、私が……昨日からこの部屋に泊まっていますので……」

 待て待て待て! でも、君、女だろ? 名前も見た目も明らかに女だけど、そりゃ胸はあまり大きくなさそうだけど、女なのは間違いないよな!?

「あの、下段の方がよろしければ、シーツもブランケットも全部取り替えますけど!」

 俺が唖然としていると、カロリーヌが真剣な表情で叫び始めた。いや、そういうことを問題にしてるんじゃなくてだな!

「俺は上下どちらでも構わないが、君は俺と相部屋になってもいいのか?」

「はい、何も問題ありません! ですが、あの、私がお邪魔であれば、他の部屋に行くなり、警備詰所で寝るなり、副主任スー・シェフのご都合の良いようにいたしますが」

「他に部屋が空いているのなら、そうした方がいいと思うが……」

「いえ、空いておりません。今週は増員の影響で、この部屋以外全てのベッドが埋まっているのです。ですが、私でしたら、身体が小さいので、他の者と一緒のベッドで寝ることもできますので……どういたしましょうか?」

 どうしたらいいのか訊きたいのは俺の方だよ。


 4時半頃に本館の6階へ行くと、エヴィーは既に来ていた。ウェイトレスに知り合いがいるらしく、退屈はしていなかったようだ。ピンクの、カットの大きなVネックの七分袖シャツに、黒いレギンスを穿いている。パンツ代わりらしいが、ヒップにぴったりと張り付いていて、セクシーな脚のラインを惜しげもなくさらしてくれている。

「夕食に誘ってもらう予定なんてなかったから、こんな服でごめんなさいね」

 エヴィーは苦笑いしていたが、ディーラーのツー・ピース・スーツよりはこちらの方が似合っている気がする。ル・モントリオールに入ると、予想どおりシックが注文を取りに来た。こちらを小馬鹿にしたような笑顔を見せている。

「1ドル渡した方がいいかしら?」

「そうだな、昨日渡したのを持ってたら、とりあえずもらおうか」

「持ってるわけないでしょ。家の貯金箱ティルリールに入れてきたわよ」

「じゃあ、後にしよう。今日は何ドル渡すことになるか判らないけど、必ず1ドル返してくれよ」

「どうかしら、たぶん忘れちゃうと思うけど」

「そうなれば明日も来るさ」

「残念、明日から私、休みなの」

 俺とシックの会話を、エヴィーは面白そうに訊いていたが、料理の注文をした後で――全部エヴィーに選んでもらった――「どういうことなの?」と訊いてきた。

「昨夜もここに来たんだけど、その時に彼女と賭けをしただけさ」

「賭け?」

 昨夜の顛末を話すと、エヴィーは大笑いしている。大口を開いているのにそれを隠さないところが彼女の性格をよく表している気がする。

「じゃあ、あなた、本当に泊まる場所を決めて来なかったのね。で、結局どこに泊まったの?」

「さあ、それについては訊かないでくれるとありがたいな」

「解ったわ。でも、この季節なら野宿でも寒くないものね。で、警備部の宿泊室って、どんな感じ? そういうのがあるっていうのは知ってるけど、見たことがないの」

「安いモーテルよりも環境が良くないな。しかも二段ベッドでね。でも、シャワーはあるし、寝るだけなら不都合はなさそうだよ」

 あの後、カロリーヌによく訊いたら、彼女は今日は夜勤で、仮眠の時しか部屋に戻って来ないとのことだった。ディーラーは3交代だが、警備は2交代で、12時間勤務なので途中に休憩が2時間あって、その時に仮眠してもよくて、などという説明をくどくどした後で、「夜中に部屋へ入るときも、副主任スー・シェフを起こさないように、気を付けますから!」と熱弁していた。俺が起きて待ち構えていて襲うかもしれないとは考えなかったのだろうか。そういう信用を裏切るような真似は絶対しないけれども。

「あら、ひどいわ、刑務所みたいな環境ね」

「刑務所の部屋にはシャワーなんて付いてないはずだよ。入ったことはないけどね」

「私もないわ。どうしてそんな想像しちゃったのかしらね」

 さあね、たぶんTVの影響じゃないかな。

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